テラーノベル
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電話の向こうで、母親の声が少しだけ強張っていた。
「……ちょっと痩せすぎじゃない?」
涼ちゃんは一瞬、間を置いてから笑った。
作ったみたいな、軽い声。
「役だからしょうがないって。はは」
沈黙が落ちる前に、続ける。
「終わったらすぐ戻すよ。
今さ、お腹めっちゃすいてるもん」
本当だった。
でもそれを“平気の証拠”みたいに使うのは、もう慣れていた。
「ちゃんと食べてる?」
父親の声。
「食べてる食べてる。元気だよ」
元気。
便利な言葉だった。
これ以上、踏み込ませないための合言葉。
電話を切ったあと、
涼ちゃんはスマホを胸の上に置いたまま、天井を見た。
「……元気、ね」
声に出すと、少しだけ空っぽに聞こえた。
しばらくして、元貴からメッセージ。
【親から連絡来た?】
涼ちゃんはすぐに返す。
【来た】
【役だから大丈夫って言っといた】
【終わったら戻すし】
少し考えてから、もう一文。
【お腹すいてるし】
送信。
それで“問題ない側”に立てた気がした。
少なくとも、そう見える場所には。
キッチンに行く。
冷蔵庫を開ける。
匂いだけが、やけに強い。
「終わったら、戻す」
誰に言うでもなく、つぶやく。
終わりがいつか、
戻すって何を、
その時は考えないようにした。
今は、
明日の撮影を終えること。
笑って現場に立つこと。
“元気です”を崩さないこと。
涼ちゃんは冷蔵庫を閉め、
背中を預けて、ゆっくり息を吐いた。
お腹は、確かに空いていた。
でもそれ以上に、
誰にも見せていない疲れが、静かに積もっていた。
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