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前職は舞妓
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きょう
171
一見すると誰も破れないはずの「完全密室」。警察が現場検証を終えて引き揚げ、自殺として処理される見込みだと報告を受けた時、俺は心の中で小さく勝利の笑みを浮かべた。
俺の名は神条(しんじょう)。佐々木が勤めていたIT企業の代表取締役だ。
佐々木勝——あの冴えない男は、優秀ではあったが余計なことに首を突っ込みすぎた。俺が密かに進めていた裏金の流用ルートに気づき、揺さぶりをかけてきおったのだ。だから消した。それだけの話だ。
計画は完璧だった。
昨夜、佐々木の部屋を訪れ、背後から音もなく近寄り、準備していたロープで一気に首を締め上げた。
奴は死に際、みっともなく暴れて俺の高級シルクのスーツの胸ぐらを掴んできたが、所詮はもやしっ子の力だ。息の根が止まった後、俺はドアの隙間から細工を施して鍵を施錠し、完全なる密室を作り上げて部屋を後にした。
身につけていた愛用のバラの香水も、部屋の換気扇を回しておいたから今頃は消臭されているはず。犯行時に着ていたシルクのスーツも、すでにクリーニング業者に回す手配を済ませている。
警察の事情聴取でも、俺は完璧な「悲しむ社長」を演じきった。左利きであることなど、誰も気にとめていない。
「……フッ、所詮は無能な警察どもだ。自殺で幕引きか」
社長室のレザーチェアに深く腰掛け、高級ワインのグラスを傾ける。
まさか、あの死んだ佐々木が天井付近で浮いて怒り狂っているなど、知る由もない。
ましてや、放課後の女子高生がその死霊と会話(聞き霊)をし、佐々木の怨念が残した「シルクの感触」と「バラの香水」の記憶を読み取ったなど、神の領域の出来事を想像できるはずもなかった。
「神条社長、お忙しいところ恐縮ですが……少々よろしいですかな?」
ノックもそこそこに、社長室のドアが無造作に開いた。
入ってきたのは、薄汚れたスーツを着たヘビースモーカーの男——確か、所轄から聞き取りに来ていた峯岸という落ちこぼれ刑事だ。その横には、なぜかブレザーを着た女子高生が一人、だるそうにリュックを背負って立っている。
「……峯岸刑事。何の用です? 佐々木の件なら、昼間に警察署でお話ししたはずですが。それに……そのお嬢さんは?」
俺は不快感を隠さずに眉をひそめた。
すると、横にいた女子高生——皐月渚が、じーっと俺の顔を見つめ、それから俺の胸元に視線を落とした。
「……やっぱり。バラの匂い、すごく残ってる。おじさん、この社長さんで間違いないよ」
渚が誰もいない空中に向かって、ぽつりと呟いた。
「……は? 何を言っているんだ、君は」
「神条社長」
峯岸がニヤリと下品な笑みを浮かべ、ポケットから1枚の捜索差し押さえ許可状を覗かせた。
「佐々木が死の直前に掴んだ犯人の服から、あんたが愛用してる『高級シルク』の繊維と『バラの香水』の成分が検出されましてね。ついでに、あの密室のトリック……左利きの人間じゃなきゃ結べないロープの結び目についても、じっくり教えてもらおうか」
「な……ッ!? バカな、現場の鑑識はそんなもの……!」
言いはかけて、口をつぐんだ。なぜそれを知っている? 犯行時に佐々木が俺の胸ぐらを掴んだことなど、現場にいた俺と佐々木しか知らないはずだ!
「なんで……なんでそれを……!?」
狼狽する俺に向かって、女子高生の渚は冷めた目で一歩を踏み出し、空中に向かって軽々しく手を振ってみせた。
「佐々木さんがね、『あのスカした社長のツラを引っ叩いてくれ』ってうるさいの。……まあ、私は殴らないけど、代わりにこのガラ悪いおじさんが逮捕してくれるから」
「ひっ……!?」
俺の目には何も見えない。だが、渚の隣の空間から、凄まじい怨念の冷気が自分に向かって押し寄せてくるのを感じて、俺は腰を抜かして床にへたり込んだ。
完璧だったはずの密室。完璧だったはずの犯罪。
それが、一人の女子高生と不良刑事の「あり得ない捜査」によって、あっけなく崩れ去った瞬間だった。
コメント
1件
きゃあ、第6話、一気に読んじゃいました…! 完全密室のトリック、犯人の高慢な一人称が最初はゾクゾクするほど気持ち良かったのに、最後のどんでん返しが痛快すぎます。渚ちゃんの「バラの匂い、すごく残ってる」の台詞、ゾッとすると同時に「やった!」って思いました。完璧なはずの犯罪が、死者の霊と言葉を交わせる存在によって崩される展開、すごく好きです。次が気になって仕方ない…!