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誤魔化すようにそう返すと、尊さんはため息をついた。
その表情には、呆れと、そして少しの諦めが混じっているように見えた。
「理由言わないなら無理やり脱がすぞ」
「鬼ですか……っ!?」
「恋人として当然の権利だ」
「こ、恋人が嫌がってることするんですか…!強引すぎます!」
「本当に嫌がってるようには見えないが…?」
図星を突かれて、何も言えなくなる。
(尊さんなら、引かないだろうし…大体こんな乳首にしたのは尊さんでもあるわけだし…)
俺の心の奥底を見透かされているようで、さらに顔が熱くなる。
瞬間、尊さんの手が伸びてきて肩を掴まれた。
「……っ!」
一瞬力が緩んだ隙をついてラッシュガードに手を掛けられる。
「……あ、まっ……て…っ!本当にダメ、ダメなんです!」
「観念しろ」
「~~~っ!!」
脅迫じみた台詞なのに色っぽくて、抵抗していた腕から力が抜ける。
逆らえない支配欲を感じる。
「って、は、絆創、膏……?」
「……ぅ……実は……」
観念して渋々事情を説明すると、案の定尊さんは吹き出して。
「ぶ……はは……!お前…今にも剥がれそうなぐらい勃ってるぞ。よく我慢してたな」
「もう!!だから言いたくなかったんですよ…!」
羞恥で悶える俺を見てさらに尊さんは楽しそうに笑う。
その笑いが、俺の心臓をチクチクと刺激する。
「にしても、どんだけ弄ってんだよ」
「じ、自分でやってたのもありますけど…尊さんのせいでもありますよ!」
「へえ…俺のせい、か」
尊さんはそう言って笑みを深めるとラッシュガード越しに俺の乳首をを撫で回すように触ってきた。
「ん……っ!あ…っ、さ、触っちゃ駄目ですってば……!また…硬くっ、なっちゃ……これ以上は本当にやば…」
「お前が勝手に感じてるだけだろ」
「うう……っそうですけど……ん、んっ!卑怯です…!」
「お前…これからは一人で乳首いじるの禁止な」
「そ、そんなぁ……っ!俺の休日の楽しみが…っ、唯一の癒しの時間なのに…!」
「お前の休日の過ごし方特殊すぎだろ」
「仕事人間な尊さんには分かりませんよ!」
「まあ、今度めいいっぱい可愛がってやるから…ほどほどにしとけよ」
「え?えっと……て、手加減してください…ね?あんまり激しいのは…」
「セックス中しょっちゅう「もっと犯して」って強請ってくるドMが何言ってんだか」
「そ、そんなこと言ってないですよ……っ!?」
「嘘つけ、お前が気付いてないだけでずっと言ってるぞ」
「う、うそ…俺…そんな変態みたいな…っ?」
「みたいじゃなくて、変態な」
俺の悲壮な叫びも虚しく尊さんは話を進めていく。
その顔は完全に面白がっている様子だ。
「まぁ、今は海だしな。続きは帰ってからだ」
「続きって……!なにする気なんですか!」
「さあな?」
そう言って尊さんは俺にラッシュガードを着るよう促し、その上からまるで乳首が隠れるようにタオルを首に掛けてくれた。
「尊さん…これって?」
「それで隠しとけ」
なんだかんだ優しい尊さんに胸がきゅんとなる。
「あ…ありがとうございます……っ!助かります」
「ん」
「…へへ、尊さん、なんだかんだ優しい…」
心の底から溢れ出た言葉は自分でも驚くほど自然に口から出ていた。
「…当たり前だろ」
短く返す尊さんの横顔には照れが滲んでいるように見えた。
◆◇◆◇
「さてと……そろそろ海に戻るか…」
尊さんがそう言うので
俺達は車から出て海のおうちで浮き輪もレンタルすると、それを持って海辺へ戻った。
タオルのおかげで、少しだけ安心して歩ける。
空はどこまでも澄み渡っていて、白い雲がゆったりと流れ、水平線は穏やかに波打っている。
まるで、全てを忘れさせてくれるような景色だ。
波打ち際まで来ると、足首まで海水が浸かる。
少し冷たいが、それが心地良い。
二人並んで海に入っていく。
浅瀬なので安心して遊べるが、それでも油断は禁物だ。
時折襲ってくる小さな波に驚きながらも、尊さんと一緒に水しぶきを上げてはしゃぐ時間は最高に楽しくて。
尊さんが楽しそうに笑ってくれるだけで、俺も嬉しい。
しばらくして陸に上がると
「……ぐう〜っ……」
唐突に鳴り響いた音に尊さんの動きがぴたりと止まった。
それは俺の腹の虫が盛大に暴れた音だった。
「あ……」
恥ずかしさで顔がカッと熱くなる。
思えば昼食はもう四時間近く前だ。
午後の遊び疲れが今頃やってきたらしい。
「ははっ、正直な腹だな」
尊さんが噴き出すように笑った。
その屈託のない笑顔を見ていると羞恥心よりも安堵感がこみ上げてくる。
「すみません……っ」
「いや、俺もさっきからなんとなく腹減ってきたところだ」
そう言うと尊さんはくるりと方向を変えた。
「かき氷買ってくるからお前はそこで待ってろ」
「え、でも…尊さんにしてもらってばかりな気がして悪いですよ」
「気にするな。ちょうど暑いし、頭も冴える」
尊さんは片手を振って雑踏の中に消えていく。
置いていかれた俺は砂浜にぽつんと腰を下ろした。
レジャーシートの上で、尊さんの帰りを待つ。
潮風が濡れた髪を乾かしていくのが分かる。
太陽はじりじりと肌を焼くのに、海の波音だけがやけに清々しく響いている。
(……一人になると急に静かになる)
さっきまでの賑やかさが嘘みたいだ。
足元で弾ける波をぼんやり眺めていると
後ろから足音を感じたのとほぼ同時に、肩をトントンと叩かれた。
(尊さんにしては戻ってくるのが早いような…?もう買ってきてくれたのかな?)
そう不思議に感じ、誰だろと思って振り返ると
「久しぶり…恋くん、だよね?」
そこに立っていたのは───
…大学時代の元カレだった。
完全に忘れたと思っていた、|藤井《ふじい》|亮太《りょうた》
(なんで…ここに……っ?)
2年ぶり、か。
顔を見て一瞬で思い出したのは、あの甘くも苦い記憶だ。
いや、苦すぎた。
一方的に振り回されて泣いてばかりいた日々。
その後は連絡先も全て消してブロックしたし、共通の友人もいないから再会する可能性なんてゼロに近かったのに。
まさか、こんな場所で。
「……あれ、もしかして忘れちゃいました?大学時代に付き合ってた亮太ですよ、藤井亮太」
丁寧かつ透き通った、優しそうな声。
あの頃と全然変わらない。
俺は知っている。
その優しさは、全て化けの皮だったこと。
「……何の用ですか、今更」
低く冷たい声が自分の口から零れ落ちたことに驚く。
昔の俺なら、きっと泣きながら逃げ出していた。
こんな態度を取れるようになったのかと意外な発見をしながらも、全身が強張っているのを感じていた。
でもそれは恐怖じゃない、今の俺が持てる圧倒的な嫌悪と軽蔑だった。
「え……っと……実は偶然見かけて……懐かしくなっちゃいまして。まさかここで会えるとは思わなかったな」
彼は昔と同じような甘えた声を出している。
あの頃はそれにほだされて何度も許してしまった。でも今の俺には───
(尊さんがいる)
その思いが背筋を伸ばしてくれた。
俺の心は、もう彼には支配されたくない。
「…恋人と来てる。だからもう、亮太さんと話す義理はない」
突き放すような口調に彼は一瞬怯んだようだが、すぐにニコリと笑い直した。
その笑顔が、心底気持ち悪い。
「はは、恋くんってばモテモテで妬いちゃいますね」
「でもちょっとぐらい…いいじゃないですか。昔みたいに、話しましょうよ」
手首を掴まれ、強制的に立ち上がらせられる。
その力の入れ方が、昔の暴君を思い出させる。
「…っ、!嫌だって言って───離してください!」
「相変わらず、反抗的ですね。昔はもっと素直だったのに」
「…っ!!…」
「ふふ……どうやら、躾が足りなかったみたいです。もう一度、教えてあげた方がいいのか…」
そう言って手首を捻りあげられそうになった瞬間
後ろから伸びてきた逞しい腕が、亮太さんの手首をガッチリと掴んだ。
その手は、冷たくて、強い。
「こいつに何してる」
低い唸り声とともに現れたのは尊さんだった。
青筋が立つほどの怒りを纏いながらも冷静に見据えている。
その存在感だけで、場の空気が凍り付く。
「尊……さん……っ!」
「…おや、怖い目ですね。もしかして、貴方が恋くんの新しい恋人ですか?」
挑発的に嗤う亮太さんに対し、尊さんは一切表情を変えず
俺に言った。
「…恋、行くぞ」
低く圧のある声音。
亮太さんを視界に入れていないかのようだ。
「は、はい……っ!」
そのまま歩き出すと亮太さんが追いかけてくることはなくて
振り返らなかったけれど背後では小さく舌打ちが聞こえた気がした。
◆◇◆◇
車内に戻ったところでようやく呼吸を整える。
心臓が、まだバクバクと鳴っている。
胸の鼓動はまだ早いままだ。
尊さんに庇われたという事実が嬉しいのに申し訳なくて、複雑な気持ちになる。
俺のせいで、尊さんに嫌な思いをさせてしまったかも。
「…あの、尊さん…?すみません…! 巻き込んでしまって…せっかくのデートなのに」
「…気にしてない。それよりも恋、手首とか、どこか怪我してないか…?痛くないか…?」
「へ、平気です…!尊さんが助けてくれましたから、全然痛くないです」
「そうか……だが、後から痛みがくることもある、一応湿布を貼った方がいいだろう」
「そ、そこまで大袈裟にしてもらわなくても!大体湿布なんてどこにも…」
「それなら念の為にと持ってきてある。ほら、これだ」
尊さんの手には確かに市販の湿布が握られている。
どこまでも用意周到なところが彼らしくて微笑ましくなってしまう。
本当に、いつも完璧だ。
「さすがに用意周到すぎませんか……?」
「備えあれば憂いなし。それに恋に何かあったらと思うと落ち着かなかっただけだ……ほら、手首貸せ」