リースの誕生日がもう目の前まで近付き、聖女殿もその周辺も、というか国全体がソワソワしていた。
何でも、今年の誕生日はリースが戦争にてヘウンデウン教に支配されていた小国を取り戻したとかなんとかで盛大に祝うらしいから。また、聖女が召喚されたこともあってそれはもう、本当に盛大に。
ブリリアント家での騒動から一日が経ち、私はリュシオルとお忍びで城下町まで来ていた。
トワイライトも勿論来たいと言っていたのだが彼女はまだ疲れが取れていないようだったから、お留守番をしてもらうことになった。といっても、私も昨日の今日で疲れていてそれを指摘されたのだが、私はどうしてもリースの誕生日プレゼントをと思って身体にむち打って城下町まで来ていた。でも、もう足が棒である。
「ちょっと、エトワール様倒れないでよね。倒れて色々言われるの私なんだから」
「えー、ちょっとそれ酷い。もっと私を敬ってよ」
「はいはい」
と、私の前を歩くリュシオルは呆れたように言う。
私は、彼の言葉に反論したが、あまり相手にされなかった。 私は、自分の体力のなさを恨めしく思いながらも、何とか歩を進める。
色々店を見て回ったが、これと言ってリースにあげられそうなものはなかったし、お菓子をプレゼントするなら断然手作りの方が喜ばれると思ったため、お菓子類は買わないことにした。前世は、大学にはいるまでは自炊をしていたのだが大学進学とともに引っ越し、その引っ越し先のマンションの下にコンビニがあったため大学生になってからは自炊をしない自堕落な生活をしていた。だから、料理を作るとなると何年ぶりかのはなしになる。後、作れる体力が残っていないし、そんなものを持ち歩きたくないと思った。もし、見窄らしいものが出来たとしてそれをリースの誕生日プレゼントだっていって渡したら。リースは喜んでくれるかも知れないが、周りからどう思われるか。周りの目なんて気にしなければ良いのだけど、腐っても彼は皇太子で、推しの誕生日だというのだからもっと盛大に祝いたいとも思った。
後、単純にリース……元彼の遥輝が何を好きかなんて知らない。
聞いておけばよかったなあと後悔しているけど、今更聞けないし、まあきっと何をあげても喜んではくれるだろう。
「はあ……」
「大きな溜息ね。自分でプレゼントを買うっていって出てきたのに」
「そうだけどさ、リースが何を好きかなんて分からないし」
「エトワール様が買うものなら何でも喜んでくれるんじゃない? あっ、それか身体を張って……」
「か、身体!?」
私は思わず大きな声で反応してしまい、しまったと咄嗟に口を塞いで周りを見た。勿論、誰も聞いてもいなければ見てもいなかったが、とても恥ずかしい気持ちになって、萎縮してしまう。
リュシオルがいきなり変なことを言い出すからである。
当のリュシオルはクスクスと面白そうに笑っていて、一発殴りたかったが、グッとその拳をしまった。
「何なに~もしかして、エトワール様えっちな事でも考えちゃったの~?」
「な、なわけないでしょ!」
「なら、何を想像したのよ」
「そ、それは……」
私は、先程の言葉を脳内で反すうしてみる。すると、その答えはすぐに浮かび上がってきた。
キス。
自分から、リースの唇に……
私は、自分が考えたことに顔が熱くなるのを感じながら、ぶんぶんと首を横に振った。
(私が!? 出来るわけ無いじゃん!? というか、何でキスする前提!? まず、自分から手を握るとかからじゃない!?そもそも、付合ってもいないんだし……! 遥輝なら喜びそうだけど!)
そうじゃないと、私は何度も頭を横に振る。
そう、私と遥輝は別れている。元恋人という関係なのだ。というか、友達だった試しもない。ある日いきなり、遥輝に告白されて流れ出付合って、それがずるずる四年間続いたという関係なのだ。プラトニックというか、もう恋人とは? と疑問になるほどの関係だった。恋愛感情があからさまにあったのは遥輝の方だけで、私は彼のことを。
(ほんと、どう思ってたのか覚えがないというか……遥輝は私にとって、恋人だったけど……)
と、昔のことをぼんやり思い出した。
彼が隣にいることが当たり前で、彼が私の為に尽くしてくれるのが当たり前になっていた。当たり前になっていたからこそ、彼のありがたみとか、彼の愛とかが霞んで見えてしまっていたのだ。ああ、あの時は思えば幸せで充実しているなあと思った。本当に、ラブコメみたいな、一途なヒーローに溺愛されて。
「エトワール様、エトワール様?」
そう、名前を呼ばれていることに気がつかず私はリュシオルの顔が目の前にくるまで遥輝のことを考えていた。そうして、彼女の顔に気づいて思わず奇声を上げてしまい、リュシオルは鼓膜が破けると言わんばかりに耳を塞いで、私を睨み付けていた。
「あっ、ごめん……」
「ほんと、何を考えていたのよ。ボーッとしちゃって」
「え、えっと、えと……遥輝の、こと」
私が、そう言えばリュシオルは目を丸くした。まるで、私が遥輝のことを考えていると言うことが不思議でたまらないというような。というか、こうなった原因はリュシオルにあるというのに、彼女が驚くのは何か違う気がする。
だが、すぐにリュシオルはにまぁ~とした顔になり私の肩をバシッと叩いた。
「痛い! ちょっと、何で叩くの!?」
「ええ? エトワール様が……巡が朝霧君の事考えてるなんて珍しいなあと思って。もしかして、惚れ直したとか?」
「ほほほほほ、惚れた事なんて、ない!」
「なら、何で付合ってたのよ。それも、四年も」
「うぅ……」
痛いところを疲れた。本当に痛いところ。
私だって、過去の私に聞きたいぐらい。どうして、四年も付合っていたのか。惚れてもいなければ、恋愛感情があったかなかったか分からないぐらいなのに。人生の中で、一番訳が分からない事だった。
本当に何故付合っていたんだろうか。
自分を好きでいてくれたから。いや、これでは自分を好きでいてくれる人なら誰でも良いみたいだ。これは理由ではないと思う。
なら、一緒にいても悪い気はしなかったから、落ち着けてから。確かに、遥輝は一緒にいて嫌な気持ちには一回もならなかった……いや、一回だけ、あの別れた日だけ、ライブチケット破ったことだけは許せないのだが、それ以外で嫌な思いをしたことはなかった。安心感もあった。彼が隣にいてくれることに安堵している自分がいた。何に安堵していたかとか分からなかったけれど、何だか似たものを感じていたような気もした。そうして、遥輝が隣にいることが当たり前になっていた。
後は何だろうか、顔がいい。これを理由にしたら完全に怒られると思った。でも、それぐらい顔は良かった。好みかと言われれば、勿論好みだと答えてしまうほどに、二次元から抜け出してきたような完璧な容姿をしていた。これで、2.5次元俳優やっていたらもう今以上に人気だっただろうなとか思った。これを言ったら、遥輝は嫌なかおをしていたが。
どれだけ理由を考えていても、四年付合っていた理由にふさわしいものが思い当たらなかった。
本当に、当たり前になりすぎて、そもそもに恋愛感情を私が彼に抱いていたかという問題にはなるが、私の中で三次元の男、話せるのは遥輝しかいなかった。だから、もう本当に馬鹿みたいにスケール大きくしていえば、私の中で男は遥輝しかいなかったのだ。
遥輝だけが、私の世界で唯一の。
(この言い方も何だかなあ……とは思うけど、遥輝しかまともに話せる男性はいなかったし)
お父さんは? と聞かれれば、私は途端に何も言えなくなる。お父さんは怖かった。ううん、お母さんも、両親が怖かった。でも、そんな両親に認めたもらいたかったのは事実だ。父親は恋愛対象に入らないし、そもそも男としては見ていないのだが。
「エトワール様」
「リュシオル、私何で遥輝と付合っていたのかな」
「はあ?」
と、リュシオルは何でそれを私に聞く? 見たいな顔で眼飛ばしてきて、私は慌てて首を横に振った。
いや、だってさあ。自分でもよく分からないんだもん。それに、こんなこと言ったって、きっと朝霧君のことが好きにだったからでしょ、と言われるに決まっている。それは絶対に違う。
「いや、だって、だって、だって! 遥輝は、すっごく格好良くて、すっごく頭よくて、すっごくモテてて、それで、それで……」
「それ、本人に言ってあげたら?」
「無理! というか、多分口にはしてた。でも、本気にしてなかったと思う……リュシオルだって、遥輝のこと格好いいと思ってたでしょ?」
「私? 私は別に……ああ、いやぁね、格好いいとは思ってたわよ。凄くモテていたのも知っていたしでも私も三次元の男には興味なかったからね。まあ、それよりも私は朝霧君の相談に乗っていた側だから」
「相談?」
「ああ、いや、こっちの話よ」
そう、リュシオルははぐらかして私の背中をバシッと叩いた。
「だから、痛いって!」
三次元の男に興味がないリュシオルがいうぐらいなのだから、遥輝は相当格好良かったのだ。というか、本当に格好良すぎて毎日告白されていたぐらいなのだ。でも、その告白を悉く断っていて……
(だから、私と付合った理由とか、告白してきた理由とか分からないのよ!)
私は、あの日のことを思い出しながら、内心涙を浮べていた。結局、リースの誕生日プレゼントをどうすれば良いかと振り出しに戻り悩むこととなった。
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