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「さくら、俺こんなんで本当に大丈夫かな?」

宏章は心配そうにさくらの顔を覗き込んだ。

「大丈夫だよ。も〜何回聞くの?」

さくらは呆れ笑いを浮かべて、宏章の方へと振り返る。

二人は結婚の報告と、両親へ顔合わせの為に、さくらの実家がある埼玉県へ向かっていた。飛行機の着陸が間近となり、宏章は緊張からずっとソワソワ落ち着きがない。

「もっと髪短くすれば良かったかな?」

宏章はこの日の為にヘアカットをして髭を剃り、コンタクトにした。それでも尚、しきりに身だしなみを気にしていた。

「私も緊張してるはずなんだけどな……」

さくらが両親に会ったのは、ほんの数か月前の事だ。熊本への移住を前に、十数年ぶりに実家へ出向いた時だ。両親からしてみれば、十数年ぶりに会った娘が熊本へ移住なんて、唐突すぎてさぞ驚きだっただろう。

それからまた数か月。今度は結婚だなんて、両親はどんな顔をするのだろうか……さくらはまったく想像ができずにいた。両親の都合もあるだろうからと、一か月前、意を決して実家に連絡を入れた。電話口で結婚しようと思っている事を伝えると、母は驚きからしばらく絶句していた。しばしの沈黙の後、母は「とにかくお相手の顔を見せに来なさい」とさくらへ告げた。父には母から伝えておくからと。

兄の雅高には、両親へ架電する前に報告の電話を入れていたが、矢継ぎ早に質問が飛ぶので、詳細は帰省した時に話すからと言ったのみだった。

そんな経緯もあって、さくらはどこから話そうと頭を抱えていたが、宏章の方がさくら以上に緊張しているので、却って気が紛れて楽になった。

二人は羽田空港へ降り立つと、到着ロビーへ向かった。今日は雅高が二人を空港まで迎えに来る手筈になっているので、さくらはLINEを確認した。

「お兄ちゃん、もう着いてるって」

宏章はドキッとして、いよいよかと顔を強張らせた。さくらは到着ロビーに出ると、迷子の子どもの様にキョロキョロしていた。

「さくら!」

突然後ろから呼ばれ、二人は振り返った。

「お兄ちゃん!」

さくらは雅高を見つけると、嬉しそうに駆け寄った。

「遠いのにわざわざごめんね」

「遠慮すんなって!荷物あるし大変だろ?」

雅高はさくらの後ろに立つ宏章と目が合った。雅高の今日の目的は、何を隠そう、宏章を見定める事だった。

……こいつがさくらの。

「初めまして。兄の雅高です。さくらがいつもお世話になっています」

雅高は宏章の目を直視すると、深々と頭を下げて丁寧に挨拶をした。

「あ!こちらこそご挨拶が遅れてすみません。斎藤宏章と申します」

宏章は初めて見る兄の姿をまじまじと眺めていたが、ハッと我に返り、緊張気味に自己紹介をした。

雅高は宏章を見るなり、なんだか拍子抜けしてしまった。というのも、驚くほど「普通の男」だったからだ。

人畜無害で無毒といったところだろうか。さくらの過去を受け入れて結婚するというくらいだから、もっとギラギラした、野心溢れる人物を想像していた。それがどうした事か、穏やかで優しそうな、それでいてどこにでもいそうな平凡な人物だった為、却って宏章に興味が湧いた。

「ここで立ち話もなんだし、早く移動しましょうか」

雅高が笑顔で気遣うと、宏章は申し訳なさそうに答えた。

「わざわざこんな遠方まで、迎えに来ていただいてすみません」

「そんな畏まらないで。敬語とか使わなくていいですよ、俺の方が歳下なんだし。それに俺、宏章さんとじっくり話してみたいんで」

雅高はにっこりと微笑み、何やら含みを持たせた言い方をした。宏章は何となく雅高の意図が伝わってきて、ますます緊張した。

「荷物多いから迎えに来てもらって助かるよ!ありがと」

さくらはそんな二人の様子を物ともせず、久しぶりに兄に会えた喜びから無邪気にはしゃいでいた。駐車場までの道のりを、宏章は兄妹の後ろをついて歩く。

雅高は男の宏章から見ても格好良く、惚れ惚れするくらいだった。目鼻立ちがはっきりした端正な顔立ちで、背が高く手足も長くてスタイル抜群だ。服の着こなし方も洗練されていて、自分とはまるで大違いだ。兄妹並ぶととても見栄えがして、宏章はますます自分ひとり場違いな感じがした。

……俺スーツで来て良かった、私服だったら完全に恥かいてたな。

……なんでこんな奴がとか思われてんだろうなぁ。

宏章は改めて自分の野暮ったさに落ち込むと、二人に気付かれない様にため息をついた。

「宏章、こっちだよ!」

さくらが宏章を手招いてキャリーケースを最後列へ乗せると、宏章は「失礼します」と言って、おずおずと雅高のアルファードへ乗り込んだ。

車が走り出して一息ついたところで、雅高が切り出した。

「それで、二人はどこで知り合ったんだ?」

雅高は運転しながら笑顔で質問する。早速雅高の「取り調べ」が始まったのだ。

さくらは困った顔で宏章をチラッと見上げた。

……大丈夫。

そう言いたげに、宏章はさくらに向かって微笑んだ。

「13年前に東京で。僕は昔、東京で働いていたので。さくらさんが芸能活動していた時に所属していた事務所の後輩が、僕の知り合いだったんです。その縁でさくらさんと知り合いました」

雅高はミラー越しに宏章の目を直視する。宏章もまた、逸らす事なくまっすぐに雅高の視線を捉えていた。

……13年前……さくらがまだ「現役」だった頃だ。

雅高はハンドルをぐっと握りしめ、黙って話の続きを聞いた。

「さくらさんの『仕事』は承知の上で、付き合い始めました。僕が彼女に心底惚れていたので。ただ、当時の僕はまだ未熟で……。彼女の仕事に対して理解していたつもりでも、感情が追いつかない時があったのも事実です。その事でだいぶ彼女を不安にさせてしまう事もありました……」

……違うよ!宏章は未熟なんかじゃない!

さくらは泣きそうになった。

宏章は自分の言葉で、精一杯想いを伝えようとしてくれてる。

お兄ちゃんは、子どもの頃からずっと私の一番の理解者だった。

だからこそ、自分の口から宏章への想いを伝えたい。

さくらは顔を上げた。

「お兄ちゃん、宏章は私を受け入れて一緒になろうって言ってくれたの。でも私が弱くて……その時ちょうど仕事で正念場を迎えてた時期で……私から別れようって言ったの。その後はお互い自分の人生に専念して、もう会う事もないだろうと思っていたんだけど……」

さくらは宏章の手をぎゅっと握りしめて、穏やかな笑顔で見つめた。宏章もさくらの手をぎゅっと握り返す。

さくらは宏章の手を握ったまま、雅高へ向き直った。

「別れた後もずっと宏章の事が気がかりで……。震災もあったでしょ?それでボランティアで熊本に行ったのがきっかけで、私にとってかけがえのない大切な場所になったの。それからはいつかここに住んでみたいってずっと思ってて……。思い切って移住を決めた時にね、宏章の生まれ故郷に私から会いに行ったの。そこで偶然再会して……まさか本当に会えるなんて夢にも思わなかったけど」

さくらは少し照れながら、幸せ一杯にクスクス笑った。

「頑張って生きてきたから、神様が宏章に会わせてくれたのかな……」

さくらの想いを感じて、宏章は感動で胸が熱くなった。

宏章もまた、さくらへの想いを雅高に語りかけた。

「雅高さん、僕は彼女と再会して、改めて自分の気持ちを再確認しました。12年ぶりに会っても以前と変わる事なく魅力的で……むしろ前よりもっと強くなって人間的な魅力が増していて。彼女と一緒になりたいと、強く思いました。離れていた時間の中で、僕も色々と経験して……乗り越えてきたからこそ、今は何の迷いもありません。雅高さんが心配されている事は分かります。離れて過ごされていたのだから尚更。雅高さんやご両親に安心してもらえるように、僕が頑張ります」

宏章は雅高に向かって頭を下げた。

「お兄ちゃん……私は、宏章が居なかったらきっと成し遂げられなかった。今の私があるのは、宏章のおかげなの。あの頃宏章が私を支えてくれたから。だから今度は私が宏章の力になりたいの」

子どもの頃からずっと、俺がさくらを守ってやらないと……そう思っていた。兄として、妹を守る。家族としての使命感に駆られていた。それなのにいつしか、衝突を恐れて自分の居場所を守る事だけに固執してしまった。

俺が離れている間、さくらはこの人に守られて強くなったんだな。

この人だけじゃない、沢山の人に支えられて……。

俺には結婚を反対する理由も資格もない。この人が、さくらをこんなにも強くしたんだから。

「そうか、良かった」

二人の顔を見れば分かる。穏やかで、とても幸せそうだ。

雅高は安堵して、それ以上は何も聞かなかった。

厳しい事を言われる事も覚悟していたので、二人は拍子抜けした。

「お兄ちゃん、何も言わないの?」

さくらがおずおずと尋ねる。

「二人が幸せなのは分かったよ」

雅高は穏やかに微笑んだ。

さくらがホッとしたのも束の間、みるみる不安げな表情になり、「お父さんとお母さん、何て言うかな……」とため息をついた。

「その様子なら大丈夫じゃないかな」

雅高の一言でさくらの表情が解れていった。

宏章はそんなさくらの様子を見て、二人はやっぱり兄妹なんだなと実感した。

そして二人が和解して、こんなに自然に打ち解け合っている事に心底良かったと思うのと同時に、兄妹っていいなと羨ましく思ったのだ。

道中、さくらが宏章のネクタイが曲がっている事に気付いて「宏章、こっち向いて」と言ってネクタイを直した。その様子がとても自然で、お互いに信頼し合って身も心も預け合っている様に映った。

そうして、雅高の心配は杞憂に終わったのだ。


さくらの実家があるS市に入ると、先に予約していたホテルに回り、荷物を置いてから実家へと出発した。

宏章は緊張から吐き気を催してげんなりしていたが、隣に座るさくらの口数がどんどん減っている事に気付き、浮かない顔をして黙り込むさくらの手をそっと握った。さくらの手は冷たくなっていたが、宏章の手の温もりが伝わると、さくらは安堵から微笑んだ。

いよいよ実家に着いて車を降りると、「今日18時からだろ?また夜にな」と言って、雅高が笑顔でさくら達を送り出した。さくらは不安そうに、「帰っちゃうの?」と言って雅高を見上げた。

今日はこれから両親に挨拶をした後、夜に岡田家が昔から贔屓にしている料亭で、兄一家も交えた会食の予定となっていた。そのため雅高は一度自宅に戻り、また夜に現地で落ち合う手筈となっていた。

だがさくらは心細さから、雅高に一緒に付いてきて欲しいと思っていた。

前回十数年ぶりに帰省した時も、雅高に間に入ってもらっていたので、いきなり両親と対面する事に不安を覚えていたのだ。

「宏章さんがいれば大丈夫だよ」

雅高は優しく微笑んで、諭す様に穏やかにさくらに語りかけた。

雅高はさくらの後ろに立つ宏章の目をしっかり見据え、深々と頭を下げた。

「宏章さん、さくらの事をよろしくお願いします」

宏章もまた、しっかりと雅高を見据えて「はい」と返事をした。

それは大事な妹さくらを守り抜くという、兄に対する誓いでもあった。

それが伝わったのか、雅高はにっこり笑いながら「じゃあな!」と挨拶して車に乗り込み、颯爽と去って行った。


雅高が自宅へ戻ると、妻の英里奈が「おかえり」と笑顔で出迎えた。

雅高は「恋奈れな愛奈まなは?」と娘達の様子を尋ねる。「二人とも昼寝してるよ」と言うので、リビングの隣の和室をそっと覗き、すやすやと眠る娘達の顔を穏やかに眺めてから静かに襖を閉めた。

英里奈は「お疲れ」と言って、コーヒーを淹れた。雅高はダイニングテーブルの椅子に腰掛け、コーヒーを受け取ると、ふーっと一息ついた。

英里奈も向かいに腰掛けて、笑顔で尋ねる。

「さくらちゃんの旦那さん、どうだった?」

「あー……うん、なんか普通の人だった。あんまり普通すぎて、ちょっと拍子抜けしちゃって。さくらと結婚するって言うくらいだから、俺はもっとギラギラした奴を想像してたんだけど……」

「そーなの?」

英里奈はクスクス笑った。

「うん、なんか穏やかで優しそうな……全然毒気もなくて。あの雰囲気というか……人が良さそうな感じに当てられて、俺もなんか調子狂っちゃってさ。とにかく不思議な人だったよ」

雅高はやれやれと苦笑いした。

「ほんとに?めっちゃ気になる!私も早く会いたいな」

英里奈は雅高の言葉に、もう興味津々だった。

「でもさくらちゃんが選んだ人なら、きっと素敵な人なんだろうな……」

英里奈はコーヒーを口にしながら、しみじみと呟いた。

「ああ、宏章さんて俺の一個上なんだけど、見た目は若々しい人だったよ。顔も整ってるしね」

そう言って、雅高もコーヒーを口にした。

「でも何よりもあの二人の雰囲気がすごく良くてさ。なんていうか、お互い自然と寄り添ってて……俺はそれに一番安心したかな。まあこれからは二人の努力次第だけど、あの調子なら大丈夫なんじゃないかな」

雅高は穏やかな表情で、静かにカップを置いた。

英里奈は雅高の表情から、心から安堵し二人を祝福している事を感じ取った。英里奈もまた、穏やかな笑顔で「良かったね」と呟いた。



雅高が去った後、さくらと宏章はしばし玄関前で立ち止まっていた。

さくらは緊張から顔を強張らせており、胸の前でぐっと拳を握りしめ、その手は小刻みに震えていた。

宏章はさくらの肩を抱き寄せ、髪をわしゃわしゃと撫でた。

「さくら、笑って」

宏章は突然さくらの顎を優しく掴み、口を尖らせた。

さくらが不意打ちを喰らって目を丸くすると、宏章はぷはっと吹き出し、「うん、可愛い」と言ってパッと手を離した。「もう!何すんのよ!」とさくらが怒ると「ごめんごめん」と言って、宏章はさくらの頭を優しく撫でた。

二人は微笑み合った後、チャイムを鳴らした。ゆっくりとドアが開くと、さくらの母がおずおずと顔を出した。母も緊張からか、少し不安げな様子だった。

宏章と目が合い、「どうぞお入り下さい」と静かに微笑んだ。「お邪魔します」と言って足を踏み入れると、さくらの父がすでに玄関で立って待っていた。

さくらの父は、グレーヘアをサイドに流してセットし、雅高やさくらと同じく目鼻立ちがハッキリとしていて、長身ですらっとしていた。雅高のスタイルの良さは、父親譲りだった。

母は小柄で色が白く、ショートボブで髪に艶があり、とても若々しい印象だった。

そして二人とも、上品な雰囲気を醸し出していた。

「こんにちは、父の佳臣です。今日は遠い所から、わざわざお越し下さって……」

緊張している様子の宏章に気付いて、父から声をかけて来た。母もそれに続いて、「母の遥子です。さくらがいつもお世話になっています」と丁寧に挨拶をした。

宏章はハッと我に返り、「初めまして、斎藤宏章と申します」と深々とお辞儀をして、自己紹介をした。

「さあどうぞ上がって」

佳臣は笑顔でさくら達を迎え、リビングへ通すと「こちらへどうそ」とソファに座る様促した。

宏章は「あ、こちらよろしければ……」と言って紙袋から日本酒の箱を取り出し、佳臣へ手渡した。

「熊本の地酒です。雅高さんから、お義父さんはお酒を嗜まれると伺ったので……あとこちらは和菓子です。こちらは熊本名物ではないのですが……」

佳臣は「これはこれは」と笑顔で受け取り、遥子は「まあ!お気遣い頂き、ありがとうございます」と丁重にお礼を述べた。

宏章は手土産を渡し終えると、少しホッとして下座に腰掛けた。さくらも宏章の様子を伺いながら、隣に腰掛ける。

さくらはここまで一言も喋らず、困った顔をしながら、まるで小さな子どもの様に宏章の後ろにくっついていた。

「改めまして、本日はお忙しい所ありがとうございます。さくらさんとお付き合いさせて頂いている、斎藤宏章と申します」

宏章は佳臣と遥子へ向き直って、改めて挨拶をした。

佳臣と遥子は、宏章を見て少し安堵した。

雅高が宏章に抱いた印象と同じものを、両親ともに感じたからだ。

もっとも、二人は雅高と違ってさくらの結婚相手のイメージを全く想像すらしていなかったので、尚の事「こんな感じか」とすんなり宏章を受け入れる事が出来たのだが。

「宏章さんは熊本のご出身で?」

早速宏章の事へ話題が飛んだ。

両親はさくらからの電話で、年齢と職業くらいの簡単な情報しか聞いておらず、聞きたい事は山程あった。

「はい、生まれも育ちも熊本です。高校卒業後に上京して、東京で働いていた期間もありましたが……。さくらさんとはその時に知り合いました。今は地元で、両親の跡を継いで酒屋をやってます。と言っても小さな店ですが……」

「ほう……」

佳臣は東京で知り合ったという所に引っかかった。

という事は、さくらがまさにAV女優だった頃から知っているという事だろう……。

佳臣は宏章について知りたい事はたくさんあったが、それより何よりも確かめたい事があったのだ。

佳臣はさくらへ視線を向けた。

さくらはずっと心配そうに宏章の腕にそっと手を添えて、宏章を見つめていた。その様子だけで、さくらが宏章を恋慕っている事が伝わってきた。

「さくら、少し席を外してくれるか?父さんと母さんで宏章さんと話がしたいんだ」

さくらは顔を上げて、え?と驚いた。

隣の宏章も突然の事で戸惑っていたが、すぐに何か覚悟を決めたような表情へと変わった。

さくらは困惑して、でも……と言いかけて宏章へ目配せするが、宏章は大丈夫と言いたげにさくらへ微笑みかけた。

遥子は「さくらは部屋で待ってて」と優しく言って、退席する様促した。

さくらは戸惑いながらも、二人に言われるがままリビングを後にしたのだ。


さくらは二階に上がり、自室のドアをゆっくり開けた。ドアを閉めて寄りかかると、ぎゅっと強く目を瞑った。

さくらはもし両親に結婚を反対されたら、強引にでも自分の意思を押し通すつもりでいた。

だが宏章はそれを良しとせず、時間をかけてでも両親に理解してもらえるように努力しようとするだろう。

だからこそ、自分のせいで宏章が両親に責められでもしたらとても耐えられない。

そんな事を考えて泣きそうになるが、ふと雅高の言葉が頭を過った。

「宏章さんがいれば大丈夫だよ」

その言葉を思い出したら、心が少し軽くなった。

他でもない兄の言葉は、さくらの心を落ち着け安心させるのだ。

さくらは顔を上げて部屋を見渡した。

部屋の中はベッドもデスクもそのままで、綺麗に掃除されていた。さくらがまだ家族と暮らしていた頃のまま、何一つ変わっていなかった。それはまるで、主人あるじの帰りをずっと待っていたかの様だった。

さくらは懐かしそうにデスクにそっと触れた。

デスクの棚にアルバムが立て掛けてあるのに気付き、手に取ると、テーブルの前に座ってパラパラめくった。アルバムには、幼い頃の雅高とさくらの写真が沢山収められており、さくらは「懐かしい……」と呟いた。

アルバムをひと通り眺めていると、ふと一枚の写真が目に留まった。日付を見ると1992年と記されていた。さくらが三つの時だ。小さなさくらが一生懸命鉄棒にぶら下がり、それを父が後ろから支えている。隣では母が優しく微笑んで、二人を見守っていた。

……こんな写真初めて見た。

その写真は後ろ姿が捉えられており、何て事はない日常の一コマを写した物だ。よく見ると、写真の下にメッセージが添えられていた。

『私達の大切なさくら、元気に大きく育ってね。パパとママはあなたを一番愛しているよ』

それは両親からの35年越しのメッセージだった。

自分は紛れもなく、両親に愛されていた。

それを心の底から実感して、さくらの目から涙が溢れた。

だからこそ、両親には宏章を心から愛しているという事を理解してほしい、二人の結婚を認めてほしいと強く願った。

……認めてもらえるように、私も頑張るよ。

さくらは忘れかけていた大切な事をやっと思い出した。大切な人に認めてもらえる様に、二人で頑張ると誓った事を。


さくらが席を外した後、リビングでは緊張感が漂っていたが、沈黙を破ったのは佳臣だった。

「宏章さんは、さくらが過去にAVに出演していた事は知っているかな?」

宏章はついに来たかと覚悟した。

その質問が飛んで来るであろう事は、容易に想像がついていたからだ。

「はい。僕は当時、それを知った上で彼女と付き合っていましたから」

宏章は静かに、そして冷静に答えた。

「そうか……それを承知の上で、どうしてさくらと結婚しようと思ったのか聞いてもいいかい?」

佳臣は指を組んで身を乗り出し、じっと宏章を見据えて続けた。

「さくらは『普通』とは違う。その事で、当時我々家族も、周囲から少なからず心無い言葉を投げかけられた事もあった。映像は一生残るし、君だけじゃなく、君の周りの人も好奇と偏見の目に晒されてしまう事もあるかもしれない。それでも、どうしてさくらと一緒になろうと思ったのか、教えて欲しいんだ」

宏章は佳臣の問いかけを静かに受け止めながら、目を閉じて聞いていた。

そして顔を上げて、二人の目をしっかり見据えて語り出した。

「お義父さん、僕は彼女がAV女優だった頃に、側で仕事に邁進する姿を見てきました。さくらはAVだろうと映画だろうと、どの現場でも自分に与えられた仕事に対して、真摯に向き合っていました。責任感が強くストイックで、それでいて周囲の人に対して、いつも感謝を忘れず誠実で……。僕はいつしか、そんな彼女の人間性に惹かれ尊敬していました。もちろん、全く気にしてなかったと言ったら嘘になります。正直に言うと、当時はかなり複雑でした。情けない話ですが、男としての嫉妬と言いますか……当時はすべてを受け入れる度量が、僕にはなかったんです」

宏章は当時を思い出し、情けなさから苦笑した。

「それに……彼女の仕事に対する熱量を分かっていたから、辞めてくれなんてとても言えなかった。それは彼女にとって死に等しい事で、その狭間でだいぶ葛藤したのを覚えています。側から見れば、彼女はとても強い人間の様に思われますが、僕の前では、時折不安定さを覗かせる事もありました。僕が不甲斐なかったから、彼女にはもしかしたら、僕の葛藤が伝わっていたのかもしれません……」

宏章は当時の辛い記憶が蘇ってきた。

別れを選択するしかなかった当時の自分達を……。

「僕といる事で、彼女にも迷いが生まれ始めて……僕も当時は、自分の将来に対して不安や迷いがあった時期で……その頃、ちょうど父が体調を崩した事もあって、実家を継ぐ事になり一度は別れを選びました。その後すぐにAVは引退して……その後の活躍は、お義父さん達もよくご存知だと思います。念願だった映画の大役を手にして……僕は別れた後も、一ファンとしてその姿をずっと追ってきました。並大抵の努力ではなかったと思います」

宏章はすっと顔を上げて、二人へ向き直った。

「僕は彼女ほど、強くて脆い人間を知りません。彼女はずっと、周囲のプレッシャーや期待を背負って生きてきた。人前ですべてを曝け出す事で、いい事も悪い事もその体で受け止めて来たんです。たった一人で……。僕には何も出来なくても、せめて側にいて抱きしめてやりたいとずっと思っていました。その気持ちは、12年経った今でも変わっていません」

宏章の口調ははっきりとしていて、その目には強い意思と覚悟が込められていた。

「僕が必ずさくらを守ります。そして絶対に幸せにします。だからどうか、僕たちの結婚を認めて下さい」

宏章は二人の前でさくらへの愛を誓い、深く頭を下げた。

アンストッパブル!ベイビーズ

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