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第4話:笑わない魔族の庭
「この国では、“笑い”は死者の表情とされている。──だから我々は、笑わない」
その言葉に、場の空気がぴたりと静まった。
魔央建設・感性応用部のライヨ・ネンは、茶色の目を伏せ、喉を軽く鳴らした。
彼の服装は深緑のワークジャケットに革の肩ベルト、胸元に魔導メモ帳をつるしている。
顔立ちは柔らかいが、眼鏡の奥に冷静な計算が光る男だった。
目の前に座るのは、エルカ・フェイスロック。
背筋をまっすぐ伸ばした若き女公であり、魔族貴族“灰紋家”の直系当主。
漆黒のベルベットのような肌、瞳は冷たい金属のような赤。唇は動かさず、淡々と話す。
「“庭”を造ってほしい。
ただし──“感情を建物で表現する”こと。住民が笑わずとも、街に“感情”があるように」
「……抽象表現の依頼ですね」
「違う。**確定的で、誤解のない“感情の設計”**だ。
花びらの色が“喜び”を示し、木陰の形が“哀しみ”を留めるように。曖昧では困る」
言葉が硬く、表情のない交渉。
それでもライヨは頷き、ひとつ息を吐く。
「承知しました。その条件なら──イネが、向いています」
その瞬間、部屋の隅に浮かんでいた水色の球体が、静かに動いた。
イネくんである。
イネくんはしゃべらない。だが、彼は意思を“絵”で表す。
ゆっくりと空中に浮かべたのは──一枚の“庭の図”。
そこには五色の曲線と点が浮かび、重ならないよう配置された設計が描かれていた。
「これは……?」
ライヨが口を開く。
「これは“感情導線”です。
“街の住人が歩いたときに、その人がいま何を抱えているか”を、植物の色や壁の揺らぎで投影する。
住民自身が意図せずとも、“庭が先に反応する”構造です」
「感情を……読ませる?」
「いいえ。
**外に出すのではなく、外に置かれたものに“共鳴させる”**んです。
住民が黙っていても、“街が感じたふりをする”。
その偽りを、あなた方がどう受け取るか──それは、住民自身の自由です」
エルカは、しばらくその光の図を見つめていた。
沈黙が、空間に緊張を染み込ませていく。
やがて彼女は、手元の印章をそっと掲げた。
「……その偽り、悪くない。契約としよう」
工期は19日。
魔族の街に、“感情のない庭”が静かに建てられた。
だがそこに立つと、
なぜか風がやさしく、なぜか光が滲んで見えたという。
人は笑わなかった。けれど、庭は──笑っていたのかもしれない。
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