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「エリアーナ!エリアーナ!」
誰かが必死にわたしの名前を呼び、バシバシと背中を遠慮なく叩き、肩を揺さぶる。
痛い。単純に痛い。
「……い、痛い…」
目を開けると殿下の眩しいご尊顔が目に飛び込んできた。
近い… 近すぎる。
殿下の顔が近すぎる。
「ゴホッ、ゴホッ」
「エリアーナ、大丈夫か?俺がわかるか?」
殿下はわたしを片手で抱えて、必死に意識を取り戻させようとしてくれていたらしい。気を失ったのは一瞬だったようだ。
背中をさすってくれる心配そうな瞳の殿下と目が合った。
「殿下です…よね。…あ…の、ありがとうございます。もう大丈夫です」
貧血も重なって、クラクラするが抱き起こしてもらい辺りを見回すと、対岸の遊歩道で大勢の人が大騒ぎをしているし、わたし達を助けるために飛び込んだであろう騎士様がずぶ濡れになって、川から上がってきたところだった。
アーサシュベルト殿下が突然、シャツを脱ぎ始めてシャツの水分を絞る。
「ずぶ濡れのシャツで申し訳ないけど、今はこれを羽織っていてくれないか?エリアーナの肌を少しでも人目に晒したくないんだ」
殿下が優しくシャツを肩に掛けてくれる。
上半身が露わになった殿下の腹筋は美しいぐらいに割れていて、思わず見入ってしまったがなんだかすぐに恥ずかしくなって、目を逸らした。
「ナイフ男も大丈夫そうだな。これから、この事件の処理で忙しくなりそうだな。エリアーナにもゆっくり説教だな」
そう言い微笑まれながら、肌寒さでブルブル震えるわたしを優しくさすってくれる。
「もう、崖から飛び降りるのは辞めてくれ。金輪際しないと俺に誓って。そうしないと、エリアーナが飛び降りるたびに俺も飛び込まなくてはならない」
殿下の深いグリーンの瞳が真剣な眼差しでじっとわたしを見つめる。
わたしがナイフ男と崖から飛び降りて、すぐに殿下がわたしを助けに崖を飛び降りてくれた。
海ではなくて川だったけど、卒業パーティーで悪役令嬢と断罪をされた訳ではなく、わたしへの嫌がらせで人質に取られてだったけど、いろいろとあの見た夢とは違ったけど、今日ここで崖から飛び降りて、運命が変わった気がした。
もう夢に囚われなくても大丈夫。
根拠のない自信だけど、そう思えた。
「はい。殿下、もう心配しないでください。わたしは金輪際、崖から身を投げるようなことはしないと誓います」
真っ直ぐにアーサシュベルト殿下を見据え、見つめ返す。
「エリアーナ、もうひとつ誓って。ずっと俺のそばにいると」
「んん?また、どさくさに紛れてそんなことを。それは誓いません。婚約破棄をしてくださるなら誓いますよ」
いつものやり取りの調子でおどけて言ってみる。
「うん。わかった。じゃあ、婚約破棄するよ。だから、誓って」
平然とした顔で殿下が婚約破棄を口にしてくれた。
あまりにも突然のことで動揺してしまった。
やっと殿下が婚約破棄をする気になってくれたのね。婚約破棄をしたい理由って…悪役令嬢になりたくなくて、殿下と距離を置こうとしての…
まぁ、なんでもいいわ。
今はふらふらするし、寒いし、全身ずぶ濡れだし、よく考えられない。すべて落ち着いたらゆっくり考えよう。
とにかく、婚約破棄できたならいまから新しい人生が始まる!
「こ、婚約破棄ですよ!やっと婚約破棄してくださるんですね!殿下がやっとその気に!婚約破棄、絶対ですよ!わかりました。では、誓います!わたし、誓います!」
つい、勢いで深く考えずに誓った。
婚約破棄という言葉で頭がいっぱいになっていた。
「あはっははは!エリアーナ!ありがとう!」
「えっ?なにがですか?」
「誓いだよ。誓い!」
「誓いましたよ。誓いって、飛び込まない誓い…」
「婚約破棄するから、ずっと俺のそばにいてね」
「そばに… っ、あれ?えっ?ええっ?」
いろいろあって、頭が回ってなかった。
「ずっと俺のそばにいてくれるんだろう?いま、誓ってくれたよね」
アーサシュベルト殿下が悪戯っぽい笑顔でうれしそうに笑っている。
「あっ……」
「思い出した?婚約破棄はする。でも、俺のそばにいると誓ってくれたよね」
「ち…誓った…誓いました」
「ねっ。それってどういう意味か、エリアーナはわかっている?」
「ワカリマセン。いえ、わかりたくないんですけど」
きっとこんな殿下の表情を見たのは初めてかも知れない。
いつもは王族スマイルで凛としていることが多いのに、いまは心からの笑顔だとわかる。
「婚約なんて辞めてしまって、もう結婚するよ」
「そ、それは!!!」
それからは助けに来てくれた騎士様のおかげで話しはそこまでになった。