麗が明彦に可愛がられるようになったのは、出会ってからしばらくたった高校一年の冬のことだった。
創立記念日でその日は高校が平日なのに休みで、姉が大学の授業を午前しか入れていないから京都で遊ぼうと誘ってくれたのだ。
麗はワクワクしながら、姉を迎えに京都大学まで足を運んだものの、約束が楽しみすぎ、早く着いてしまったため、大学を探検することにしたのだ。
いくつかあるという大学の門を探すため、周りを見渡した麗の感想は、ものすごーーーーく賢い大学のはずなのに、なんか変! だった。
いや、麗が大学を知らないだけでこれがスタンダードなのだろうか。
道路と大学の境目の生け垣には、大きな立て看板がいくつも掲げられている。
看板は、どうやらサークルを紹介するための物のようだ。
見たことのあるキャラクターが描かれた物から、原色がごてごてと使われた自画像と思われる物まで多岐にわたっている。
自虐的な文章だけが書かれたものや浪人生を応援するものもあり、麗は面白くて一枚ずつ見ながら歩いた。
そうこうするうちに、門を見つけたので、馬鹿がバレやしないか緊張しながら大学に潜り込む。
構内には、眼鏡をかけた頭の良さそうな男の人達が歩いている。
ほかにも、職人っぽい作務衣を着ている男の人。
寒いのにタンクトップで筋肉を見せつけている男の人。
パズルになっているビラをくれる男の人。
何故か地面に畳を敷いてこたつの上で麻雀をしている男の人達までいて、己の目がおかしいのかとその様子を麗はついつい何度も振り返って見てしまった。
しまいには、多大な功績を残したという偉い先生の像が、昔懐かしのアニメキャラクターにとって代わられている。
本物の先生の像は、きっと新しい功績を築きに行っているのだろう。
関西随一の大学だが、天才と変人は紙一重というか、凡人の麗には理解できない変人ばかりである。
麗はちょっと姉が心配になった。
(それにしても、姉さんとの待ち合わせ場所の時計台は見えているのに、全然着かない)
自転車で構内を行き交う人が多いくらい大学構内は物凄く広く、数えきれないほど校舎が建っている。
ちょっと散策だしようだなんて舐めていたと、麗は後悔した。
あと、猫が多い。かわいい。野良だろうか。
「麗」
姉の声がして麗は顔を上げた。姉の麗音は今日も完璧に美しい。
髪はショートだが、黒くて艶やかで女らしく、胸も大きい。それでいて背が高くて、足も長いので、どこか男前に見える。
意思の強そうな瞳に高い鼻、赤い唇。
左右対称の美しい顔に、道行く変な男の人達も姉に見惚れている。流石だ。
「姉さん!」
同じ家に住んでいるのに、それでも最愛の姉に会えて嬉しく、麗は自然に笑顔になった。
「ちょうど今から時計台前に行こうと思ってたの。麗は散策してたの?」
姉が笑って麗の頭を撫でてくれた。
「うん! 面白かった」
「大学は気に入った?」
うん! と、元気よく頷いた後、麗はしまったと思った。
中卒での就職を姉に反対されたため、今度は高校を卒業したら就職しようとしている麗を、姉は大学に行かせたがっている。
曰く、学費は祖母の遺産から出すと。
しかし、麗としては現在の学費も、実母の病院代も遺産から出してもらったのに、これ以上甘えるわけにはいかなかった。
姉は、麗の取り分だと言ってくれてはいるが、本来、祖母の孫への遺産は、姉のみに遺された物だ。
祖母と会ったこともなければ、存在を知られてもいなかった麗が恩恵にあやかるものではない。
「あ、パズル貰ってん!」
話を変えようと、麗は姉にパズルになっているビラを渡した。
姉の長く、爪の形まで完璧に美しい指がビラをなぞる。
姉の爪を整える役目は麗のものだ。
己の爪は爪切りで適当に切るが、姉の爪は麗が週に一回ヤスリで丁寧に整えさせてもらっている。
昨夜整えたばかりの姉の爪はキラリと光り、麗は見惚れた。
(やっぱり、姉さんがこの世で一番キレイ)
「ラッキーね。パズルの人はなかなか会えないのよ。折角だから、学食で昼ごはん食べながら解いてみる?」
「……頑張る」
麗には解ける気が全くしなかったが、姉が攻略している姿を見て楽しめばいいだけかと思い直す。
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