ピンポーン!
チャイムと共にゆっくりドアが開き、さくらが微笑む。
「おかえりなさい」
さくらの住むマンションに、仕事を終えた宏章がやって来た。
ふたりはハグを交わすと、お互いの温もりを感じ合いながら、しばらく玄関で抱き合った。
「ただいま」
宏章はさくらの耳元でそっと囁く。
さくらの髪からふんわりと甘い香りが漂い、宏章はその香りで癒された。
時刻は21時を回ろうとしていた。
「お疲れ様。ご飯出来てるよ」
さくらはパッと体を離し、宏章の手を引いてリビングへと進んだ。テーブルには二人分の食事が並んでいた。
「まだ食べてなかったのか?」
宏章は上着を脱いで、さくらに預ける。
さくらは慣れた様子で上着を受け取り、ハンガーに掛けた。
「うん、一緒に食べようと思って」
「こんなに遅くに食べて大丈夫か?」
宏章が心配そうに尋ねると、さくらが笑いながら答えた。
「大丈夫だよ。私もう芸能人じゃないんだから」
宏章は優しく微笑んで、テーブルに腰掛けた。
「遅くなってごめん。お腹すいたろ?食べようか」
さくらがすかさず「先に手洗ってきて!ご飯はそれからだよ」と言うと、ほらほらと席を立たせた。
「相変わらずしっかりしてるなぁ」
宏章は嬉しそうに洗面台へ向かった。
手を洗ってテーブルに着くなり、「今日は俺の好物だ」と喜んだ。
「いただきます」
手を合わせ、二人で食卓を囲む。
宏章は好物のクリームコロッケを頬張った。
「さくらのご飯、めちゃくちゃ美味いんだよなぁ。俺は幸せ者だよ」
宏章は子どものように無邪気に喜んだ。
素直さは昔から変わらなくて、さくらはふふっと笑った。
……またこんな風に、宏章と過ごせるなんて夢みたい。
さくらは宏章と、何気ない日常を過ごせる事の幸せを噛み締めていた。
……こんな風に一緒にいられるだけでも幸せなのに、結婚なんて贅沢なのかな。
ふとさくらの表情が曇る。
明日は初めて宏章の母に会うのだ。
宏章の母は、半年程前から熊本市内の総合病院に入院していた。
病院はさくらの住むマンションから車で10分ほどの距離なので、さくらの家から向かおうということになり、今日は宏章が仕事を終えてからさくらの家に泊まりに来たのだ。
「明日11時ごろ出ようと思うんだけど、大丈夫?」
宏章が尋ねると、さくらはハッとして顔を上げた。
「うん!大丈夫」
「面会13時からだから、昼飯どっかで食べてから行こうか?」
「そうだね……」
なるべく平静を装っていたつもりだったが、さくらの不安を宏章は感じ取っていた。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。お袋、さくらに会うの楽しみにしてたから」
宏章はさくらを落ち着かせる様に優しく言った。
「うん……今日はもう遅いし、そろそろ寝る準備しようか」
さくらは気もそぞろに席を立ち、食器を片付け始めた。
「俺がやるよ」
宏章も席を立った。
「大丈夫だよ。宏章の事待ってる間にある程度片付けたし。あと食洗機かけるだけだから。もうお風呂ためてあるから、ゆっくりしてきて」
「さくらも疲れてるだろ?」と宏章は気遣うが、「いいの。まかせて」とさくらは明るく振る舞った。
「じゃあそうするよ。ありがとう」
宏章はバスルームへと向かった。
さくらはため息をつくと、食器を食洗機にセットし始めた。何かをしていないと、ソワソワして心が落ち着かないのだ。
ひと通り家事を終え、入浴を済ませて寝室へ向かう。
先に入浴を終えた宏章が、雑誌を眺めながらベッドの中でさくらを待ち構えていた。
さくらと目が合い、宏章は優しく微笑む。
「おまたせ」
さくらがベッドに潜り込むと、宏章は「待ってたよ」と言って優しくさくらに覆い被さり、愛おしそうにキスをした。
「宏章……」
さくらは宏章の目を見つめて頬に両手を添え、切なげな表情を浮かべながら名前を呼んだ。
宏章はさくらのパジャマのスナップボタンに人差し指をかけ、プチプチっと音を立ててボタンを外した。
素肌が顕になり、さくらの白い肌にマゼンダピンクのブラジャーがよく映える。
宏章はしばらくうっとりと眺めた後、「このパジャマ、脱がしやすくていいね」とおどけて言ってみせた。
さくらは呆れ気味に、「もぉ〜エッチだな」と笑った。宏章は「お互い様だろ?」と微笑んで二人は愛し合った。
抱かれている間も、さくらは明日の事を考えていた。
宏章をたくさん感じる程に、不安が大きくなるのだ。
……拒絶されるのが怖い。
……でも、嘘も隠し事もしたくない。
……宏章をこの世に産んでくれた女性だから。
宏章と一緒になる事を決めた後、現実的な問題が二人を待っていた。
まずはお互いの両親への挨拶だ。
宏章の母は今のところ体調が安定しており、こちらから先に顔合わせをしようという事になった。
結婚を決めてすぐに、宏章は母を驚かせないようにと事前にさくらの事を話してはいたが、直接会うのは明日が初めてだ。
さくらは宏章が見舞いがてら結婚の事を、一人で母に報告しに行った日の事を思い出していた。
病院へ向かう前に、二人はテーブルに向かい合って今後の段取りを話し合った。
宏章がさくらの事をどこまで話していいか尋ねると、さくらは緊迫した面持ちで静かに答えた。
「AVの事は、ちゃんと自分の口から話したい……」
「話すのが辛いなら、無理に話さなくても……それか俺からお袋に話そうか?」
宏章は心配そうに言ったが、さくらは「ううん。隠し事はしたくない」と首を横に振って、きっぱりと答えた。
「それにネットで検索すれば出てくるし、遅かれ早かれ知る事になるでしょ。人づてに知られるより、自分から言った方がいい」
さくらは俯きながら静かに言うと、意を決した様に顔を上げた。
「ちゃんと誠実でありたいの。宏章の大切な人は、私にとっても大切な人だから」
宏章は目を閉じて、「わかった」と静かに答えた。
宏章の荒くなってくる息遣いで、さくらは我に返った。
「……さくら、もうイキそう」
宏章は頬を紅潮させながら、切ない表情でさくらを見下ろす。さくらは宏章の目を見つめながら、「いいよ、来て……」と優しく微笑んで、全身で宏章を受け止めた。
事が終わると、二人は毛布に包まりいつもの様に抱き合った。
さくらは宏章の胸に額をこてっとくっつけ、ぎゅっと強く抱きついた。
宏章はさくらを抱いた腕に、力を込めて呟く。
「大丈夫だよ。もし万が一、お袋に認めてもらえなくても、俺が頑張るから」
さくらは目を見開いて、顔を上げた。
宏章は優しく微笑んでいた。
宏章のまっすぐな、澄んだ瞳。
その瞳はいつでも優しくて、すべてがお見通しなのだ。
さくらは目を潤ませ、一筋の涙を溢した。
「……ひとりで頑張らないでよ。私も頑張るから」
二人は顔を見合わせて笑うと、そのまま抱き合いながら眠りについた。
2
翌日、二人は病院近くの蕎麦屋で昼食を済ませ、宏章の運転で病院へ向かった。
行きの車中で、宏章は母について語った。
「俺がまだ子どもの頃は、お店が色々と大変な時もあったらしくてさ。資金繰りだったり、泥棒に入られた時もあったな。その度に、親父に代わってお袋が色々動き回って。だけど俺の前では、一度も愚痴ったり弱音を吐いたりした事なんかなくて……。親父は結構弱いところあったから、その度にしっかりしろって励まして。俺にはお袋はいつも、大丈夫!なんとかなる!って笑ってる記憶しかないんだよね」
宏章は遠い記憶をたぐり寄せながら、両親の姿を回想する。
さくらは横で目を閉じて、宏章の話をじっくり聞き入っていた。
「いいお母さんだね……」
宏章に微笑みかけると、宏章はさくらを安心させるように微笑み返した。
「もうすぐ着くよ」
交差点を曲がると、緑に囲まれた大きな白い病棟が見えてきた。駐車場に着いて車を降りると、さくらは心を落ち着けようと深呼吸した。宏章はさくらの肩を抱き寄せ、「大丈夫だよ」と言ってさくらの手を引いて歩き出した。
受付を済ませて病室の前で立ち止まると、さくらは緊張から顔を強張らせていた。宏章はさくらの肩にポンと手を置くと、優しく微笑んだ。
さくらは少し安心して、宏章の目を見て小さく微笑み返す。
コンコンとノックして、宏章が病室のドアを引いた。
「お袋、さくら連れてきたよ」
宏章はさくらの方をちらりと見て、入室する様促す。
「初めまして。岡田さくらです」
さくらは宏章の背後からおずおずと顔を出しながら、緊張気味に挨拶をした。
「んまー!なんて綺麗なお嬢さん!」
宏章の母はさくらを見るなり、その美しさに驚いて大きな声を出した。
さくらがびっくりして言葉を失っていると、宏章が呆れながら、「お袋、声大きいよ」と苦笑いした。
宏章の母はお構いなしに「あんたにこんな綺麗な彼女がねぇ……、あんたもやるわね!」と言って、心底感心した様子だった。
頭を抱えている宏章をよそに、宏章の母の勢いに面食らっている様子のさくらに気付き、屈託のない笑顔を向けた。
「あら私ったらごめんなさいね。いつもこんな調子なの。宏章の母の美智子です。よろしくね」
初めて見る宏章の母は、白髪混じりのショートヘアの小柄な女性で、宏章と同じ切れ長の涼しげな目をしていた。病気のためか痩せてはいたが、しゃきしゃきと明るく声に張りがあり、やつれている印象はなかった。
「お袋、今日はさくらがお袋に話があるんだ」
宏章は心配そうにさくらの様子を伺う。さくらは「大丈夫」とアイコンタクトした。
「私に?何かしら?」
美智子が笑顔で答える。
「二人だけで話したいそうだから、俺は席を外すよ。俺、ロビーで待ってるから」
宏章は席を立ち、部屋を後にした。
美智子は不思議そうに、「それで、お話って?」と笑顔で尋ねる。
さくらは緊張から言葉に詰まってしまい、しばらく黙っていたが、拳をぎゅっと握り締め、意を決して重い口を開いた。
「お義母さん……私、お義母さんに伝えなきゃいけない事があります。少し長くなりますが、聞いていただけますか?」
美智子はきょとんとしながら、さくらを見つめた。
「私、以前にAV女優をしていたんです」
さくらが俯くと、美智子は驚きのあまり目を見開いて硬直していた。
「十年以上前に、桜那という芸名でAVに出演していました。ネットで検索すると顔も出てきます。初めはグラビアをしていました。デビューして少し経った頃に、当時付き合っていた彼とのスキャンダルが出ました」
さくらはAV女優になった経緯を、声を震わせながら話し始めた。
「私は当時、売り出したばかりの頃で……事務所が取ってきてくれた大きな案件も全部棒に振ってしまい、多額の違約金だけが残りました。当時の私には高額で、とても払える額じゃなかったんです。そんな時、AV出演の話を持ちかけられました。当時は、父の会社の経営も傾いていて……両親の反対を半ば押し切って芸能界入りした経緯もあって、誰にも相談せずAVに出演する事を決めました」
さくらは当時の苦い記憶を思い出しながら、精一杯続ける。
「付き合ってた彼は業界最大手の事務所に所属していて、圧力で彼だけは守られました。私とはそれっきり音信不通です。私、すごく悔しくて……所詮権力には敵わないのかと思いましたし、何より私はすべてを無くしたのに、相手は何一つ失う事なく活躍してるんだって……だったらいっそのこと、AVの世界でトップ取ってやる!って。それを足がかりにして芸能界に返り咲いて見返してやるって……今思えば、他にやりようはあったと思います。でも当時の私はまだ世間知らずで、それ以外の方法が思いつかなかった」
さくらは次第に呼吸が苦しくなり、息もとぎれとぎれに、ぐっと胸に手を当てた。
「そのあとはただひたすら進みました。あっという間に違約金も返して、有料チャンネルのアダルト部門最優秀女優賞も取って、目標としていたトップも目前でした。……宏章と出会ったのはその頃です」
ふと、初めて会った時の宏章の顔が浮かんだ。憧れの眼差しで、照れながらも自分をまっすぐに見つめる姿がさくらの脳裏を掠めた。
「宏章は全て受け入れて、私を支えてくれました。内心複雑だったと思います。それでも、私が辛い時はいつも側にいてくれました」
さくらは溢れそうになる涙をぐっと堪えた。
「でも、その時の私は弱くて……宏章と一緒になる事が怖かったんです……。それまで築き上げてきたモノを全部崩して、宏章と一緒になる覚悟が持てなかった。結局私は仕事を選んで、宏章とは別れました。ちょうどその頃、念願だった映画のオーディションに受かって……そこでやっとAV以外で評価してもらえて。24歳でAVは引退して、30歳で芸能界を引退するまで、色々と経験させてもらえました。熱量の高い現場で、プロフェッショナルな方々に囲まれて……いい出会いも沢山あって。今の私があるのも、今まで支えてくれた人達のおかげだと思っています。だから……」
さくらは堪えていた感情が溢れ出し、ぽろぽろと涙を流した。
「AV女優だった事、後悔はしていません。あの頃があったからこそ、今の自分があると思っています。ただ……、その事でまわりに何か言われる事もあると思います……。私のせいで、宏章とお義母さんを偏見と好奇の目に晒してしまうかもしれません。でも……私は、それでも宏章の側にいたいんです!あの頃宏章が私を支えてくれた様に、今度は私が宏章を支えたい!足を引っ張るだけかもしれないけど……。自分勝手でごめんなさい……」
ぐっと握っていた拳に、ぽたぽたと涙が落ちる。
さくらのしゃくり上げて泣く声だけが、静かな病室に響いていた。
3
美智子はただ黙って、目を閉じて静かにさくらの話に耳を傾けていた。すべてを聴き終えると、ゆっくり目を開き、震えるさくらの手をそっと握った。
「さくらさん、顔を上げて」
さくらが恐る恐る顔を上げると、美智子は優しく微笑んで、しっかりとさくらの目を見つめた。その眼差しは、宏章によく似ていた。
「正直に話してくれてありがとう。それを話すのは、とても怖かったわね。勇気を出して話してくれて嬉しかった」
さくらは冷たい視線を向けられる事を覚悟していたので、美智子の反応に思わずきょとんとしてしまった。
「宏章の事、本当に好いてくれているのね。それが伝わってきたから、もうそれだけで充分よ」
さくらは鼻をすすって、美智子の言葉にこくんと頷く。
美智子はさくらの手をぎゅっと握って、にっこりと微笑んだ。
「さくらさん、私ね、昔風俗で働いていたの」
さくらは驚きで、えっ?と声を上げた。
「この事は、宏章は知らないのよ」
美智子の思いもよらない過去に、さくらは思わず絶句してしまった。
「私ね、育った家庭環境が複雑で……家に居場所がなくて、中学を卒業した後家を出たの。スナックで働きながら、なんとか高校に通って。当時は、女性は結婚したら家庭に入るのが当たり前の時代でね。私は家庭環境が良くなかったから、家族を持つことに夢を持てなくて。一人で生きていけるように自立したくて……大学に通って勉強して、きちんと学を身につけ手に職をつけようと思っていたの。それでスナックだけじゃなくて、風俗で客を取るようになって……こんなおばさんが、信じられないって思うでしょ?」
そう言って美智子は笑った。
さくらはぶんぶんと首を横に振った。
「AVと風俗は違うけれど、お金をもらって好きでもない人と行為をするという所は同じよね。まあ私も、色々と大変な目にもあったわよ。客にお金を持ち逃げされたりとかね……、もう立ち直れないと思った事もあった。そんな時にね、宏章の父親と出会ったの」
美智子は夫との馴れ初めを、懐かしみながらしみじみと語った。
「お父さんとはね、スナックで知り合って……6つ歳上で初めは無口で無愛想で、つまんない男だって思ってた。でも本当は優しい人で……。いつも夜、スナックの帰りを待って送ってくれたの。ちょっとストーカーみたいよね」
美智子は亡き夫を思い出して、ふふっと笑った。
「そのうち二人きりで会うようになって。でも何もせずにただ話を聞いてくれて。ある時風俗の客とトラブルになった事があったんだけど、その時も全力で守ってくれてね。そこでやっと、私この人と一緒になりたいって心から思ったの。それで風俗はすっぱり辞めて、なんとか高校だけは卒業して、やっと一緒になったってわけ。おたがい大の酒好きで、二人でお店やりたいという夢が出来て。お父さんは建設現場で、私はパート掛け持ちして一生懸命お金ためて……やっと夢を叶える事ができた。まあ念願叶っても、上手くいく事ばかりじゃなかったわよ。お店が軌道に乗るまでは資金繰りも大変だったし、私は何度も流産して、なかなか子どもを授からなくて……」
……俺はあの二人が、ずっと頑張ってきた事知ってるから。
さくらは昔一緒に熊本へ行こうと言ってくれた時の、宏章の言葉を思い出した。
「宏章は、32でやっと授かったの」
さくらの目から、涙がどっと溢れ出した。
「さくらさん、あなたが宏章と一緒に生きていきたいと思うのなら、それを貫けばいいのよ。周りは無責任に色々言うものよ。だって自分の人生じゃないもの、いくらでも好き勝手言えるじゃない。それに、みんなが綺麗に生きられる訳じゃない。誰にだって知られたくない事や、人に言えない秘密のひとつやふたつぐらいあるものよ。あなたが周りの人を大切にして、誠実に生きてゆけば、ちゃんと分かってくれる人は必ずいるから」
美智子は穏やかに微笑んで、まっすぐさくらを見つめた。
「さくらさん、自分の心に正直に、人生を大切にして。人生なんて思ったよりも短いものだから、心のままに生きて行った方が絶対にいいのよ。色々大変な事も沢山あったけど、それでも私は、お父さんと一緒になれて、楽しかったし幸せだったから……」
さくらは涙が止まらず、まるで子どものようにしゃくりあげて泣いた。
涙と鼻水でなんとも滑稽な顔をしていると、美智子はティッシュを取り出して、さくらの鼻を拭った。
「ほら!泣かないで。美人さんは泣き顔も綺麗だけれど、笑っている方がもっと綺麗よ」
さくらはやっと笑った。
美智子もにっこりと笑って「今日の話は、女同士の秘密ね」と言って、指切りする仕草を見せる。
さくらは「はい……」と小さく返事をした。
「宏章はお父さんに似たのね」
「え?」
「ずっと頼りなくて心配してたんだけど、ちゃんと大切な人を支えて、守ってやれるようになったのね。さくらさん、教えてくれてありがとう。宏章の事よろしくね」
さくらは涙を拭って、にっこり笑って頷いた。
そのとき、コンコンとノックする音がした。
宏章が心配で居ても立っても居られず、様子を見にきたのだ。
「ごめん、長かったし、どうしても様子が気になって……」
明らかに泣いたであろうさくらの顔を見て宏章が困惑していると、美智子が二人に向かって語りかけた。
「宏章、さくらさん。幸せにね」
二人は顔を見合わせて、喜びを爆発させるように笑った。
美智子はそんな二人を、ただ優しく見守っていた。
美智子の病室を後にして、二人は車に乗り込む。帰りの車中で、宏章がさくらに尋ねた。
「お袋と、結局何話したの?」
「教えなーい!女同士の秘密だよ」
さくらは悪戯っぽく笑った。
「えぇ!何だよそれ。めっちゃ心配したのに。まあ、仲良くなってくれて嬉しいけどさ」
不満げな宏章をよそに、さくらは幸せそうに微笑んでいた。
「宏章……」
「ん?」
「愛してるよ」
さくらは目を輝かせて、宏章に囁いた。
宏章は赤信号で停まると、さくらの手をぎゅっと握りしめた。
「俺も。愛してるよ」
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