功徳アプリ

健太の虚ろな表情が目に焼き付いたまま、美咲は教室で座っていることができなくなった。彼女は急いで健太に駆け寄り、スマホを握る彼の手を叩いた。

「健太、大丈夫！？アプリ、おかしいよ！何かがおかしい！」美咲は必死に声をかけたが、健太は反応しない。

「次の善行を行うまで、ポイントは加算されません。」という通知が、健太のスマホの画面に浮かんでいる。美咲は手を震わせながら、健太のスマホを奪い取ろうとしたが、彼の手は冷たく、鉄のように固く握り締めていた。

「健太！気づいて！」美咲は彼を揺さぶった。

その瞬間、健太の目がふっと動いた。彼の顔が美咲を捉えたが、いつもの明るい笑顔ではなく、虚ろな視線が彼女に向けられた。そして、彼は低い声で呟いた。

「善行…しなきゃ…」

美咲の体に冷たい汗が流れる。まるで操り人形のように、健太は立ち上がり、無言のまま教室のドアを開け、廊下に出た。美咲は慌てて彼を追いかけた。

「健太、待って！どこに行くの？」

だが、健太は一言も返さず、まるで誰かに命令されているかのように歩き続けた。学校の廊下を抜け、彼は校庭に向かって進んでいく。美咲はそれを見逃さず、彼の後を追った。

校庭には数人の生徒が集まっており、みんなスマホを手に持っていた。彼らは無言でスマホを見つめ、まるで何かに導かれるように一斉に動き出す。その姿は不気味で、まるで生気を失ったかのようだった。

「善行を行え…次の善行を…」と、彼らも呟いていた。

美咲の心臓が早鐘を打つように鼓動を鳴らす。何かが明らかにおかしい。まるで全員がアプリに支配され、命令に従わされているようだった。そして、健太もまたその一部となってしまったのだ。

「どうして…」美咲は苦しげに呟いた。

その時、彼女のスマホが震えた。画面には赤い文字で「次の善行を行ってください」と表示されていた。

「私も…？」美咲は恐怖で震えながら、スマホを握りしめた。彼女の心の中で、善行をするべきだという衝動が沸き起こる。しかし、それが自分の意志でないことを感じていた。

美咲は必死にスマホを閉じ、立ち止まる。しかし、その瞬間、体の中に耐え難い痛みが走った。まるで体全体が押しつぶされるような感覚に襲われたのだ。

「痛い…！何これ…！」美咲は叫びながら、その場に倒れ込んだ。

「善行を行わなければ…」頭の中でその言葉が何度も何度も繰り返される。まるで体がアプリに操られているかのようだった。

必死に抗おうとする美咲。しかし、痛みは増すばかりだ。彼女の意識は朦朧とし、周囲が暗くぼやけていく。

その時、美咲の頭の中に一つの映像が浮かんだ。彼女が小さい頃、誰かに優しく声をかけられた記憶だ。それは母親だった。温かい手で頭を撫でられ、「優しい心を持ちなさい」と教えられた瞬間が蘇った。

その思い出に励まされ、美咲は立ち上がった。アプリに従うことを拒絶する力を振り絞り、スマホを投げ捨てた。

「私は、自分の意志で行動する！」彼女は叫んだ。

その瞬間、痛みが止まり、世界が静けさを取り戻した。彼女はゆっくりと立ち上がり、周りを見渡した。健太を含む他の生徒たちはまだスマホを見つめ、善行を行おうとしている。

「何が起こってるの…？」美咲は唇を噛んだ。彼らを救う方法を見つけなければならないと強く感じた。

その夜、美咲は家に戻り、アプリの背後にある真実を突き止めるため、インターネットで調べ始めた。だが、功徳アプリに関する情報はほとんど見つからず、ただひとつ、不気味な掲示板の投稿が目に留まった。

「功徳アプリをインストールしてはいけない。最終的にあなたの“命”を要求する。」

美咲は冷や汗をかきながら、その投稿を読み進めた。そして、画面の最後にこう書かれていた。

「もしアプリを消す方法を知りたければ、“真の善行”を見つけるしかない。」