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「……ありがと」
エリオットのその一言が、やけに静かに残った。
さっきまでの挑発でも、からかいでもない。
ただの、素直な声。
チャンスはそのまま、少しだけ目を細めた。
「今日はやけに大人しいな」
軽く言ったつもりだった。
いつも通りに、流すつもりだった。
「たまにはね」
返ってきたのは、柔らかい笑み。
そのまま、距離は変わらない。
近いまま。
でも――さっきまでと、何かが違う。
(……なんだ、これ)
チャンスはわずかに眉を寄せる。
さっきまで確かに、自分のペースだった。
揺らして、崩して、遊んで。
それがいつも通りだったはずなのに。
(さっきの)
頭に残る。
「助けて」
あの一言。
軽い冗談みたいに言ってたくせに、
妙に引っかかる。
(ああいうの、使うタイプかよ)
小さく息を吐く。
いつもなら笑って流せる。
実際、流したはずだった。
キスして、ほどいて、終わり。
それでいいはずなのに。
(……なんで残る)
目の前のエリオットを見る。
もう焦ってない。
整ってる。
いつもの、余裕ある顔に戻ってる。
(戻されてる)
気付いた瞬間、ほんの少しだけ舌打ちしそうになる。
(降りたな、こいつ)
カジノで言った言葉が、自分に返ってくる。
――降りる勇気だ。
(使われてんじゃねぇか)
分かってる。
完全に。
それでも――
(……ああいうのは)
ほんの少しだけ、視線が揺れる。
(反則だろ)
あの距離で、あの声で。
素直に頼られる形。
(……面倒くせぇ)
心の奥が、わずかにざわつく。
チャンスはゆっくり息を吐いて、視線を外そうとして――
やめる。
逃げるみたいで、気に入らない。
「……なぁ」
低く呼ぶ。
エリオットが「ん?」と軽く返す。
いつも通りの調子。
でもそれが逆に、引っかかる。
「さっきの」
少しだけ間を置く。
「わざとか?」
ストレートな問い。
エリオットは一瞬だけきょとんとして――
それから、くすっと笑う。
「どう思う?」
即答じゃない。
はぐらかし。
でも否定もしない。
チャンスは小さく舌打ちした。
「……やっぱりな」
「なにが?」
「計算だろ」
「半分」
あっさり返す。
チャンスの眉がわずかに動く。
「半分?」
「うん」
少しだけ近づく。
今度は、エリオットの方から。
でもさっきみたいな強引さはない。
自然に、距離を詰める。
「半分は、ほんと」
静かな声。
チャンスの視線が止まる。
「……」
言葉が、一瞬だけ詰まる。
エリオットはそのまま、軽く首を傾ける。
「助けてほしかったのは、ほんとだよ」
小さく笑う。
でも、さっきよりずっと静か。
その一言で、
チャンスの思考が、ほんの一瞬止まる。
(……マジかよ)
計算だけじゃない。
混ざってる。
それが、一番厄介だ。
(だから残るのか)
納得してしまう。
同時に、少しだけ――
余裕が削れる。
チャンスはゆっくり息を吐いた。
「……お前」
少しだけ声が低くなる。
「そういうの、やめろ」
「なんで?」
すぐ返ってくる。
エリオットは笑ってる。
でも目は逃げてない。
チャンスは一瞬だけ黙って――
それから、少しだけ視線を逸らす。
「……調子狂う」
ぽつり。
ほんの小さな本音。
エリオットの目が少しだけ開く。
一瞬の沈黙。
それから――
ふっと、優しく笑った。
「へぇ」
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