テラーノベル
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スローインのボールが俺に向かって投げられる。
相手選手が俺のトラップを邪魔しようとぶつかってきた。身体がよろめく。まともなトラップができそうもなかった。
もし瑞奈だったらどうするだろうか、と瞬時に考えをめぐらす。
体格で男に勝てない瑞奈は、それを技術で補い相手を抜き去ってきた。彼女のトラップを再現するんだ。
瑞奈ならばぶつかってきた相手に力で張り合おうとはしない。むしろ、ぶつかってきた相手の力を逆手にとるはず。そのイメージを脳内に浮かべると、身体が自然に動いた。
右からぶつかってきた相手にどかされるように重心を左にずらす。身体を半身にすると、相手から受ける力がさーっと抜けていくのが分かった。
「うわ」
相手の声を聞きながら、スローインで投げられたボールに対して俺は、背後から回り込むようにターンをする。相手の押す力をそのまま利用したので、素早いターンができた。視界の端で、俺にぶつかってきた相手が勢いのままピッチにすっ転んでいた。
左足を伸ばした俺は、遠ざかりそうになっていたボールを回収するために、足の甲にあてる。
ボールを足もとにおさめた俺は即座にドリブルを開始する。背中で観衆のどよめきを聞いた。一人目を抜き去っていた。
視線をゴールの方へ向ける。俺に向けて二人の選手が迫っていた。正面からと、左斜めから。右にはタッチラインがあるため、左か後ろにしかパスとドリブルの選択肢がない。でもそれは、常人の考えだ。
瑞奈だったらどうする?
……そうか。
進路を斜め左前に向けた。通常ならばここで横パスを選択するが、瑞奈はそれを逆手に取るはず――。
パスをするように足を浮かせた。左斜めから俺に向かってきた相手選手がパスカットをするために足を突き出す。相手選手の重心が左にずれた。
今だ。瑞奈ならきっとこうする。
パスを蹴らずに右足でボールを跨いだ。相手選手は俺の動きにつられて足を伸ばし切っている。跨ぎ終えた俺は右足の甲でボールをちょんと右にはたく。その瞬間、俺と相手選手とが完全に入れ替わった。二人目を抜き去る。
すぐに難題にぶち当たった。正面から向かってくる相手が、俺の足ごとボールを刈るように、足もとへスライディングタックルをしてきていた。
瑞奈ならば……得意技・ルーレットだろう。
瑞奈が何度も見せていたルーレットを、俺は忠実になぞる。
相手選手のスパイクが俺の足首を襲う寸前で、俺は右足を浮かせ、ボールを踏みつけながらターンをする。回転する方向へと足裏でボールを転がす。ルーレットのようにくるりと。
回転を終えた身体を相手ゴールに向けると、俺にスライディングをしてきた相手は誰もいない芝の上を滑っていた。三人目を抜き去る。
視線をゴールに向けた。相手選手を抜き去ったおかげで生じたスペースを、俺はドリブルで疾走する。
「カバーしろ!」
裏返った声がした。相手チームが初めて見せた動揺もしくは混乱だ。
相手チームのディフェンスラインが崩れる。その綻びを目がけて突進する。俺を止めようと、相手選手がボールではなく俺の進行方向に立ち塞がろうとする。ファールも辞さない、オブストラクション(進行方向に立ち塞がって邪魔をするファール)だ。このままではぶつかる。でも、瑞奈だったら――ダブルタッチ!
瑞奈の声が聞こえた気がした。
右足でボールを内股に弾き、すぐに左足でボールを持ち替える。突然の進路変更に相手選手はついてこられない。
だが、相手も必死だった。俺のユニフォームの袖を掴んだ。ふざけるな! 完全にファールだ。
ここまでか……。これだけ相手を抜いてきたのに。ここでファールされて止められてしまうのか。
ユニフォームをぐいっと引っぱられる。俺の走る速度が落ちる。
――あたしだったら、もうシュートしちゃうな。遠いけど。でも、遠いからこそゴールキーパーも油断しているし。
引っ張られた姿勢のまま、右足を思い切り振り抜いた。
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