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真昼は叔父の|竹村 政宗《たけむらまさむね》が経営する<竹村事務機器株式会社>で事務職員として働いている。


「おはようございまーーす!」

「おっ、おせぇな」

「叔父さん、ごっめーーーん」

「馬鹿野郎、|ここ《会社》じゃ社長と呼べ!」

「はぁーーーい」


実父の弟が社長という事もあり気楽な職場だ。


「おう、真昼、おまえ昨夜はやったか!ん?」


気楽な反面、遠慮もなく隠し事もなくそして不粋だ。政宗はスチールデスクに腕を突き、腰を前後にカクカクと動かしにやけている。


「し・て・い・ま・せ・ん!」

「なんだ、龍彦は相変わらずゲーム三昧か」

「そうみたいね」

「いい加減子作りに励めよ、おまえ、もう32歳だろ。賞味期限間近だぞ」

「うるさいわね!禿げるのは社長の頭だけにしてよ!」


真昼にも女性としての性欲はある。勿論、子どもも欲しい。然し乍ら配偶者があの調子ではそのどちらも満たされない事は確かだ。


「龍彦に精力のつくもん作ってやれよ」

「精力ぅ」

「ニラとか、牡蠣とか、アボガドも良いらしいぞ」

「ふーーん、詳しいわね」

「現役バリバリだからな!」

「56歳で!うっわ、生々しいから止めてよ」


叔父に悪態をつきながらも真昼は今夜の献立を案じた。


「ニラと牡蠣の水炊きが良いかな、うん、大根おろしも要るね」


そして真昼は何度も心の中で打ち消した。


(そうよね、あの性欲の乏しいたっちゃんが不倫なんて有り得ない)


それは祈りにも近い思いだった。

真昼には火曜、木曜、金曜日の週三日、請求書やパンフレット、ダイレクトメールなどを発送する業務が割り当てられていた。利用する郵便局は金沢|西念《さいねん》郵便局、営業時間は9:00から17:00、然し乍ら竹村社長の仕事が遅いが為に、毎度閉局間際に郵便窓口に駆け込む羽目に陥っていた。


「ごっ、ごめんなさい!遅くなりました!」

「いえ、大丈夫です」

「本当にいつもごめんなさい!」

「大丈夫です」


郵便窓口担当の男性職員は郵便物の重さを黙々と計量するのだが、内心さぞ苛ついているのだろうと眉間のシワの深さ具合から推し量る事が出来た。


「あのぅ」

「なんですか」

「いつも本当に申し訳ありません」

「いえ、仕事ですので」


やはり機嫌が悪い。


(うーーーん、あの|クソじじい《社長》)


下らないギャグを連発する暇があれば景気良くポンポンと確認印を押す事も出来るだろう。そうすれば発送業務が遅れる事もなく、このような気不味い思いをせずに済むものを、と真昼は叔父を脳内で三回ほど抹殺した。そこで真昼はふと見遣った男性職員の事が気に掛かった。


(若いなぁ、この子、何歳だろう)


その男性職員の名前は|玉井 真一《たまいしんいち》と言った。ネームタグにはそう書かれていた。真昼の読み仮名が間違っていなければ玉井真一、丸々とした名前だと思った。


(あ、真昼、真一、同じ字だ)


その後頭部を眺めていると|旋毛《つむじ》が二つある事に気が付いた。ふわふわした触り心地の良さそうな巻き毛、ただ襟足が不揃いでそこだけが残念だった。


(高校卒業して勤めたのかな、初々しい)


制服のサイズが大きすぎてワイシャツの袖が隠れて見えない、臙脂色のネクタイが少しずれている。


(なんだか、可愛い)


ジージージージー


郵便料金が印字された白い紙が次々と機械から吐き出され、玉井真一が電卓でその金額を弾きだしている。

「お待たせしました、2.484円になります」

「はい」


玉井真一が顔を上げた瞬間、二人の視線が絡まり彼の顔は熟れたトマトのように赤く染まった。眉間のシワは消え、眉毛は八の字を描いた。


「あっ、あ、に、にせん」

「はい」


真昼がトレーに千円札を三枚置くと彼は慌ただしくレジに金額を打ち込み516円がその手に握られた。


「ご、516円のお、おつ」

「あっ」


小刻みに震えた指先が真昼の手のひらに触れた瞬間、玉井真一の身体は雷に打たれたように飛び跳ね、金と銀と銅の小銭がバラバラと床へ落ちた。


「もっ、申し訳ありません!」

「いえ、大丈夫です」

「有りますか!」

「んーーーー有る、あ、ないかも」


大丈夫と言ったがとうとう五円玉を見つける事が出来なかった。


(あーーーー、ま、いいか、自腹、自腹)


真昼が財布を手に足元を覗き込んでいるとカウンターから飛び出した玉井真一が「お金はありましたか!」「大丈夫ですか!」と慌てた様子で床に這いつくばった。


「え、いえ。大丈夫です」

「いえ!そんな訳にはいきません!」

「は、い」

「ちょっと待っていて下さい!」

「あ、はぁ」


しかも生真面目そうな彼はバックヤードから|箒《ほうき》を持ち出してカウンターの下に差し込んで出し入れしている。


「もう、大丈夫ですから、もう閉局時間、過ぎていますよ?」

「い、いえ!僕の不注意ですから!」


フロアの中ほどにはポマード臭そうな中間管理職らしき男性がこちらをジロリと睨んでいる。真昼は作り笑いで軽く会釈をした。


「もう大丈夫ですから」

「いっいえ!そんな訳には!」


玉井真一は可愛らしい外見とは裏腹に意外と頑固者だった。

すると箒の先に、クシャクシャに丸められたレシートや埃に混じって五円玉と十円玉が顔を出した。


「あっ、ありました!」

「本当だありがとう」

「たっ、田村さん、落としたのはどちらですか!」


玉井真一は右手に五円玉、左手に十円玉を持って笑った。


(あ、笑うと左側だけ八重歯なんだ)


床にしゃがみ込み、真昼は疑問に思った。何故、玉井真一は自分の名前を知っているのだろう。


「あれ、私の名前ご存知だったんですか」

「あ、あの。名札に<田村真昼>さんと書いてあったので」


「あぁ、そうね、玉井真一さん」

「あれ、なんで僕の名前」

「それ」


真昼がネームタグを指差すと、玉井真一はそれと真昼の顔を交互に見て八重歯を覗かせながら真っ赤な顔で笑った。


(可愛い)

「あ、あの、落としたのは」


真昼は右手の五円玉を指差して笑った。


「こっち」

「あ、ご、五円」


「ご縁がありましたね」

「はい?ご、えん?」

「私と玉井さん、ご縁がありましたね」


「え」

「私の名前、|真昼《まひる》なんです」

「真昼、さん」

「玉井さんの字と同じ、真実の|真《しん》」

「真昼、さん」

「はい」


その時、頭上から咳払いが聞こえて来た。ふり仰ぐと蛍光灯の逆光の中でポマード中間管理職が腕組みをし二人を見下ろしていた。


「あ、ごめんなさい」

「いえ、ありがとうございました」

「じゃ」

「はい」


真昼が踵を返すと玉井真一が大きな声でその後ろ姿に声を掛けた。


「あっ、ま、また!」


振り返り会釈をすると、ポマード中間管理職が丸めたパンフレットで玉井真一の頭をポカっと叩いているのが見えた。笑みが溢れた。

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