医務室を出た侑は、まるで魂が抜けたかのように、ふらふらと廊下を歩いていた。頭の中は、医者の言葉が何度も何度もリフレインしていた。
「抑制剤の効き目が弱くなっている」
「ヒートが近づいている」
「このままでは抑えきれない可能性がある」
侑は、自分がオメガだという事実を、誰にも知られたくなかった。
特に、治には。
治は、侑にとって唯一無二の存在だ。
生まれたときからずっと一緒で、バレーでも最高の相棒。互いに反発しながらも、誰よりも深く、互いを理解し合っている。そんな治に、自分の本能的な、醜い部分を見せたくなかった。
「ツム、ぼーっとしとらんと、はよ着替えんぞ」
治の声に、侑ははっと顔を上げた。治はすでに着替えを済ませ、侑のジャージを手に持っていた。
「…サム」
侑は、治の顔をまともに見ることができなかった。もし、治に自分のオメガとしてのフェロモンが感知されたらどうしよう。そんな恐怖が、侑の心を支配していた。
「…なんやねん。顔色悪いぞ。どないしたん」
治は心配そうに侑の顔を覗き込んだ。その優しさが、逆に侑の胸を締め付けた。
「…なんでもあらへん。ちょっと疲れただけや」
侑はそう言って、治の手からジャージを乱暴に奪い取った。
「あ、おい!なんやねん、いきなり」
治が怪訝そうな顔をするが、侑はそれには答えず、無言で着替え始めた。
いつもなら、治にからかったり、文句を言ったりするはずなのに。侑の異変に、治は眉をひそめた。
その日から、侑は治から距離を置くようになった。
学校の廊下で擦れ違う時も練習中も、治と目を合わせることも減った。
治は、そんな侑の変化に戸惑いを隠せないでいた。
「ツム、最近なんか変やで。俺のこと避けとるやろ」
練習後、部室で着替えをしているときに、治は侑にそう尋ねた。
「……避けとらんわ。何言うてんねん」
侑はそう言いながらも、視線を治から逸らしたままだった。
「嘘つけ。なんかあったんやろ。なんでもええから言うてみい」
治は、侑の背中に手を伸ばそうとした。
その瞬間、侑は反射的に治の手を払い除けた。
「触るなや!」
侑の悲鳴のような声に、治は目を見開いた。
「…ツム、?」
「…ご、ごめん。その…、、」
侑は、自分がしてしまったことに後悔した。治にこんな態度を取るのは初めてだった。
「…ちゃうねん。ちゃうねん、サム。俺、別にサムのこと、嫌いになったわけちゃうくて……、っ」
侑はそう言って、逃げるように部室を飛び出していった。
一人残された治は、呆然とその場に立ち尽くしていた。
(なんでや。なんでツムは、あんなに俺のこと嫌がるんや…)
治の胸には、言いようのない不安と悲しみが広がっていた。侑が自分から離れていくような気がして、治はたまらなかった。
その夜、侑は自室で一人、泣いていた。
治にひどい態度を取ってしまったこと、治を傷つけてしまったこと。そして何より、治から離れなければいけないという、どうしようもない現実。
(俺、サムのこと、ほんまは一番近くにおりたいのに…)
侑は、治のことが大好きだった。兄弟として、相棒として、そしてそれ以上の存在として。しかし、自分のオメガとしての本能が、いつ治を傷つけてしまうかわからない。その恐怖が、侑の心を蝕んでいた。
一方、治もまた、自室で一人、考え込んでいた。
(ツム、なんであんなに怯えとるんやろ…)
治は、侑が自分を拒絶した理由が分からなかった。
ただ、侑が何かに怯えていることだけは、はっきりと感じ取れた。
治は、侑が何に悩んでいるのか、どうしても知りたいと思った。そして、もし侑が悩んでいるのなら、自分が助けてあげたいと強く思った。
(俺、ツムのこと、放っておけへん。あいつが何に怯えとるんか、ちゃんと知らな…)
治は、侑を放っておけない自分自身の気持ちに気づいた。それは、兄弟としての愛情だけではない、もっと深い、強い感情だった。
翌朝、侑は、治からいつものように「朝飯やぞ、ツム!」と声をかけられた。
食卓には、治が作った卵焼きと味噌汁が並んでいる。
「…サム、俺、食欲ないからええわ」
侑はそう言って、食卓につこうとしない。
「アホか。ちゃんと食わんかい。お前、ほんまに痩せたで」
治はそう言って、無理やり侑を椅子に座らせた。
「…別にええやん。お前には関係ないやろ」
侑がそう冷たく言い放つと、治の顔から表情が消えた。
「…関係ない…、?何言うてんねん。お前は俺の兄弟やぞ。俺に関係ないわけないやろ」
治の声は、怒っているというより、悲しそうだった。
侑は、その声に胸が締め付けられた。
「…ごめん、サム…」
「ええわ。別に謝らんでも」
治はそう言って、侑の前に卵焼きを置いた。
「……食えや」
治の言葉はぶっきらぼうだったが、その声には、侑を気遣う優しさが含まれている。
侑は、治のその優しさに、思わず涙をこぼしそうになった。
その日の午後、侑は一人、部室で自主練をしていた。
誰もいない静かな空間で、侑は必死にトスを上げる。
「っ…!」
身体は思うように動かない。頭の中は、治のことばかり。
(あかん、集中できへん…)
その時、部室のドアが開いた。
「ツム、」
治だった。
「…サム…なんでおるん、」
「そりゃ、お前が一人で黙々と練習しとるから、気になって見に来ただけや」
治はそう言って、侑の隣に座った。
「別にええやろ。一人になりたかったんや」
「……一人で抱え込むなや」
治の声は、とても優しかった。その優しさに、侑の胸は熱くなった。
「…抱え込んでへんし、、」
「嘘つけ。顔に書いてあるで。もう、我慢せんでええから、言うてみい」
治はそう言って、侑の頭に手を乗せた。
その手の温かさに、侑は全身の力が抜けていくのを感じた。
「…俺、実はな……」
侑は、治に自分の第二の性を告白しようと口を開いた。
しかし、その瞬間、侑の身体に異変が起きた。
急に熱くなり、身体中がゾクゾクと震え始めた。
「…っ、あ…ぅ」
侑の口から、甘い、吐息のような声が漏れた。
それは、侑のオメガとしての、初めてのヒートの始まりだった。
皆さんお久しぶりです!1週間以上はしてなかった、よね?遅くなってごめんなさい🙇♀️💦
学校でテスト勉強とかテストでめっちゃ忙しくてなかなか投稿できなかった😭
これからはまた投稿していきます✨
コメント
6件
めっっちゃ見るの遅れちゃった😭😭 ついにヒート来た!!やった(( 治と2人きりって…もう襲われるじゃんそんなの🫣けどまぁ襲われて欲しい笑 切なさもありつつ治侑もあるの良すぎる💕Milleさん書くの上手すぎてまじ参考になる!!続き楽しみ💕
やばぁい、ついにヒート来ちゃった🫣🫣しかも2人きりとか侑ピンチすぎる🙄(いやでもこの展開が最高なんだよね🤭💕) ちょっと暗め?なのが好き😘💕Milleまじで書くの上手すぎる👏👏毎回めっちゃ感情移入しちゃう..笑 続き全然予想できないわ🤔どんな展開になるのか楽しみ‼️
わぁお…ありがてぇ…ここ1週間疲労溜まりすぎてやばかったけどこれ見て少し回復したわw テス勉大変だよね〜、まじしたくないけどやらなあかんもん🥲僕は合唱コンが大変…w 侑もしかしてヒート来ちゃった!?しかも治と2人…😲😲ちょっと切ないのもめちゃくちゃ良すぎる🫵🫵💕続き楽しみ!!!