彼女たちはいつもこんな感じで、本人たちは面白い事を言っている自覚はないらしいけれど、聞いている側は極上の漫才を聞いている気分だ。
「……それにしても、大変な事に巻き込まれたわね。命があって良かったわ」
佳苗さんは溜め息をつき、紅茶を飲む。
「……それで、将来も考えてこの家で同棲する事になった……という事ね?」
「うん……」
恵は照れくさそうな表情で頷く。
「あっ、お母さんが三日月さんと話し合って決めたんだけどね。ベッドとか棚とか、三日月さんの家にもう立派な家具がある物は、とりあえず元の所に置きっぱなしにしておいたから。棚とかならうちで引き取ってもいいけど、ベッドは置けないから後日自分で処分しなさい」
「分かった。……あ、あの……。下着類とかは……」
「大丈夫よ。シーツとかとまとめて、段ボールに『恵の下着』って書いておいたから」
「おんぎゃああああ!!」
それを聞いた途端、恵は今まさにこの世に生を受けたような声を上げる。
「それっ、今っ、あのっ……」
彼女は立ちあがり、両手を中途半端に掲げ、スリラーダンスのように左右を見て、引っ越し業者さんを窺う。
「大丈夫よぉ~。業者さんなんだもの。下着とか本とか書いてあるのは当たり前!」
佳苗さんはウインクしてサムズアップする。
「おのれ佳苗……」
恵はプルプルしながら必死に自分を抑え、着席する。
「これから警察の方がいらっしゃって、事情聴取をして、それから皆でご飯なのね? 事情聴取はともかく、ご飯、楽しみだわ~。イケメンと食べるお食事! イケメンを見るだけで白米が進む! どんぶり十杯いけちゃう!」
「……多分、どんぶりは出てこないと思う……」
恵は溜め息をつき、ソファの上で胡座をかく。
「朱里ちゃんなら、どんぶりご飯の美味しさを分かってくれるわよね?」
いきなり話を振られ、私はコクコクと頷く。
「どんぶり物は美味しいです」
「三日月さんと食べるご飯は美味しい?」
佳苗さんは恵に尋ね、彼女は怪訝な表情ながらも頷く。
「……そりゃあ、美味しい物を食べさせてくれるし、どこに行ってもロケーション最高だし、涼さんは話していて楽しいし……。美味しいよ」
娘の話を聞き、佳苗さんはニッコリ笑った。
「ならいいじゃない。ご飯を一緒に美味しく食べられる人は大事よ。どんなに高級な料理でも、相手がイケメンでも、色んな要素が重なってご飯を美味しく食べられない事ってあるわ。相手が自慢話ばっかりとか、クチャラーとか、レストランで|蘊蓄《うんちく》を垂れるとか……。イケメン、高級飯でも、不味い時はあるの」
さすが美魔女モデルなだけあり、その手の経験は多く積んでいそうだ。
「恵は今まであまり積極的にお付き合いをしてこなかったし、警戒心がとても強かったでしょう? 誰に対してもやんのかステップ踏んでる猫みたいで、ツンツンして寛いでる姿を見た事はなかったのよね」
母だからこそ、娘の本質を見抜いている。
「そんな恵がこんなに〝慣れない〟ところで割とリラックスしている姿を見て、お母さん、一目見て『あ、大丈夫かも』って思ったの。三日月さんは目玉が飛び出るほどのイケメンで御曹司だけど、お話していて嫌な感じがまったくしなかったわ。三日月グループの御曹司なら、タワマンから地上を見下ろして『愚民共が』ってやっていてもいいのに、そういう感じがしなくて、とても丁寧で腰の低い方だった。演じてる可能性もあるけど、お母さん、職業柄そういうのはピンときちゃうのよね。でも『大丈夫』って思えたから、安心して恵を預けられると思ったわ」
そこまで言い、佳苗さんはニッコリ笑った。
「急な出来事で戸惑ってるわよね? でも人生ってそういうものなの。宝くじの高額当選だって、予兆なんてないでしょう? 急にポンと嬉しい事や悲しい事が起こるから人生なの。全部予測できたらつまんないわ」
微笑む彼女の言葉は、さすが三人の子供を産み、さらに人の前で活躍しているだけあって重みがある。
「恵、幸せになりなさい。照れくさいかもしれないけど、三日月さんならきっと大丈夫。あり得ないと思うけど、もしも三日月グループが倒産したら、お母さんが彼ごと恵も養ってあげるから、いつでも実家に戻ってきなさい!」
そう言って、佳苗さんは豪快に笑う。
(佳苗さんのこういう所、好きだなぁ……)
ニコニコして聞いていた時、それまで黙ってお茶を飲んでいた上条さんが口を開いた。
コメント
1件
佳苗さん、素敵なお母さんだなぁ....🍀✨