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「エターナルは勝手知ったる俺の庭だったが、残念ながらちとフィールドが違うんでね。良ければコイツにココのイロハを教えてやってくれないか」
しかしイチルの申し出に対し、ザンダーは露骨に不機嫌な態度をとりながら言った。
「な~んで師匠ともあろう御方がいるのに、僕なんかがそんなことを。第一、師匠が狩りをするなら、瓦礫深淵のモンスターくらい余裕でしょ!」
「それがそうもいかない。残念だけど、俺はコイツをここまで連れてくるというのが契約なんでね」
「え、だけどさっき、自分はADのオーナーって。仕事があってここまできたのでは……? それに、だとしたらそちらの女性は……」
「コイツはウチの従業員のムザイだ。嫌がる俺に案内させた張本人でもある」
「で、でしたら師匠も狩りを手伝ってあげたら……」
「残念だが契約違反だ。ギルドにも俺の仕事は瓦礫深淵までと申請している。何よりザンダーたち正式な特定がいるってのに、俺が出張って仕事を奪うようなことはできん。ご法度だ」
「そ、それはまぁそうですけど……。それはそれ、これはこれというか……」
「そういうことで、俺はコイツが瓦礫深淵を出るまで何もできん。しかし優しい優しい俺は、コイツのためにわざわざ情報を与えてやってくれと、こうして懇願しているわけだ。ひとつよしなに」
呆れ半分でイチルの屁理屈を聞いたザンダーは、それでもイチルがどんな人物かを知っていたのが幸いし、仕方なく提案を受け入れた。
「師匠には本当にお世話になりましたから、今回だけ特別にお手伝いします。……でも本当に今回だけですからね、次回からはちゃんと報酬をいただきますよ」
スマンスマンと顔の前で手を合わせたイチルにふぅと息を吐き、ザンダーは改めてコホンと咳払いをした。そして今度は正面からムザイを見つめ、足先から頭のてっぺんまで目で追った。
「なんだ子供、私の身体をそんなにジロジロ見るな」
「別に身体なんて興味ありませんよ。僕が見ているのは、アナタの骨格や装備、それと形式的に見えてくるアナタのおおよその実力です」
「じ、実力だ? 見ただけで相手の実力がわかるとでも言うのか」
「あれ、ムザイさんは師匠に習ってないんですか。誰かと対峙する時は、まず相手の力量を正しく測る癖をつけろと。そんなのアライバルの基本のキだぞって」
不機嫌そうに睨むムザイの視線をはたき落とし、イチルはゴフゴフと絡んだ痰をムニョムニョしながら無視した。
一頻りムザイの確認を終えたザンダーは、あごに手を当て少し考えてから、下唇を噛み難しい顔をして言った。
「やっぱり今のままでは少し難しいかな。ちなみにここへやってきた目的は?」
「ランクA以上の魔石を手に入れたい。要するに、そいつをドロップするモンスターの駆除が目的だな」
「ま、魔石、ですか。それまた……、し、師匠、あのですね……?」
イチルを呼び付けたザンダーは、ムザイに聞かれないように小さく耳打ちした。ニヤリと笑ったイチルは、そっくりそのまま伝えてやれと黙認した。
「じゃあ本当に言っちゃいますよ。ショック受けても知りませんからね」
なんだよとメンチを切るムザイに、どこか申し訳無さそうに笑いかけたザンダーは、一拍の間を置いてから、言われたとおり軽々しく言った。
「はい、無理です。アナタひとりでは、100回死んでも無理だと思います。魔石は諦めましょう」
頭の後ろに手を置いてハハハと笑ったザンダーは、「師匠も冗談キツいっすよ」と言い捨てた。
その態度に頭に血が上ったムザイは、首元をたくし上げ、「何がおかしい?!」と恫喝した。
「ごめんね、気に障りました? だけど事実をありのまま冒険者の方々に伝えるのも、我々アライバルの仕事でして。あと……」
パシンと手を払い除けたザンダーは、パッパと自分の衣服を払ってから、真っ直ぐムザイの目を見て、細目のにこやかな表情で言った。
「雑魚の癖にあまり生意気な口を叩かないでくださいよ。ムザイさんでしたっけ。さっき僕のことを”子供“って言いましたけど、こう見えて僕、もうすぐ140才になる歴とした大人なんですよね。アナタと違って、祝福を受けたハイヒューマンの八代目ですから」
「あぁ? おいちょっと待て。雑魚だとガキ、どの口が私のことを」
ギンッと光った瞳とともに、魔力を解放したムザイの右手が伸びた。
しかし軽く攻撃をいなしたザンダーは、怒りを奥に隠した表情で右腕に溜めていた炎でムザイを焼こうとした。
いきなり喧嘩かよと面倒になったイチルは、仕方なく二人の間に割って入り、「はいはい、諍いはよしましょうね」と仲裁した。
「なんなんですか、この生意気な女?! 師匠、なんでわざわざこんな雑魚に仕事を?!」
「さっきから聞いてれば生意気なことばかり言いやがって、一度ぶっ殺す!」
子供のように暴れる二人の頭をゴツンと殴り、イチルは少し落ち着けと大人の男っぽく互いの顔の前で指を立てた。
「ザンダーはともかく。ムザイ、お前はそもそも礼儀ってものがなっちゃいない。ここでの情報を教えてもらうのだから、下の立場であるお前がそれなりの態度を取るのは当然だろ。あともう一つ。残念だが、お前が雑魚なことなど周知の事実だ。雑魚は雑魚らしく、もう少し謙虚であれ。あとザンダーよ、お前、まだ”子供”と呼ばれて怒る癖が直らないらしいな(※過去のことを少し思い出した)。お前のナリは戦闘におけるメリットだから、相手より優位に立つための長所と考えろと何度も忠告したろ」
辛辣、かつド正論で言い返され、言葉もない二人がムググと口を噤んだ。
しかしその目線は未だバチバチぶつかっており、イチルはハァとため息をついてから、「さっさと話を進めてくれ」と促した。
「ふん、師匠がいなかったらお前なんか絶対助けてやらないんだからな。……ちなみに師匠は、瓦礫深淵の情報をどこまでご存知で?」
「俺が聞いたのは入口までの詳細な情報だけだ。元々アライバルをやっていた男に細かな道筋とレベルを聞いてきた。が、内部の情報は一つも知らん。俺には関係ないからな」
「は、はは、本当に割り切ってますね。で、片やお前はどれだけ調べてきたんだよ女?」
明らかに不貞腐れたムザイは、ザンダーを睨みながら自身で仕入れてきた瓦礫深淵の情報が書き込まれた紙束をトスした。
上からふむふむと読み飛ばしたザンダーは、最後まで見ることなく、腕に残っていた種火で燃やしてしまった。
「なッ?! 貴様、なんのつもりだ!」
「残念だけど、ココに書かれたことは何も役に立たないよ。この情報は誰から?」
「潜ったことのある冒険者から収集してきた。確実な情報のはずだが」
しかしザンダーはちっちっと指を横に振り、「これだから素人は困るね」と嫌らしく言った。
「そいつが何を目的に潜ったか知らないけど、残念ながら、ただ《足を踏み入れただけ》の腰抜けだね。上辺をすくった誰でも得られるような情報を並べたところで、ここの本質は理解できないよ。……だったらそうだな、少しだけ見せてあげようか、瓦礫深淵の本質ってやつを――」
師匠もどうぞと先導するザンダーに連れられるまま、薄暗い通路を抜け、ザンダー専用の隠し部屋を経由して出た先に、また地下深くへ抜ける巨大な空間が現れた。
そこは瓦礫深淵の入口に見た雰囲気とまた違い、酷い腐臭が漂っていた。
「ではご覧いただきましょう。これが瓦礫深淵の裏の顔ですよ~と♪」