「しょうたくん」
ベッドの中で、噴き出る汗を拭おうともせず、キラキラした笑顔で彼は言った。
「もし。俺が近くにいてあげられなくても、俺は、翔太くんの側にいるから」
「何それ急に。意味わかんね…」
降って湧いたような不吉な言葉に同調するように、ざわつく胸騒ぎを打ち消すようにして、俺はめめに唇を寄せた。
「もっと、キス……しろ…」
いつもは優しいめめが、急に真剣な顔つきになり、俺の後頭部に手をかけて、自分に引き寄せると、荒々しく唇を貪った。
息ができなくなるような性急さと、切なくなるような求めに、俺はいっそう不安を駆られた。
翌日。
めめの、外国行きが決まったとマネージャーから報告された。
◆◇◆◇
「今頃、蓮、ホテル着いたかなー」
佐久間が寂しそうに頬杖をついてぼやくのを、隣にいた阿部ちゃんがたしなめる。
「こら」
阿部ちゃんと佐久間の視線が俺に集まっていることに気づいて、俺は作り笑いを浮かべた。
「気にしてねぇよ。俺は大丈夫だから」
嘘。
全然大丈夫なんかじゃない。
本当はまだ、頭の中が混乱して、パニクって、でも何とか平静を保つ努力をしているだけだ。
「しょっぴー」
悲しげな声音で俺を呼ぶのは、自他共に認めるめめと一番仲良しのラウール。
ラウールとは、めめの親友と恋人といった違いはあるけれど、いつも3人でつるんでいた。ラウールは、どうやら、同じ寂しさを共有するに相応しい相手は俺だと思っているらしい。
めめの海外挑戦が決まってから、3人で話していても、寂しがる俺たちの視線は時々、めめの気づかないところでぶつかっていた。それでもめめがこっちにいる間は、残り少ないめめとの時間を大切にすることを最優先して、悲しい思いには蓋をしてきた…けど。
やはりまだ年若いラウールは、陰では、率直に、素直に、めめの不在の寂しさを俺に慰めてもらいに来るようになっていた。
「よしよし」
「んー」
大型犬のような、でかすぎるラウールを抱き、隣に座らせると背中をさすってやった。
「しょっぴーは?」
「ん?」
「しょっぴーは?寂しくないの?」
「………だって、喜ぶことだろ」
口をついて出てくるのは、そんな、耳障りのいい、表向きの言葉。
だって、応援したいのは本心だし。目黒蓮のことだ。絶対にもっとデカくなって、そんでもって、俺らをさらに高いステージへと導いてくれるはずだ。
「……しょっぴーは強いね。大人なんだね」
半分誤解したラウールは、感心するように俺にしがみついて、頭を胸に預けてきた。縮こまりすぎて滑稽に見える。
ほら、後から部屋に入ってきた康二がギョッとしているじゃないか。
「しょっぴー、めめのいない隙に浮気はあかんで」
「バカ。違うって」
「んー。翔太くん、いい匂いぃ」
ラウまで調子に乗って、腰に手を回してキスをする真似をしてきたので、バカ、ともう一度言って離れた。阿部ちゃんたちもそんな俺らを見て、笑っている。
今日も穏やかに一日が始まる。 そんな予感がしていた。ただそこに、いつもはいるはずの男が、ほんのちょっとの間いないだけだ。
「外の空気吸ってくる」
俺は、控え室から、バルコニーへと出た。
◇◆◇◆
冬の冷たい空気に、真っ青な空が映える。
マネージャーに気を遣われて、空港まで同行する段取りを提案されたが、断った。それは間違いじゃなかったと今でも思っている。
ほんの少しの期間。
一生から考えたらほんの少しの間だけ、離れることになるだけだ。寂しがったら本当に寂しくなってしまう。恋人の旅立ちを、形だけでも何気ないこととして捉えたかったし、前向きに応援したかった。
携帯が震える。
グループチャットに、蓮の自撮り写真と、無事に着きました、という簡潔なメッセージが届いていた。
俺はそれだけで胸がいっぱいになって、目頭が熱くなるのを感じた。
だから、すぐに返信できなかった。
「翔太。大丈夫?」
聞き慣れた照の声がして、あ、今振り向いたらヤバイと思い、バルコニーの冷たい手すりを強く握りしめた。
離れた前方にはくすんだ色のビルが見える。窓には俺とは無関係な人たちが、忙しく働くのが見えた。いつもと変わらない風景。蓮がいてもいなくても続いていくそんな日常の景色は、俺をほんの少し落ち着かせてくれる気がした。
すると、急に、頭に重みを感じた。
気づけば、照の大きな手が俺の頭を撫でている。
「寂しいよな」
「………」
「俺は寂しいよ」
「…………」
「翔太。無理すんな」
顔を上げると照の顔は笑顔で、いつも通りくしゃくしゃだった。俺の頬に知らぬ間に流れた涙を照の太い指が拭う。
「無理してないもん」
思わず出た子供っぽい口調に、照の笑って細くなっていた目が丸くなって、俺は慌てて顔を逸らした。
携帯がまた震えている。
勢いで通話ボタンを押したら、蓮だった。
『着いたよ、しょっぴー。今話せる?』
「んゆ?どうかした?」
また変な声が出た。
電話口で蓮が驚いてる。俺だって、この数分間の感情ジェットコースターについていけないんだ。察しろ。
『しょっぴー。……翔太くん』
「…ん」
『どうしよう。今、俺、むちゃくちゃ寂しい』
「ふはっ!!」
横には状況を察した照はもういない。
青々とした晴天と、冬の控えめな、それでいて暖かい太陽の光と、少し離れたところに頼もしいメンバーたちが見えた。
『カッコ悪いな、俺』
「そんなことない。蓮はいつだってカッコいいよ」
『……蓮って呼んでくれるの嬉しいな。じゃ、俺も翔太』
「うん」
『愛してるよ。隣に翔太がいなくて寂しい』
「俺も」
この時初めて、俺は蓮に寂しいと言った。
寂しくて寂しくて、ツライと素直に伝えた。
蓮が先に言ってくれたから、言えたのだと思う。
俺たちは揃って意地を張って、いざ本当に離れたことを実感した、今、この時になって初めて、寂しくて寂しくてどうしようもなくなっていた。
戸惑って、嫌がるとばかり思っていた蓮は、俺の本音に、嬉しい、と言ってくれた。
『だってしょっぴー、凄いことだ、応援する、嬉しい、おめでとうってそればっかなんだもん』
耳元で拗ねる蓮の声が愛しい。
「………ゴメン」
『俺は行かないで、とか、寂しいよって泣くしょっぴーを慰める気マンマンだったのに』
「でもそんなことしたって、お前、行くのやめないだろ…」
『やめないよ。でも言ってほしかったの!!』
「はいはい」
話してるうちにいつのまにか笑顔になっている自分に気づく。きっとめめも、今は笑顔になってる。寂しがりや同士の俺らは、きっと似合いのふたりだ。
◇◆◇◆
電話を終え、控え室に戻ると、阿部ちゃんがお菓子の袋を片手に笑顔で近づいてきた。
「ほらこれ。翔太の好きなやつ。向こうにいっぱいあったよ」
「マジ?最高!」
笑顔で迎え入れる7人の面々が、やっぱり俺は大好きで、ここにはいられない蓮が少し可哀想になった。
でもきっと蓮は。
必ず、凄いことをするから。
俺は今はそれが楽しみでたまらない。
休みの日には電話しよう。
声が聞けない時には、メッセージを送ろう。
そしてまとまった休みが取れたら必ず会いに行く。
俺も蓮も。
そうやって、愛を試す時間を乗り越えていく。
コメント
17件
ほんとに素晴らしい作品😭✨️ 温かい気持ちになりました🖤💙 めめが海外行っちゃうのは寂しいけどやっぱり全力で応援したい!!🖤
素敵ーーーーーー🥹✨ 🖤💙にピッタリすぎるお話でさすが🤦🏻♀️✨
良いお話です☺️ 次は、再会編ですね✨