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「はあ……疲れた」
「お疲れ様です。エトワール様」
「アルバは、元気だねえ……羨ましい」
鍛え方が違いますから。と、何処か私を馬鹿にするようにも聞える言葉をかけた後、アルバは慌てて今の言葉を訂正していた。まあ、体力の差があるのは分かるし、それだけ努力しているって言うことも大いに分かるから、私は別にいいよと言った。
(にしてもアルベド、強かったなあ……)
剣術も魔法も、その均衡が取れていて、本当に一切の隙が無かった。どうにか、隙を見つけて、たたければと思ったが、そんなことは一瞬とも出来ず、結局こっちが返り討ちに遭ってしまったのだ。
風の魔法を付与していないのに、あれだけ動けると言うことは、あの時、ラヴァインと戦っていたときのアルベドはどれほどの魔法を掛けてラヴァインと戦っていたのだろうか。今になって考えると恐ろしいと思った。
イメージで何処までもいける魔法。アルベドは、私が想像する以上に、想像力豊かなのではないかと、顔からじゃイメージがつきにくい事が、目の前で証明されたのだ。
そして、アルベドにはあれから色々教えて貰い、魔法の基本的な使い方を改めてたたき込み、どうすれば、自分に応用できるのか模索することにした。
「エトワール様、顔色優れませんが大丈夫ですか?」
「え、ああ、うん。大丈夫。でも、ちょっと疲れちゃったかな」
「あれだけ動いたんですもん。私も、疲れました」
「そんな風には見えないんだけどなあ……」
本当です、とアルバが言うので、私は取り敢えず受け流すことにして、馬車の窓から外の景色を見た。先ほどまで、一面ピンク色のチューリップが並んでいたのに、今ではすっかりオレンジの木が私の目には映っていた。この帝国の象徴でもあり、特産物であるオレンジは、基本的に帝国の何処でも栽培できるようだった。気候と土の問題で。
(……でも、アルベドに敵わないんじゃ、まだまだ、私は……)
教えて貰ったとは言え、私は土壇場に力を発揮できるようなタイプじゃなかった。まして、アルベドみたいに、まわりをよく観察して、動けるような身体能力も観察力も無い。私が前戦に出たとしても足手まといなのでは無いかと思った。
アルベドと、私を比べても仕方がないんだろうけど、リースもあれぐらい動けるんだろうなと思うと、自分の無力さを痛感する。
「はあ……」
「え、エトワール様!」
「あ、ああ、ごめん。えっと、えっと……」
私がため息をついただけで、過剰に反応するので、私は慌てて大丈夫だと訂正するが、アルバの心配そうな目は私を離してはくれなかった。
疲れたというよりかは、未来への不安の方で泣きそうなのだけど……とは、そんなこと言えるはずもなかった。言わない方が良いって分かっている。アルバを心配させたくないって言うのもそうだけど、口に出したら、いよいよダメになる気がしたから。
私は、笑ってみせるが、アルバは、その眉間に寄せた皺を戻す様子はなかった。
「アルバ?」
「私は、裏切ったりしませんから。エトワール様の、一番の騎士でいますから」
「い、いきなりどうしたの? 何か、心配なことでもある?」
「心配は、幾らしてもしきれないほどです。グロリアスも姿が見られませんし。彼奴に限って、エトワール様を裏切るなんて事無いでしょうけど。それでも、私は、グロリアスよりもエトワール様に忠誠を誓っているつもりです」
と、アルバは言う。真っ直ぐな瞳で見つめられ、ドクンと心臓が跳ねたが、その音はきっと、グランツの名前を出されたからであろう。
アルバはグランツが何処に行ったのか知らないのだ。まあ、話している人と言えば少数で、そんなことバレたら、もしグランツが戻ってきた時、彼の立場が悪くなるから。
戻ってきても、近くに置きたいとは思わないけれど。それでも、主人として、彼の居場所ぐらいは残しておいてあげよう何て思っている。本音を言うと、顔を見たいけど顔を見たくないし。何を言われても、もう信じられないんだけど。
(その点に関しては、アルバは一つ上なんだよね……比べるほどでもないけれど)
アルバは、素直だし、真っ直ぐだし……まあ、それが悪いときもあるけれど、アルバの良いところだって理解している。女性だからと、蔑まれてきて除け者にされながらも、自分の実力と努力でここまで勝ち上がってきた。努力は裏切らないと言うが、努力を続けることが出来てこそ、裏切らないと言えるのだ。
そんなアルバだからこそ、信頼できるし、私の側にいて欲しいと思う。彼女には言わないけれど、女性だから、多少グランツよりも私の気持ちを理解してくれているに違いない。
「アルバ、ありがとう。大丈夫だから」
「エトワール様……何かあれば、このアルバに言って下さいね。必ずや、貴方の力になりますから」
「心強いね。うん、そうする」
私がそう言ってやれば、アルバは嬉しそうに顔をパッと明るくさせた。そんな太陽みたいな笑顔を見ていると、モヤモヤと考えていた事が霧散していくようにも感じた。
「あの、そういえば話を戻すんですけど。レイ卿、何で彼はあんなに強いんでしょうか」
「アルバから、その話ふるのめずらしい。どうして?」
「い、いえ。とても悔しいので。何か一つでも勝てるものを探そうかと」
アルバらしい。と私は笑いながら、よほどアルバは先ほどの戦いのことを根に持っているんだなあと言うのが分かった。初めから、アルバがアルベドに敵わないことは分かっていたんだけれど、アルバは自信があったみたいだった。勝てる自信。そんなのあったところで、きっとアルベドには敵わなかっただろうけど。
(強いのって言われても、場数が違うというか、生まれ持ったものが違うというか……)
あの戦いで、アルベドは魔法を使用していなかった。使用すれば、アルバ何て足下にも及ばないのだ。アルバは、元々魔力が少ない方だと言っていたし。だからといって、アルベドがアルバとの戦いでズルをして魔法を使ったという感じもなかった。だからこそ、何であんなに強いのか、気になるところではある。
「矢っ張り、こなしてきた数が違うんじゃないかな」
「それだけなのでしょうか」
「うーん、私には分かんないかなあ」
アルバが、アルベドが暗殺者ということを知っているかどうか分からないけれど、知っているのなら、この言葉は納得してくれたはずだ。となると、知らないのだろう。
そもそも、公爵貴族が、暗殺者なんて考えもしないだろうし、可笑しいことなのだ。血ぬれの公爵なんて言われれば、その名が通るのだろうけど、アルベドは、周りにその事を言っている感じもないし。どちらかと言えば隠したい派の人間じゃ無いかなあと思う。
一つ、言えるのなら、アルベドは容赦が無いって事かも知れない。容赦が無い、と言うよりかは、戦場というものがどう言うのか知っている。だからこそ、日常生活でもその隙を見せない、作らないと言うことだろうか。
リースもそうなのだが、アルベドもいつ襲われるか分からないから、不眠症だという。それぐらい、周りのことを気にしているのだ。
感覚の問題でもある気がする。
そこを埋めようと思っても、すぐに埋まらないだろうし、アルベドの鋭さは異常だから。
「うう……また、機会があれば手合わせ願いたいぐらいです」
「アルバの目標?」
「そ、そういうわけではないんですけど。レイ卿に勝つという目標は自分の中にあるかも知れません。でも、そこがゴールではないので」
「何か目指しているものでもあるの?」
私がそう聞けば、アルバは、キョトンと目を丸くした。その様子だとないのだろうかと、私が待っていれば、アルバは優しく微笑んだ。
「ありますよ。エトワール様を守り抜くことです。生涯」
「へ、へえ……」
「嬉しくありませんか? 私の人生掛けてお守りするって事ですよ」
「う、嬉しいけど。自分のために人生って使うものじゃないの?」
「え」
「へえ?」
その考えが全くなかったと言わんばかりに、アルバが言うので、私は頭が少し痛くなってきた。私のことを考えてくれるのも嬉しいし、そうやって思ってくれるのも嬉しいが、一人の人間なんだから、好きなように生きて、好きなように人生を終えて欲しいと思った。そんな、主君を守って死ぬなんて……そんな時代が過ぎればいいとも思う。
でも、アルバの考えが変わるわけじゃないだろうし、と私はアルバの言葉を聞き入れて、笑った。アルバは、胸をはって微笑み返した。
(まあ、いっか……ころころ顔を変えたグランツより、よっぽど……)
比べちゃいけないと思っていても、比べてしまう。
そして、夕日が沈んでいく、オレンジ農園を見ながら私はふと目を閉じた。