(とは言ったけど、この後どうするつもりだろう)
アルベドはラヴァインから狂気的な愛の告白を受けて、苛立っているようだし、リースもその警戒心を解かず、ずっと剣を構えているしで。
まあ、ラヴァインに逃げ場はないだろうと思うけれど、まだ立ち上がる気力があると言うことは、拘束するには難しいと言うことだろう。それに、物理的に拘束するにはもっと弱らせる必要があると思った。
(って、こんなこと考えてる私ってかなりヤバい奴かも!?)
こっちは別に悪いことはしていないが、それでも拘束、弱らせるとかそれはもう悪人の考えることだと私は思った。
けれど、この場合私達は多分悪くない。
「ラヴァイン、大人しくつ、捕まりなさい!」
私はこの状況をどうにかしたくて、声を上げた。
リースは「あまり下手なことを言うな」と私の発言を咎めていたが、そんなことを言っている場合ではないのだ。
ラヴァインは私の言葉に反応して、こちらを向いた。その目は相変わらず狂気に染まっていて、正気の沙汰とは思えない。
だが、そんな彼にもまだ理性が残っているのだろう。
「ぷっ……エトワール、すげえ変なこと言うんだな」
「あ、アルベド、何が可笑しいのよ!」
そうふき出したのは、リースでもラヴァインでもなくアルベドだった。
彼は可笑しいというように片方の腕で腹を押さえながら笑っていた。笑えることなど一言も云っていないのに、どうして笑えるのかとみていれば、リースが呆れた顔をしていた。
どうやらリースも彼が何を考えているのか分かったらしい。
リースが口を開く前に、笑いすぎて涙が出たのか、それを拭いながら、 私に向かって説明してくれた。
「だって、お前、その首かせつけられたままよくそんな大口たたけるなあと思って」
「首かせ……あ!」
アルベドに言われ私は自分が魔法の拘束器具をつけられていることを思い出した。
そういえば、ラヴァインにつけられていたことをすっかり忘れていたのだ。さっきのさっきまで覚えていたというのに。そう思うと、これをつけたらヴァインへの怒りがこみ上げてきた。それに、確かにアルベドの言うとおりこれをつけたまま言っても何の説得力もなければ、言えるような立場でもない気がする。私は、これをつけられている限りとらわれの身なのだ。
このダサい首かせは、魔力を封じる効果があるため、下手に魔法を内側から発動させれば首が吹っ飛ぶ仕様だろうと私は思っている。
「これ、外してよ! ダサいし、首痛いし、最悪なんでけど!」
と、私はリースとアルベドがいることをいいことに態度がでかくなってラヴァインに向かって叫んだ。
ラヴァインは私の存在など忘れていたように、「エトワール」と私の名前を呼ぶと、数回瞬きをした。全く、人のことを何だと思っているんだと、文句を言いたくなったがリースの言うとおりあまり刺激しない方がいいタイプだと私は思ったため、それ以上何も言わなかった。
だが、以外にもラヴァインはニッと笑って怒っていないと態度で示した後に、馬鹿にするように鼻で笑う。
「それね~外して欲しいの?」
「当たり前でしょ!?」
「俺さあ、君のこと好きなんだよねえ。だからさあ、君のお願いなら何でも聞いてあげたいんだけどさあ……それね、俺の愛なわけじゃん?」
「はあ!? アンタが私の事好きなんてあり得ないし、そんなこと言って誤魔化そうとしてもダメだからね!?」
ラヴァインは面白がるようにそんな嘘を平気で言ったが、私は全く面白くもなんともなかった。
そんなことあるはずがないのだ。こんな奴に好かれるなんてごめんである。今でさえ、定員オーバーなのに。
ラヴァインは私が怒鳴ると、少しだけ傷ついた顔を見せた。そして、首をかしげて悲しそうな顔で私を見る。
(どうせ、馬鹿にしてるんでしょ)
少しでも、気を許した……とまでは言わずとも、ふーん、そうなんだ程度に彼と出会ったときは思った。ラヴァインがアルベドに似ていたからか、彼の何処か優しげな(それもこれも嘘だったのだろうが)雰囲気に騙されていた自分はいた。でも、こうして本性を現されてしまえば、どうにもすきになれなかった。
私がそんなふうに見ていれば、アルベドは怒ったように声を荒げた。
「誰が、誰のことをすきだって?」
「やだなあ、兄さん。怖い顔しちゃって。俺が、エトワールのこと好きっていったんだよ」
「貴様みたいな輩を、エトワールが好きになるわけないだろう!」
と、横から口を挟むようにリースもラヴァインに言い返した。
ラヴァインは、また傷つく顔を見せる。そんな顔を見せられても、私にはどうしようもないのだが。
それにしても、二人とも本気と捉えたのだろうか。いつもの二人なら、また面倒くさいことを言っていると流すはずなのに、どうしてか彼らはラヴァインの言葉に食いついていて、否定する。
「おい、エトワール、こいつの言うことなんて聞かなくていいからな」
「そうだぞ、エトワール」
「わ、分かったから、てか何でアンタ達までそんなかっかしてんのよ……」
何故かこちらまで飛び火して、私は呆れてものも言えなかった。
リースもアルベドも過剰になりすぎというか。理由は分からないけれど。
「そんなの、決まってんじゃん。兄さんも皇太子殿下も、エトワールのことが好きだからだよ。ライバルが増えると困るからねえ」
そうラヴァインは他人事のように言った。誰のせいでこうなったんだと問いただしたくなる。
それでも楽しそうに笑うので、本当に今すぐにでも殴りたかった。というか、早く此奴の口を塞いでくれと二人を見る。二人は、私の気迫に押されたのか、少し萎縮しながらも、アルベドは再びラヴァインにナイフの先を向ける。
「まあ、大人しくすることだな。ラヴァイン。お前に逃げ場はねえよ」
「本当にそう思っている?」
「…………」
その言葉に、アルベドは黙った。
私には分からないが、アルベドは何かを感じ取っているのだろう。この空間がラヴァインの作り出した隔離空間だとして彼が魔法を解いたら、この屋敷にいる兵士達が一気に流れ込んでくるのだろうか。などと私は想像した。想像するだけでも恐ろしいそれを、私は身震いしながらラヴァインを見て思う。
確かにそれなら、彼が本当にそう思っている? と言ったのも納得がいく。
なら、魔法を解く前に彼を拘束しなければ。
(彼が魔法を解けば、私の拘束もとけるからわざとしない……とか?)
とも、私は考えた。どっちにしても、ラヴァインが有利とは思えない。けれど、ラヴァインは、私をちらりと見ると、不敵に笑った。
そして、彼はゆっくりと歩き出す。アルベドは「動くな!」と叫んだが、彼が止る気配はなかった。
「まあ、今回は兄さんが甘かったから、俺を捕まえられなかったってことで!」
そうラヴァインは言うと、足に仕込んでいたナイフでアルベドに襲い掛かった。アルベドは間一髪避けたが、その際に結んでいたゴムが切れたようで、彼の紅蓮の髪が一気に下に落ちた。改めてみるとその紅蓮の長さは相当なもので、私はつい見惚れてしまった。そんな場合ではないのに。
リースはその隙を狙ってラヴァインに攻撃しようとしたが、それすらも読んでいたようにかわされる。私はリースが狙われているのに気が付き、急いで防御の呪文を唱えようとした。
(ダメだ、魔法使えないんだった!)
今使えるのは、最下級の治癒魔法だけ。下手に魔法を放てば、自分の首が吹っ飛びかねない。と私は自分の首につけられた首かせに触れる。どうすれば取れるのだろうかと考える暇もなく、リースが私の名前を叫んだ。
「エトワール避けろ!」
「え?」
そう声が聞えたときには遅く、私が顔を上げると、すぐそこにラヴァインが迫っていた。この距離じゃ避けきれないと思い、目を閉じれば、ふにっと唇に何かが当たる感触がする。何が起こったのか分からず、目を見開くと目の前にラヴァインの顔があった。
キスされたのだと、気が付くまで数秒かかった。
「ふふっ、はは! すっごく不細工な顔」
「は、はああ!?」
どの口が、自分が何をしたのか分かっているのかと今度の今度こそ殴ろうと拳を握った時、ラヴァインの身体が大きくがくんと揺れた。
どうしたのかと思って後ろを見れば、すごい凝相でアルベドがこちらを、ラヴァインを睨み付けており、彼の手に握られていたナイフがラヴァインの背中に突き刺さったことを知った。
「兄さん、こわ……」
そう言いながらも、ラヴァインはまだ余裕があるようで詠唱を唱えた。
「逃がすか!」
アルベドは地面を蹴ってラヴァインに手を伸ばしたが、それよりも先に足下に魔方陣が現われ、ラヴァインはアルベドに向かって手を振った。
「じゃあね、兄さん。また会おう」
そう言って彼は消えて行った。
その瞬間、私の拘束もカチンと音を立てて外れその場にへたり込む。
(え、へ……何が起ったの?)
困惑する私と、苛立ちが隠せず表に100%出ているアルベドとリースは同じタイミングで舌打ちを鳴らしていた。
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