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第十一章 闇に消える操り影
影の叫びが夜の刀の都に響いた。
それは眠っていた住人たちの意識を一気に現実へ引き戻す、鋭い警鐘だった。
刀を手にした武士たちが次々に広場へと集まり始める。
行灯の明かりがざらりと揺れ、夜気がざわめく。
影は息を切らせながらククレアと対峙していた。
さきほど奪われた“影の腕”は再生したものの、操られた残滓がまだ体の奥でざらついている。
(……危険すぎる。あの能力、武士が多い場所で使われれば――)
ククレアは静かだった。
ただひたすら、ゆっくり、指をひとつ上下に動かすだけ。
その仕草に呼応して、先ほど門で操られた武士二人が、
関節の外れた人形のような動きで広場へと歩み寄ってくる。
「う、うあ……!」
「やめ……体が勝手に……!」
武士たちは抵抗しながらも、自分の意思に反して刀を抜いていた。
影が舌打ちする。
「……くそっ。こうしている間にも被害が広がる。」
その時――
雷鳴のような破裂音と共に、宝武器庫の方角から黄色の稲光が走った。
「影ーっ!! 手伝うよっ!!」
屋根の上に飛び乗ってきたのは、雷花だった。
黒い和服の裾を翻し、巨大な棍棒の先に雷が弾けている。
「こいつ……人形!? 趣味悪っ!」
雷花が棍棒を振りかぶると、雷撃がククレアへ直線的に放たれた。
しかし――
雷が触れた瞬間、空間ごとずれた。
雷撃はククレアの肩を確かに貫いた……かに見えた。
だが次の瞬間、彼女の身体はそこにはなく、
雷の軌跡は虚空を焦がすだけだった。
雷花が目を見開く。
「えっ……!? 当たったよね!? 今のは絶対!!」
影が即座に叫ぶ。
「いや……“当たったと思わされただけ”だ! これは……誰かの――!」
影が言い切るより早く、ククレアは再び闇から姿を現した。
無表情のまま、雷花と影の間に音もなく立つ。
雷花が咄嗟に棍棒を構えようとした瞬間――
影の身体が勝手に雷花へ飛び込んだ。
「うおわっ!? 影!? なになに!?」
影は叫ぶ。
「違う! 操られて――っ!」
雷花はギリギリで避けるが、影の腕が彼女の足を絡め取り、バランスを崩す。
ククレアはその隙に刃をゆっくりと持ち上げた。
刃先がわずかに揺れ、
ぶらりと垂れる“操り糸”のような影が雷花を狙う。
そして――
刃が振り下ろされた。
雷花が反射的に棍棒で防ごうとするが、
ククレアの刃は棍棒を触れた瞬間、
まるで棍棒の“自由”を奪うように動きを固定した。
雷花の瞳が揺れる。
「うそ……! 棍棒が……動かない……!」
影が歯を食いしばりながら、己の腕に噛みつくような痛みを与えて操作を振りほどく。
「ぐ……っ……っ! 雷花、下がれ!!」
「ひゃっ!? わ、わかった!」
雷花が飛び退くと同時に、ククレアの刃が地面を割った。
石畳が糸で切られたように裂けていく。
その断面は不気味なほど滑らかで、月光を反射していた。
影と雷花が距離を取った瞬間――
広場の奥で、建物の扉が勢いよく開いた。
「なんじゃああああ!! 夜中に騒がしいわい!!」
勘老が酒瓶を抱えたまま飛び出し、
その後ろから桜姫を守るように武士たちが続く。
桜姫はククレアを見るなり息を呑んだ。
「あの者……気配が……黒い……」
ククレアは桜姫の視線を受けても一切反応しない。
ただ、首をぎこちなく傾け――
次の瞬間。
黒い影が地面から湧くように広がり、ククレアの姿を完全に包み込んだ。
「逃がすか!!」
雷花が雷撃を放とうとするが――
影が手を掴んで止める。
「だめだ! その闇……ククレアのものじゃない!」
闇は渦を巻き、静かに閉じていった。
そして。
次の瞬間には、ククレアの姿はどこにもなかった。
桜姫が不安に震える声で言う。
「影……あれは……何者なのですか……?」
影は答えなかった。
言葉にするには、確信がなさすぎたからだ。
ただ、背中に冷たい汗が伝う。
(……この動き。
操りの力。
空間の“すり替え”。
そして……あの不自然な消え方……)
影の脳裏に、道化の仮面が浮かぶ。
(――また、お前か。
“サギ”。)
夜風が吹き抜ける。
その風の中、誰かの笑い声が混じった気がした。
まるで、舞台の幕間を楽しむ役者のように。
刀の都の夜は、静寂を取り戻したように見えた。
だが――
新たな影は、確実に舞台を整え始めていた。
・つづく