そんなこんなで。
仕事量は緩和されたしタイミング法アプリで私の心身もバランスよくなっているのに妊娠しない。やっぱり病院に行くべきよね、とポロっと謙太に言ったら大丈夫だよ、今は焦っちゃダメだってことだよだなんてまたのんきに言って。
美濃里さんに喝入れてもらいたいけど……なかなかこっちの方もタイミング合わず謙太の実家に行った時にちょろっとあって姪っ子ちゃんたちあやしていたらそつない会話しかできなかった。
あの時ご飯を断ってしまったけど断らなかったらとか思ったりもしているけど。私が仕事忙しいんだなぁって前もそうだ、そう思われて誘われなくなったんだ。
まぁそれはいい。
と、今日は日課になってた二人で朝活のトレーニングを終えてコーヒーを飲んでまったりする時間。前よりも余裕が出来てほぼ毎日コーヒータイムで来ているのって幸せである。
最初のころは謙太はすっごく眠そうだったけど習慣になったらはきはきとするようになって互いに体のラインが整ったと思う。
「なんか梨花ちゃん体すっきりした感じだね」
「そう?」
……ん、なんかこの感じ。懐かしい。
「あ、なんか豆が違う」
……。
そうだ、ふとたまには高級なコーヒー豆でもいいかなと思って手に取ったもので作ったコーヒー。
……なんで手に取ったんだろう。この匂いが記憶になぜか残っていた。その記憶……記憶……。
「さすがだね、謙太」
私は体が震えた。
「へへへっ」
その笑顔……いつもの笑顔だけど……この展開……。
「どした?」
「……う、ううん。豆の違いがわかるんだもの。すごい」
……うそよ……そしたらこの後……。
「今度さ、温泉旅行行こうよ」
やっぱり!!!
「……梨花ちゃん?」
……返事ができない。謙太は私の顔を覗き込む。
「僕そろそろ有休とらないと人事部からちくちく言われる……もう言われてるんだけど」
「……謙太に合わせるわ」
前よりも人員が増えて休みも取りやすくなってるから謙太に合わせられる。
「ありがとう。いつにしよう」
コーヒー、緩くなってる。そして、この後は確か……。
メールの着信……。
「おっと。メール……まじかぁ。得意先の人が時間間違えて早く来ちゃったらしくってさ」
……全く同じ。全く……。
「行くの?」
行っちゃダメ。……いつも通り一緒に出勤して。
「大きな取引先だから……無視できないよ」
「いつも通りでも間に合うよ」
「ううん、早めにいかないと」
謙太は私の制止を振り払った。一度決めたらその通りじゃないとダメな彼だから……謙太は慌ててカップを台所の流しに置いてスーツを羽織って家を出た。
同じ、あの夢……夢と……。
リビングのテレビ……あのドラマだ。結局時間が合わなくて見れなかった。
そしてあのナレーション。
「あなたはやり直したい過去はありますか?」
……。
やり直しだなんて……!!
私はカップを置いてカバンと共に謙太を追いかけた。
謙太は陸上部で長距離走が得意だから追いつかない。私は全く運動ができない。
いつものヒールは履かなかった。スニーカーを履いた。いつもの道で走っているの?
もっと強く、行かないで! って言えばよかった。息が荒くなる。
「さきほど、○○駅において、人身事故が発生いたしました。このため、当駅を発車しません。現場の状況を調査し、安全確保のために運転を見合わせております。詳細な情報は、車内放送にてお知らせいたします。皆様にはご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません」
無理だった。
駅の前に混雑する人々。そしてアナウンス。
……私は膝から崩れ落ちた。
謙太は死んだ。
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