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〜第2幕〜ー第二稿ー
翌日、俺は朝早くにオフィスに出勤し、最後の『餌』である付箋を自分のデスクに貼った。彼、藤澤涼架と鉢合わせないよう、午後は
「やっぱりこうも連絡がつかないと若井のこと、心配で…探す時間を頂きたいんです。」
と理由をつけて半休をもらった。ちなみにその付箋には、適当な人名と訳ありそうなコメントを書いてある。更に、それだけでは『餌』として機能しなくなる恐れがあったので、その中に
「藤澤涼架:動きに注意。」
と入れることで藤澤がこれを確実に拾うよう工夫も施してある。このくらい確かな証拠を残しといてやれば、彼も流石に記事を出すのに踏み切るだろう。そして「真相を解明できた!」と思い込んでいるところにこの計画全てをバラす…彼の希望に満ちた、キラキラした目が絶望の色に染まるのも、そう遠くはない未来だ。
まぁ今はとりあえず、若井のところに向かおう。
しばらく歩き、また少し重い扉を開くと、若井は執筆作業に励んでいるようだった。眼鏡をかけてパソコンに向かっている。声をかけるかどうか迷ったが、いつの間にかいた、という方が良くないだろうということで声をかけることにした。
「…若井、ただいま。」
肩を叩きながら声をかけると、若井は眼鏡を外しながら俺の方を向いた。そして少し申し訳なさそうに言った。
「おかえり、元貴。…今ちょっと作業進めてたんだけどさ、これ、次どんな展開が良いと思う、?」
今書いている新作の話だ。若井はいつも、物語のターニングポイントを俺に決めさせる。恐らく、彼の中に本当にアイデアがないのではなく、俺に、他人に決めてもらうことが好きなだけだろう。
「うーんそこなら、主人公が寝返ったりとかしたら面白そうじゃない?」
「なるほど。それアリ。」
そう言いながらまた若井が眼鏡をかけ直し、作業を再開した。
それから数日間、進展もなくぼーっと過ごしていると、一つの記事が目に入ってきた。
『小説家、若井滉斗の失踪事件を真相!!』
―『著:藤澤涼架』
俺はすぐさま若井にこの記事を見せた。若井は一通りその記事に目を通し、
「これ…あはっ、あははっ。え?笑」
「こんなに『台本通り』に動いてくれることある?笑」
と大きな声で笑った。それも無理はない。俺達が用意した『餌』を何も疑わずに食いつき、呑気に記事を出している。それが全て仕組まれていたことだなんて露知らずに。
しかも「周囲の人の証言が全て一致」とすらある。そんなのは仕組んでないのに。人って疑い始めるとどこまでも行くんだな。俺も笑いが堪えきれなくなり、手を叩いて笑った。
「ふふっ、本当、笑うしかないよね笑」
一通り二人で笑い合ったあと、
「でさ、ネタバラシどっちがしに行く?」
若井は少し考える素振りを見せた。
「うーん…元貴に最初は行ってほしい。で、あとからあいつを連れて俺のとこに来てくれない?」
「良いけど…なんで?」
若井は眼鏡の奥の目を真っ黒に染めながら言った。
「だってさ…『書けそう』じゃない、彼。」
若井は小説家らしくとても濁した言い回しをしたが、俺はすぐにその意味を理解できた。
「こんなに素晴らしい『演者』なら、ってことね。」
「そう。元貴もさ、そう思わない?こんな都合のいい奴そうそういないよ。」
珍しく若井が自分の意見を強めに言っている。それだけ気分が高揚しているんだろう。
「確かにね。良いよ、その計画、乗った。…でもそうなると、また『台本』書き直さなきゃじゃん?どうする?」
「それは俺に任せて。1時間かけずに完成させてみせるから。」
やはりいつもの若井とは一味違う。ここは大人しく任せるのが吉だろう。
「心強い。じゃあ任せるよ。」
俺がそう言うと、若井は俺に少し微笑みかけてパソコンと向き合った。
こうなれば俺はもう、『第二稿』の完成を待つのみだ。小説家の本気、見せてもらおうじゃないか。
コメント
9件
すみません、『小説家、若井滉斗の失踪事件を真相!!』というところ、誤字です。すみません🙇🙇 正しくは『失踪の真相』です。本当申し訳ないです…
更新お疲れ様です‼️今回も神...!!2人の関係値が何となくわかってきた気がします...!相変わらずの文章力にびっくり......👀👀さぁこっからどうなるのか楽しみでお昼寝できません😭😭😭(?