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白山小梅
12
#借金
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「それよりさっきの話が気になったんだけど、変な男に付きまとわれてるの?」
急に現実に引き戻されたような気持ちになり、春香は苦笑いをした。
「あ……うん、そうなんだよねぇ。ただ偶然会うだけなら問題はないんだけど……」
「警察は?」
「まだ何も起きていないからね」
「でも食事に誘われたんでしょ?」
「でもそれだけだし……」
すると黙って考え込んでいた博之が、何かを閃いたかのように目を見開いた。
「帰りだけ誰かと一緒に帰るのは出来ないの?」
「そうしたかったんだけど、職場の人に同じ路線の人がいなくて」
「私も一緒に帰れたらいいんだけど……」
「椿ちゃんは仕事が忙しいし、これは私の問題だもん。それにほら、本当にただのお礼の気持ちだったのかもしれないじゃない?」
あまり大袈裟にしたくなくて、春香は軽く返事をしたが、二人にはそうは思えなかっだようだ。眉間に皺を寄せ、考え込んでしまう。
「じゃあさ、割と自由が利く仕事で、帰りだけ家まで送ってくれるような奴がいたらどう?」
「どうって……まぁ一緒に帰ってくれるなら嬉しいかなぁ」
「よし、決まり! 佐倉にボディガードをつけよう」
「はっ? ボディガード?」
「|瑠維《るい》、ちょっとこっち来て」
トントン拍子に進んでいく話についていけず、挙動不審になる春香をよそに、博之はカウンターの端に座る男性に向かって声を掛けた。
すると微動だにしなかった男性が、少し苛立ったように頭を掻きながら席を立ち上がると、春香の方に近づいて来る。
さっきまでは背中しか見えなかったから、彼の顔を正面から見た春香はドキッとした。スッとした目尻、やや薄めの唇。まるで人形のような美しさを放っている。
ただ春香は彼をどこかで見たことがあるような、そんな不思議な感覚に包まれていた。こんな美人な男性、普通なら忘れるわけがないんだけどーー。
「どうも」
この無愛想でぶっきらぼうな態度、耳に心地よく響くハスキーボイス、そして瑠維という名前……春香はハッとした。
「あぁっ! わかった! ヒロくんの剣道部の後輩くんでしょ!」
意気揚々と瑠維を指差した春香に対して、三人はそれぞれ別の反応を見せた。
彼が誰なのかさっぱりわからない様子で、黙って様子を見守っている椿。
「佐倉ならわかると思ってた」
と、その様子を見据えていたかのように笑う博之。
そして瑠維本人は、目を見張りながら春香をじっと見つめていた。
その視線に少しドキドキしてしまったのは、彼があの頃と違って洗練されていたからだろう。きっとメガネがコンタクトに変わったことが、一番の要因に違いない。
「うわぁ、びっくり! なんかプチ同窓会みたいだね」
「春香ちゃん……私はこの方に全く見覚えがないんだけど」
椿は怪訝な顔で瑠維を見ている。
「あの頃の椿ちゃんは、ヒロくんのことを遠くから見ているだけだったからね。私は逆に近くにいたから、よく彼が教室に来ていたのとか知ってるし」
「あぁ、なるほど」
「二人ってそんな話も出来るくらい仲良しなんだ。なんか妬けるな」
博之は春香ではなく椿に拗ねた顔を見せ、彼女の髪にそっと触れる。それだけで椿の存在が彼にとって大きいのだと知ることが出来た。
こんな日が来て欲しいと、春香はずっと願っていた。自分は失恋してしまったが、両片思いで終わってしまった二人の恋が、いつかまた交差して結ばれて欲しいーーまさかその夢が叶うとは思ってもいなかったのだ。
二人を微笑ましそうに見ていたが、瑠維のことを思い出して彼の方を向くと、彼は黙ったまま春香を見つめている。
「あぁ! ごめんね、良かったらここに座って」
春香は瑠維に自分の隣に席に座るよう促した。瑠維は少し戸惑いながらも、一礼してから椅子に腰を下ろす。
「……どうしてわかったんですか? 話したことなんかほとんどないのに」
「君、部活に関することをよくヒロくんに聞きに来てたでしょ? 私も近くにいたから、君の声を覚えてたんだね」
「声……ですか?」
「うん。私が覚えているくらいだもん。いい声だって言われたりしない?」
「言われないですね……何言ってるかわからないとは言われますが」
その瞬間、春香は思わず吹き出した。
「そんなことないよ。私にはちょうどいいくらいの音程だよ」
「……それなら……良かったです」
照れたように俯いた瑠維を微笑ましく思いながら、春香は再び博之の方に向き直る。
「で、何の話だっけ?」
「だから、佐倉にボディガードをつけるって話。瑠維が適任だと思うんだ。なんてったってフリーランスだからさ」
「フリーランス?」
すると顔を上げた瑠維が、慌てた様子で口の前に人差し指を立てる。それを見た博之は、なだめるように頷いた。