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それから君にいろんなことを聞いた。君がこれまでどんな人生を歩んできたのか、どんな痛みを抱えて生きてきたのか。
幼い頃、君の家は崩れた。両親の離婚。冷え切った関係の中で、君はいつも「静かにしていろ」と押しつけられた。声を出すたびに叩かれた。何かを頼むたびに冷たい目を向けられた。
小さな君の心に残ったのは、「私は誰からも必要とされていない」という感覚だけだった。
学校も、君にとっては安らげる場所ではなかった。
小学校にもまともに通えなかった。何とか通っても、周りの子どもたちの笑い声が君を刺した。「普通」じゃない子として、君はそこでも孤立した。
養護施設に移されたときも、状況は変わらなかった。
「家族がいない」ことは、君にとって何度も繰り返される烙印だった。施設で暮らす子どもたちの中でさえ、君は「違う存在」だった。誰もが君に背を向け、いじめの矛先を向けてきた。
話すのが苦手だった。心を開くのが怖かった。
自分の気持ちを言葉にするたび、君は傷ついた。だから、君は周りから背を向けることでしか自分を守れなかった。いつも殻に閉じこもって、ずっとひとりぼっちでいた。
そんな君を拾い上げたのが、さっき話していたおばあちゃんだった。
小学3年生の冬、君はようやくひとりぼっちじゃなくなった。
おばあちゃんは、どんなときでも君の言葉を否定しなかった。
愚痴をこぼすと、真剣に聞いてくれた。
泣くと、優しく頭を撫でてくれた。
怒ると、一緒に怒ってくれた。
「私は君の味方だよ。」
おばあちゃんのその言葉は、君の世界を変えた。
いつしかおばあちゃんは、君にとって家族でも友達でもなく、もっと特別な存在になった。君の世界の全てだった。
でも、その大切な人も永遠ではなかった。
君が高校生になった頃、おばあちゃんは天国へと旅立った。
君の世界は、再び色を失った。
高校生になっても、君に友達と呼べる人はいなかった。いくつになっても、周りの人間の冷たさは変わらなかった。君を嫌う人たちが束になって、君を追い詰めた。
唯一の理解者であり、心の支えだった人を失った君は、またひとりぼっちになった。
それから、君は壊れていった。
自分の価値をお金で計るようになった。自分が人に求められている瞬間だけ、愛されているような錯覚に陥った。
でも、それはただの錯覚だった。
求められるたびに、君は少しずつ自分を見失っていった。どす黒い底なしの沼に、体と心が引きずり込まれていくようだった。
どれだけ人に求められても、君の心は冷たいままだった。誰かと一緒にいるはずなのに、君はずっとひとりぼっちのままだった。
「愛って、なんだと思う?」
君がふと問いかけてきた。その声は小さく、どこか遠くに響いているようだった。
「僕には、まだ分からないよ。でも、君にとっては…」
言葉が途中で詰まる。僕は、君の瞳に映る痛みを見つめ返すことしかできなかった。
君が僕と出会うまで、君は本当の愛情を知らないままだった―――。
でも、それは僕だって同じだったかもしれない。
鼻をすすりながら、君はそっと背を向けた。
これは恥ずかしがっているんじゃない。泣いているんだ。
それくらい、僕にだって分かる。
「そうだったんだ。ごめんね。辛いこと思い出させちゃって。」
謝罪の言葉が自然と口をついて出た。でも、君にとってはただの余計なお世話だったかもしれない。
「ううん、辛くなんかないよ。この思い出がなかったら、きっと今の私はいないし、全部大切な記憶だから。」
「大事に心の中にしまってあるの。」
君の言葉は静かで、それでいて強かった。
君は本当に強い。
それが痛いほど分かるからこそ、胸が締め付けられる。
もし僕が君の立場だったら、とっくに耐えられなくなっていたと思う。
でも君は、どれほどの痛みを抱えても、ずっとひとりでそれを受け止め続けてきたんだ。
「今まで、本当によく頑張ったんだね。すごいよ。君は。」
そう言いたいのに、どうしても声にならない。
寒空の下で、ただ君の手をそっと握り、抱きしめることでしか思いを伝えられなかった。
「ごめんね、こんな話。きっと幻滅しちゃったよね。」
僕の腕の中で、君がぽつりと呟いた。
そんなことあるはずがない。
「君は本当にすごいよ。」
そう伝えたいのに、なぜか言葉が喉の奥で絡まって出てこない。
言葉の代わりに、僕は胸の中で君をぎゅっと強く抱き寄せた。
君の温もりが、心の奥底までしみ込んでくる気がした。
君は溢れる涙を、僕の袖でそっと拭いながら話を続ける。
「覚えてる?ここで君が私に言ったこと。」
クスッと笑いながら、君が問いかける。
「もちろんだよ。僕の恋人になってください、でしょ?」
「違うよ。その前。ほんとに頼りなかったんだから。」
「あれ?なんだったっけ?忘れちゃったなあ。」
本当は覚えているのに、わざと忘れたふりをした。君の少し拗ねた顔が見たかったから。
「もう。またそうやってとぼける。」
君は呆れたように言いながら、ふっと微笑む。その笑顔には、少しだけ懐かしさが滲んでいた。
「そういうところが、君の可愛いところだよね。やっぱり君は出会った時から何も変わらないね。」
出会った時―――。そうだ、君と出会ったのはいつだったっけ?
僕と君が出会ったのは、おばあちゃんが亡くなってから数年後のことだった。
初めて会ったとき、君はどこか人を避けるような雰囲気を纏っていた。
でも、そんな僕を見て君は『可愛い』って言ったらしい。
不思議なものだ。自分のことをそんな風に言われたのは、あの時が初めてだった。
君が僕に向けたその言葉は、今でも心のどこかに残っている。
同時に、僕も君に惹かれていた。
いや、正確に言えば、一目惚れだった。
初めて出会った瞬間、君がどれほど美しいかに気づいてしまった。
僕らが出会ったのは、マッチングアプリがきっかけだった。
正直、僕はそんなものに半信半疑だった。
でも、君とやり取りを始めてからその考えはすぐに変わった。
君とのメッセージは、日々の中で小さな楽しみになっていった。
そして、メッセージを交わして一週間も経たないうちに、僕らは会うことになった。
初めてのデートの日、僕は朝から緊張しっぱなしだった。
どんな場所に行けばいいのか、何をすればいいのか、まったく分からなかった。
それでも僕は、君に喜んでもらえるように必死でデートプランを考えた。
ラーメン屋で食事をして、カラオケに行って、都会の雑踏の中を一緒に歩いた。
何の変哲もないプランだったけれど、君は終始笑顔だった。
『可愛い。』
その言葉を、僕は何度君に言っただろうか。
不器用な僕には、他に何を言えばいいのか分からなかった。
目の前に君がいると、ただそれだけで言葉が詰まる。
思えば、そんな自分の不器用さは、出会った頃から何も変わっていない。