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フワフワした気持ちでロビーに戻ると、受付にいた女性に呼び止められ、ソファに座って待つように言われた。
しばらく待っていると、白いワイシャツと黒のスラックスに着替えた常磐さんが走って現れた。爽やか過ぎる登場と、水泳帽を脱いで一気に雰囲気が変わったことにドキドキする。
美しい瞳にかかるまだ少し濡れたままの前髪。その立ち姿に、恐ろしいほどの色気を感じてしまう。
「待たせたな、悪かった。さっき子ども達のレッスンが終わったから。またこれから本社に戻るんだ」
「そうなんですか、お忙しいですね。あの、今日は本当にありがとうございました」
もう来ない。
これで……最後。
「来てくれて嬉しかった」
常磐さんの素敵な笑顔。そんな顔されたら、決心がにぶりそうなる。
「あの、私、お支払いもせずに申し訳なくて」
「気にする必要はない。大歓迎だ」
「……本当にありがとうございました。じゃあ、私、これで失礼します」
「待って。俺、君が来てくれたら言おうと思ってたことがある」
「え?」
「今度、君をTOKIWAスイミングスクール系列のリゾートホテルに招待したい。まだ気分転換し足りないだろうから」
「そ、そんな、とんでもないです。今日のレッスンで十分リラックスできましたし」
「いや。まだ足りない」
まだ足りない? って、それは私が決めることだと思うけど……
やっぱり常磐さんは強引だ。
「あの……これ、お返しします。私、これでも仕事とかすごく忙しいので、レッスンを続けるのは難しいです」
私は、優待券を差し出した。
でも、常磐さんはそれを受け取ることはせず、
「スクールを続けるかはもちろん君次第だ。でも……」
そう言って、一旦、言葉を止めた。
「常磐さん……?」
「この誘いだけは断らないでくれ。もう決めてるから」
真っ直ぐな視線が私に向けられてる。あまりにも強い意志を感じるセリフに、一瞬、どう返していいかわからなくなった。
「き、決めてるって、そんなこと言われても……困ります」
「必ずリラックスできる素晴らしいホテルだ。俺は、君が笑顔になるためなら何でもする」
ずっとドキドキしてる心臓が「キュン」として、甘い言葉の波に飲み込まれそうになる。
「おかしいです。私は常磐さんの彼女でもないのに、優しいにも程がありますよ。こんな風に困った人みんなに手を差し伸べてたら、常磐さんが疲れますから」
「俺はそんな慈悲深い人間じゃない」
「……と、とにかく、これ以上私なんかに優しくしないで下さい。私は大丈夫ですから」
「頑固だな。君は」
「が、頑固って」
「黙って連絡先を交換して。スマホ出して」
何て強引なのかと思った。
そう思ったのに……
私は、バカだ。
まんまと連絡先を教えてしまった。
正直、こんな自分が常磐さんみたいな素敵な人の好意に甘えるなんて心から厚かましいと思う。だけど……
このままこの人に会えなくなるのは嫌だ──
私の本能が、痛いほどそう感じてどうしようもなかった。