【sk】
なんとか家に辿り着いて、出迎えてくれた愛猫たちを抱きしめる。
あったかい、大丈夫、俺は1人じゃない。
額を擦り付けるとお腹を蹴られてするりと逃げられて、それだけのことで悲しい気持ちになってしまう。
感傷的になりすぎて思考がよくない方へ向かってる。
お風呂に入って全部綺麗に流してしまおう。
その前にツナシャチのお世話をして、洗濯と明日のスケジュールの確認も済ませよう。
どれだけ傷付いていてもルーティンをしっかりこなす自分にまた悲しくなる。
お風呂から上がって、ぼーっとソファに座る。
洗い流すつもりで入ったお風呂だったのに、すっきりしたことでクリアになった頭が勝手に照との思い出を再生してしまう。
テレビを付けても内容が全然入ってこない。
寝てしまおうと目を瞑っても、より鮮明に照の顔が思い浮かぶだけで何をしても逆効果。
そうこうしている内に、気付けば時刻はもうすぐ12時。
あと数分で照の長く辛かった恋が終わる。
始まることさえできなかった俺の恋も一緒に終わる。
ちくりと痛む胸を抑えて、これで照が辛い思いをする必要はなくなるんだと頭に言い聞かせる。
真面目な照のことだから、ちゃんと切り替えてこれからはメンバーとして楽しい時間だけを共有していくことになるんだろう。
それでいい。
辛い思いなんてしなくていい。
さっき別れてから照からの連絡は一度もない。
寝る前の日課だった電話も今日はかかってこない。
明日からも、ずっと。
時計を確認すると、12時まであと5分を切っていた。
最後に一言だけ許されるだろうか。
誕生日最後のおめでとうは俺がもらったぜ!っていつもみたいにふざけて言ったら照はなにそれって笑ってくれるだろうか。
そんな些細なじゃれ合いも今の照にとっては残酷なことなのかもしれない。
苦しめるのはこれで最後にするから、明日からはちゃんとメンバーに戻ってるから、5分だけ、俺にも諦めるための時間がほしい。
自分勝手だなと自嘲して、しばらくスマホの画面を眺めた後深呼吸をする。
23時59分、悩んでる間に残り数秒になってしまった。
これ以上悩んでも仕方ないと、震える手で照に電話をかける。
もしかしたら寝てるかも、出なかったらそれでもいい。
たくさん照を傷付けた俺に終わり方を選ぶ権利なんてない。
呼出音10回で諦めようと心に決めて、静かにカウントダウンを始める。
震える手を誤魔化すようにスマホを強く握りしめて、願うように数を数える。
最後の1回が鳴り終わり、耳を離そうとしたその時、照の声が届いた。
『もしもし、どうしたの?』
慌ててスマホを耳にくっつける。
全部の音を聞き逃さないように、この数秒を全部刻みつけるように、耳に全神経を集中させる。
「急にごめんね!寝てた?」
『んん…寝かけてたとこ』
眠そうな鼻声、布団の擦れる音。
さっきまでの決意が吹き飛んで一気に申し訳ない気持ちになって、ごめんと謝る。
『いや、いいよ…大丈夫。なんかあった?』
優しくて安心するいつも通りの声。
いつも通り過ぎてもう完全に吹っ切れたのかなってちょっと切なくなる。
「もう誕生日終わっちゃうじゃん?今日の最後のおめでとうを俺がもらっちゃおうかと!」
『あっは!なにそれ!』
笑ってくれた。
それだけの事が信じられないくらい嬉しくて、次は何を話そうかと思考を巡らせているとズッ、と鼻をすする音が聞こえた。
「照…泣いてるの?」
『泣いてないよ、泣く理由ないじゃん』
平静を装っているけど、隠しきれていない震える声。
一気に全身が冷たくなる。
頭がぐわんと鳴って気付いたときには叫んでいた。
「1人で泣いてんじゃねえよ!」
電話を切って、部屋着のまま車の鍵だけ持って家を飛び出す。
この1ヶ月、照は切ない顔を見せても涙を浮かべることは一度もなかった。
楽しい時間の方が多くて、照も少しずつ整理ができているんだと思ってた。
全然照のことが見えていなかった自分に絶望する。
いつも見えないとこで泣いてたの?
俺を安心させるために無理して笑ってたの?
今だってもしかして電話に出る前に無理矢理涙を止めて、悟られないように寝起きを装ったんじゃないの?
本当のところは分かんないけど、でも、確実に分かってることはある。
ねえ、全然諦められてないじゃん。
もう大丈夫だよって、俺を安心させてこれからも1人で傷付き続けるつもりだったんでしょ。
そんなの、許すわけないだろ。
急いで車を走らせたから照のマンションに着くまで時間はかからなかったはずなのに、今も泣いてるかもしれないと思うと一分一秒がとても長く感じた。
車から降りて駆け出す。
縺れて上手く走れない足を叩いて、よろけながらみっともなく走る。
インターフォンを押して待っている間心臓がばくばくして、自分の体がどこか別の所にあるように感じた。
反応がないことに焦って電話をかけようとしたけど、スマホを家に置いてきてしまった。
いろんなことがどうでもいい、今日、今、照に会わなきゃいけない。
会えるまで何時間だって待つつもりでもう一度インターフォンを押すと、エントランスの扉が開いた。
1階に停まっていたエレベーターに駆け込んで、照のいる階まで上っていく間に深く深呼吸をする。
照の大きすぎる愛に応えられるか不安だった。
その愛に対して胸を張って好きって言える自信がなかった。
後ろめたさを感じて照がまた傷付くんじゃないかと怖かった。
全部ただの言い訳。
とっくに好きになってるじゃん。
愛の重さなんてどうでもいい。
照が真っ直ぐぶつかってくれたように、
俺も俺の好きを伝えたい。
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