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皐月渚視点__
朝の六時半。ジリジリ鳴る目覚ましを止め、ベッドの上でうーんと腕を伸ばす。足元を見ると、知らないおばあちゃんの幽霊が正座していた。たぶん近所の路上でたまに見かける地縛霊だ。
「……おばあちゃん、そこ私の足置き場。どいて」
『……寒いのう、お嬢さん』
「夏だよ」
溜め息をついてベッドから出る。目が見えて、耳が聞こえて、手に触れられる。フルスペックの霊媒体質っていうのは、要するにプライバシーがゼロということだ。最初はパニックで泣き叫んでいたけれど、十六歳にもなれば「うっとうしい日常のノイズ」として処理できるようになる。
制服に着替え、食パンをかじりながらリュックを背負う。
玄関のドアを開ける前に、壁に飾った一枚の写真に視線をやった。
三年前、笑顔で私を挟んで写っているお父さんとお母さん。
「……行ってきます」
返事はない。
部屋の中を見回しても、ふたりの気配は欠片もない。
街中を歩けば、事故物件のベランダから手を振るおじさんやら、電柱の陰から覗いてくる落ち武者やら、見たくもない連中が嫌というほど目に入る。触ろうと思えば、その未練や死ぬ間際の冷たさまで全部伝わってくるのに。
本当に会いたいふたりにだけは、どうしても触れられない。見えもしない。
(……どこにいるの、お二人さん)
胸の奥が少しだけキュッと痛むのを無視して、私は通学路を歩いた。
◇
「渚ちゃん、おはよう……!」
教室に入ると、クラスの莉子ちゃんたちがひきつった笑顔で挨拶してきた。なんだか遠巻きにこちらの様子を伺っている。
「おはよう」
席につくと、彼女たちがヒソヒソと話し始めるのが聞こえた。
『ねえ……やっぱり昨日見たよね?』
『うん……あの校門前の、すっごくガラの悪いオジサンの車……』
『渚ちゃん、お家にお父さんたちいないから……生活費のためにパパ活とか……?』
(……全部聞こえてますけど)
パパ活。援交。
まさかあのヘビースモーカーの42歳中年刑事・峯岸健が、クラスメイトの目には「危ないパパ」として映っているとは夢にも思っていないだろう。
言い訳するのも面倒なので、私は机に突っぷした。
すると窓の外から、校庭の鉄棒にぶら下がった男子小学生の幽霊が「おーい! 遊ぼうぜー!」と手を振ってくる。私は目を閉じ、心の中で呟いた。
(シカト、シカト。私は今、物静かな省エネ不思議ちゃん……)
周囲からは「また渚ちゃんが空に向かって空中を睨んでる……」なんて思われているんだろうけど、もうどうだっていい。
◇
放課後。
ガラガラと鳴る校門の横に、見慣れた古くさい黒のセダンが停まっていた。運転席の窓から、ゆらゆらと紫煙が立ち上っている。
「……はぁ」
溜め息をひとつ吐いて、助手席のドアを開けた。
「……チース。煙草臭い。車内で吸わないでって毎回言ってるでしょ、峯岸さん」
「車主の勝手だろ。それに窓は開けてる」
相変わらずの乱暴な口調。だけど、車内にはほのかに私用の缶ジュースが用意されている。
バックミラーを見ると、校門の陰から莉子ちゃんたちが「やっぱり買われてる……!」みたいな顔で絶望していた。
「ねえ峯岸さん、私、クラスでパパ活疑惑かけられてるんだけど」
「ぶッ!? お前なぁ、冗談でもそんな物騒なこと言うな! 俺のクビが飛ぶ!」
「ふふ、まあいいや。で、今日の捜査協力費は?」
「いつものファミレスで山盛りポテトとドリンクバーだ。文句あるか」
「ソフトクリーム食べ放題もつけて。あとチョコパフェ」
「調子に乗るな」
車が走り出す。窓の外、茜色に染まる街並みを眺めながら、私はポケットの中で自分の右手をぎゅっと握りしめた。
事件現場に行けば、また嫌な死の記憶や冷たさに触れることになる。うっとうしい幽霊たちの愚痴を聞かされることになる。
でも、このガラ悪刑事と事件を追いかけていれば。
幽霊たちの未練を一つずつ解き明かしていけば。
いつか——あの日の火事の真相に辿り着けるかもしれない。
いつか——どこかで迷っているお父さんとお母さんに、「ここにいるよ」って触れることができるかもしれないから。
「おい渚、何ボーッとしてんだ。現場つく前に事件の概要頭に入れろ」
「はいはい。ポテト冷めないうちに終わらせましょうね、おじさん」
私はいつも通りの冷めた顔に戻り、峯岸さんが差し出してきた警察手帳のメモへと目を落とした。
前職は舞妓
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きょう
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コメント
1件
第7話、読み終えました。 おばあちゃんの幽霊が足元に正座してる朝から始まる日常、めっちゃ渚ちゃんの世界観が伝わってきた…。クラスメイトにパパ活疑惑かけられてるのに、実際はあのガラ悪刑事がちゃんと缶ジュース用意してくれてるところ、じんわり温かくなった🥀 そして「本当に会いたい両親だけは見えない」って、その切なさが全部の行動の根っこにあるんだなって思うと、胸がぎゅってなった。 渚ちゃんの冷めた口調の裏にある必死さ、すごく伝わってくるよ。次も読みたい…🤍