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「ごめんね、シンミリさせちゃって。でも私は大丈夫!」
「悲しかったですね」
「うん、でもメソメソしててもおばあちゃん悲しむからね。いつまでも泣くなってまた怒られるから。もう泣かないって……決めたんだけど……」「未央さん」
久しぶりに思い出して、未央はボロボロ泣き出した。人前で泣くなんて初めて。
「あれ? 変だな。目に汗かいたみたい。ちょっとタオル持ってくるね」
ごまかして立ち上がろうとすると、亮介にグッと手をつかまれた。
「そのまま、泣いて? 大丈夫ですから」
目の汗は、もうぼたぼたととめどなく流れ出て止められなかった。抱きしめられて、亮介の肩がびしゃびしゃになるくらい泣きまくり、そのあいだずっと優しく抱きしめられていた。
「ぐすっ……ぐすっ……」
「おばあさんは未央さんのこと、いつも見てますよ、きっと」
未央は、ふんふんとうなづく。
「ごめっ……、郡司くんの肩、鼻水だらけ」
「大丈夫です。気にしないで。きょうはもう休んで? あと片付けときますから
」
泣きすぎて頭が痛い。亮介は未央をベッドに横にならせて、そっと布団をかけた。
未央が手を出すと、亮介はこたえるように手をつないだ。
「郡司くん……ありがと──」
すーすーとすぐ寝息がして、未央はすぐ眠りに落ちた。
亮介は未央の頭をそっとなで、その寝顔をじっと見る。
──おばあさんに、実は頼まれてたんです。未央をよろしくって。
本気で未央さんのこと、好きになるとは、そのときは思ってなかったですけど。
それをまだ、伝えられずにいるのが、亮介はもどかしくてたまらなかった。
未央さんのおばあさんに会ったのは、もうずいぶん前のことだ──
「あなたが郡司さん? 未央の祖母です。いつもお世話になってるみたいで」
初老のこぎれいな女性はmuseを訪れて、そう告げた。亮介は《《未央》》と言われてピンと来なかったが、その女性と顔が似ている客をひとり思いついた。
たぶんいつものカフェラテの人かな? と思い、話を続ける。
「はい、よく来てくださってます。あの……」
「突然ごめんなさい。あの子がこのお店の郡司さんが素敵だってあんまり言うものだから、ごあいさつに。突然きて、すみません」
「いえ、大丈夫です」
「あの子のこと、ときどき気にかけてくださればありがたいです」
「あ……ええ、はい」
「あの子、自分の気持ちををハッキリ言えないところがあってね、ためこむことが多くて。もし様子が変だったら、ときどき励ましてやってください」
そう言って、ぺこりと頭を下げた。んんっ? なんだ? なにがしたいんだ、このおばあさんは。
「私、あんまり先が長くなくて。未央の周りの方にごあいさつにきたんです。こんなことお話ししても困らせるだけですよね……、お時間とってすみませんでした」
「まってください。先が長くないとは……それは未央さんはご存じなのですか?」
「いえ、未央には言うつもりはありません。楽しい想い出のままでいてほしくて。今後とも、よろしくお願いします」
その女性はニコッと笑って、足早に店を出て行ってしまった。なんだったんだろう。ずしんと重たく女性の言葉がのしかかる。
未央というカフェラテの人が、自分を気に入っているのを亮介は知っていた。亮介目当てにお店に来て、目をハートにする女性は多いけど、カフェラテの人は別格。大好きオーラがダダ漏れだった。
屈託ない笑顔、テンポの良い話し方。素直に亮介に会うことを楽しみにして、店に来てくれているのがわかって、悪い気はしなかった。
おばあさんがあいさつにきてから、カフェラテの人を無意識で目で追うようになった。
丸みのあるショートカットに、カジュアルな格好。親しみやすい笑顔。華奢な手首が、支払いの時に見えると、ドキッとすることもあった。
彼女は出勤前にいつも寄っている様子で、カフェラテをひとつ注文し、砂糖は2袋入れる。席に着くと手帳を出して、あれこれうんうん考えながらカフェラテを飲む姿を、亮介は一生懸命でとてもかわいらしいと思っていた。
亮介は、当時まだ付き合っている恋人もいて、それ以上カフェラテの人とどうなりたいとか思うことはなかったが、朝の会話が心地よいのは自覚していた。
その後、彼女がテイクアウトのコーヒーを大量に注文したことがあり、名前を知った。篠田未央というらしい。あの初老の女性がいう、未央というのは彼女で間違いなさそうだった。
大量のテイクアウトを職場に持って行くのも手伝ったので、同じ駅ビルの料理教室の先生だというのもわかった。最初は篠田さんと呼んでいたが、試しに未央さんと呼ぶと、顔を真っ赤にしてすっごくうれしそうな顔をしていた。それがかわいらしくて、それからは未央さんと呼ぶことにした。