テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
突然だが、俺は今賑やかで華やかな春から夏にかけてのグラナートゥム恒例の祭り、花祭りの真っ只中にいる。
何故かって?俺にもよく分からない。
あの日…夢を見たあの日、フランチェスカはその遅くにアメシスの森へとやって来た。傘もささずに来たらしく、何故か部屋に入ってこようとしないその頭にタオルをかけてやった所でこう。
『どうか何も聞かず、一緒に花祭りに行かせてください!』
そして土下座…する勢いを必死で止めた。王族に土下座されるなど冗談じゃない。俺の家だろうと誰の目があるかも分からない。何処のことわざだったか、壁に耳ありジョージにメアリーらしい。大方、どこだろうと2人は近くに潜んでいるから気を付けろという意味だろう。末恐ろしい世界だ。
『…おい、記憶が蘇ったこと…聞いたのか?何で…今…話しちゃ駄目…なんだ?』
やっとこさフランチェスカが抵抗を止めた時に聞いてみた所、沈黙で返された。ぜえぜえと肩で息をしていたから聞こえなかった…という程の声量ではなかった筈なのだが。
『…花祭りを廻った後に、行きたい所があるのです。そこでお話できたらと思います』
とのことで、結局俺は何も分からないまま今に至る。説明責任を果たせ。
現実を見て現実逃避する俺の隣にしゃなりと一人の青年が寄り添った。
「アンブローズ様、やはり後悔していませんか…?」
それは何を隠そう、何故かどんよりうじうじしているフランチェスカ本人である。
「あんたが誘ったんだろうが…祭り自体は嫌いじゃねぇってずっと言ってるだろ」
「でも…人混みが…」
「人混みも苦手じゃねぇって言った!」
「じゃあ花が!」
「じゃあって何だよ!あぁもう、行くぞ!」
白くて細いその腕を掴んで街中をずんずんと進んでいく。これじゃあ何時ぞやの真逆じゃねぇか…。そんな何時ぞやの経験を活かし、今回は認識阻害薬を飲んでいるため周囲には俺達が誰なのかなどわからなく、一般人程度の認識しかされないようになっている。何故普段は飲まないのかって?面の良い一般人という認識になる分、連れがいないとナンパが絶えないのだ…男からの。
「だから今回は安心して楽しむといい」
「あ、ありがとうございます…?」
初めは無関心な周囲にそわそわとしていたフランチェスカだが、段々とその瞳には好奇心の色が映っていき、やがて俺の腕を引いて歩き出した。
「あの、アンブローズ様のお好きな花は…」
「え?あー、ワスレナグサ」
ワスレナグサ。学名ミオソティス・アルペストリス。草丈は15から50cm、8mm程度の小柄で多彩な色を持つ花弁が特徴的な春先に芽吹く花。
「そうなのですね!素敵です…って、いえ!そうではなくて、もう少し大きな…ワスレナグサもとても魅力的なのですが…」
わたわたと弁明するその姿に、思わず口から息が吹き出た。
「いやぁ、皆の王子様も形無しだな」
この祭りでは、親しい者に花冠を贈る風習がある。家族や親友…勿論、恋人にも。彼女はそのどれに俺を当てはめるつもりなのか。
「…アンブローズ様、私からの花冠を受け取っていただけますか?」
困った様に視線を彷徨かせ、一度固く目を閉じてから俺を見上げるその顔。その緊張した様な面持ちは、十中八九俺がからかったせい。でもいい気味だ。お前は俺を振り回し過ぎる。…こんなこと、死んでも言わねぇけど。
「あぁ、俺からも贈ってやろうか」
「!嬉しいです…ありがとうございます」
ふわりと微笑む可憐な姿に、男だとか女だとかを重ねなくなったのはいつからだっただろう。
(随分とまぁ…末期だな)
絆されないとあれ程誓ったのに、結局この有様だ。俺の意志が弱いのか、はたまた彼女の愛嬌が強いのか。
これが恋かと言われると、正直分からない。しかし情はある。それはもう、間違いなく。でもそれは愛情なのか?同情じゃなく?ならば何をもってそう言い切れる?
「…はぁ」
「いかがなさいましたか?」
シロツメクサの花冠を被り片手に林檎の飴を持ったフランチェスカが振り返る。その瞳にはもう緊張や不安は見られない。心底花祭りを楽しんでいるらしい。
「いや…」
流石に気不味くて目を逸らした。
結局フランチェスカが何もしてなくたって俺は振り回されるんじゃないか…なんて、何だか負けを宣言している様で口が裂けても言えない。
うろうろと何か言い訳を探す様に彷徨わせていた視線が、ふと一点で止まった。
「…四つ葉」
「え?」
きょとんとした顔のまま動かない頭に手を伸ばす。その下の本体が氷の様に固まっていることに気付かないまま、優しく花冠の中に埋もれていた四つ葉に触れた。作った者がそっと忍ばせた幸運が、誰にも気付かれないままフランチェスカに巡ってきた。それはまるで…
「世界に愛されてるって感じだ」
思わずぽつりと呟いくと、柔らかな茶色の頭が微かに身動ぎする。釣られて目線を下げると、彼女の白い筈の耳が林檎の様に紅く染っていた。
「…」
ぱっと手を離し、慌てて一歩下がる。
「あー…その、ごめん」
「いえ!こちらこそ…申し訳ございません」
俺が気不味くて謝ると、フランチェスカも謝る。何時だってそうだった。こいつの隣があまりにも温かくて、居心地が良いものだからどうにも忘れてしまう。こいつが求婚者の一人だということを。不誠実極まりないと落ち込む気持ち半分、不誠実だ何だとざわめく自分の気持ちへの違和感半分。ぐるぐるぐるぐる巡って気持ちが悪い。
俺達の終着点は一体どこになるのだろう。記憶の答え合わせをした時、その時にやっとその形が見える様な気がする。
(あぁ…そうか、それに彼女は怯えているのか)
あの日のおかしな挙動への、胸にすとんと落ちたその答えは、しかし自分には当てはまらなくて何だか持て余してしまう。
お前と居ると温かくてふわふわして…俺が俺じゃないみたいで、何だか苦しくて。どんな形だとしても、俺は早く終着点が欲しくてたまらないから。この関係性に名前を付けて、身勝手だとしても安心したいから。
「…日が傾いて来ましたね。本日は共に巡って下さり、ありがとうございました。そろそろ、お話したい…ですよね」
途切れ途切れに紡がれるその言葉にほっとしている自分が気持ち悪い。俺はこんなに嫌な奴だっただろうか。
「アンブローズ様と行きたい場所があるんです。付いて来ていただけますか?」
その言葉に静かに頷く。
恥ずかしい程に身勝手この上ないが、俺は他でもない俺の為にお前と話がしたい。
俺の仮説が正しいのなら、きっと俺達のこの関係性は酷い終わり方を迎えるだろう。
それでも、お前にそんな顔をさせても、俺は俺の為の行動を止められない。
………ごめん。
喉元まで迫り上がったその言葉達は、外に出ることはなく舌の上で溶けて苦く消えた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!