「エトワール大丈夫か」
「うん、大丈夫だけど、待って痛い痛い……!」
ラヴァインが転移魔法を使い、この場から逃げた後、数秒の間固まっていた私に駆け寄ってきたリースは痛いぐらいに私の両肩を掴んだ。みしみしと音が鳴っているのは気のせいではないだろう。
イケメンがしちゃいけない顔をしており、私は苦笑いするしかなかった。
というか、被害者は私なのに、どうしてリースとアルベドが傷ついたようなかおをしているのだろうか。
「ちょっと待って、私が被害者なんだけど」
そう言いつつ、やっと首かせから解放されて、私は左右に首を曲げる。ぼきぼきと肩がつまっていたような音がして、あの首かせが思っていた以上に重かったのだと今頃になって実感した。魔法で作ったものとはいえ重量があるのは結構大きなポイントだと思う。光魔法ではあんな拘束器具を作れないから、闇魔法のたちの悪さがよく分かった。
(というか、ほんと嫌がらせでしたのね、あいつ……)
先ほどの不意打ちの接吻を思い出し、ときめきなど一切なく怒りがこみ上げてきた。
あんな奴にされて嬉しいわけもない。それにあれはきっと嫌がらせだったのだろうと。あれがあってから、リースとアルベドの機嫌がすこぶる悪くなっていた。
この二人の機嫌を収める方法は私には思いつかない。
「エトワール」
「何、リース。顔怖いけど……ねえ、ちょっとなんか言ってよ!」
私の言葉など無視してリースは私の唇をなぞった。
ラヴァインとは違う、推しにそんなことを懇願するような目で見つめられていたらそりゃときめかないわけがない。
「え、えっと……えっと」
でも、ここで許したらなんだか負けた気がすると変なプライドが出てしまい、私は言葉に詰まる。
リースはそんな私を見て、悲しげに目を伏せた。
(やめて! その表情は反則よ!)
心の中で叫びながら、私は必死に考える。
前ならここで、私の話も聞かず彼は私の唇を奪っただろう。それでも今聞いてくる所を見ると彼はかなり私のことを気遣ってくれているのだと分かった。彼も成長している。
だけど、その上書きしたいみたいな目で見つめてくるのはなしだ。私はじっとリースを見つめ返す。ルビーの瞳と目が合い目が離せなくなる。
「エトワール……」
そう名前を呼びながら私の顎を掴んでゆっくりと顔を近づけてくるリースに、息をのむ。が、ここで彼を受け入れてしまったら「友達宣言」をした意味がない。
まだ、私は彼が好きなのかどうか恋愛的に見れるかどうか自分で分からないから。
ただ、答えを出すのが怖い臆病者の台詞かも知れないが。
「す、すすす、ストープ! ダメ!」
私は、声を張り上げて、彼の口を必死に塞いだ。
そうすれば彼は動きを止めてくれると思っていたが、何故かそのまま私の手をどけて、再び口づけようとしてくる。
「ちょ、今ダメっていった!」
「何故だ?」
「何でって、そりゃ」
「雰囲気よかっただろ。それに、俺は機嫌が悪い」
「分かる、見れば分かるから! でも、私達は友達でしょうが!」
そういえば、リースはムッとしたような表情になって「友達か」と忌々しそうに呟く。
彼が私のことを好きだということは知っているし、そのせいで暴走したのも覚えている。というかそれはほぼ数日前のこと。
距離の詰め方が相変わらずバグっている為に、私の心臓は破裂しそうなのだ。友達、友達でしょう。と繰り返し言えば、リースは益々その眉間に皺を寄せた。
(そんな不機嫌にならなくても……)
私は、呆れながらリースを見て、自分の口元を手でふこうとする。確かに、あんなやつにされて嬉しくもないし早く口をすすぎたい気分だ。
そんな風に私が口元を手で擦ろうとすれば、その手を掴み、誰かが私の唇を奪った。一瞬のことで、目を丸くし、チュッと短いリップ音と共に唇が離れていく。
(遥輝でしょ、また話し聞かないで……)
と、怒鳴ってやろうと考えていれば、目の前にあったのはリースの顔ではなくアルベドだった。
「へ?」
何で彼が? と、疑問に思えば彼は私を見下ろしたまま微笑んだ。いや、どちらかと言えばしてやったり見たいな、悪い笑みだった。
私は、目を点にしつつも、どうにか自我を取り戻そうとたぐり寄せていると、すかさずリースの怒声が飛んだ。
「アルベド・レイ! 貴様!」
スッと鞘から剣を引き抜いて、今にも斬りかからんとリースはアルベドを睨んでいた。そんな彼を挑発するように、アルベドは私の頬に手を当てて、愛おしそうな目を向ける。
私はそんなアルベドの行動にゾワリと鳥肌が立った。まるで恋人にするような仕草に恐怖すら感じる。
しかし、そんな私の反応とは裏腹に、リースは「今すぐエトワールから、離れろ、さもなくば――――ッ!」と本気で斬りかかろうとしていたため、私はアルベドの胸板を押して、彼らの間に割り込んだ。
「待って、リース」
「どけ! エトワール、俺は彼奴を口をきりおとさないと気が済まない」
「ほんと、落ち着いてって。ちょっと、リース!」
ずんずんと前に進んでいくリースのマントを引っ張りながら私は、必死に止める。アルベドも何かを言えば良いのに、いったら火に油を注ぐことになるとか考えているのか何も言わないし、本気で不味かった。
リースが怒るのも無理ないが、それでもアルベドに剣を向けるのはまた違う問題だと思う。
「遥輝、ストップ。ストップ」
そう、私はリースに聞える声で彼の本名を呼ぶ。すると、ピタリと彼の動きが止った。
「巡……」
「べ、別に減るもんじゃないからね、ね」
「彼奴にされてもいいって言うのか?」
「そういう問題じゃなくて……ムードとかあるでしょうが」
「じゃあ、彼奴はいいのか?」
「ねえ、話が進まないから、もうその話やめによう?」
と、私が言えば彼はピクリと眉を動かした。
そんな、ほいほいされても困るし、キスって好き同士がするものだと思っている。そもそも、本当に恋愛感情を向けられていないのに、どうしてこうもうキスされないといけないんだろうか。
(初めて……は、暴走した欲望丸出しのリースだったし……)
あまり良い思い出がない。
そう肩を落とせば、リースはあの時のことを思い出したのか、ようやく踏みとどまってくれた。
「エトワールは、アルベド・レイの事が好きなのか?」
「え? いや、違うと思う。ああ、でもアンタも友達だって思ってるし、まだ誰がすきとかないから。というか、アンタが私を惚れさせるっていったんだから、人に嫉妬とか殺意向ける前に、もっとどうにかしたらどうなの?」
こんなことしか言えないし、言ったところで彼が変わるとは思えなけれど。
そんな風に見つめ合っていれば、空気を読まないアルベドが口を開いた。
「まあ、そう見つめ合ってても何にもならねえから、取り敢えず外に出ようぜ」
「アンタは、黙ってて!」
「貴様は黙ってろ!」
ちょうどタイミングよくリースと言葉が重なり、私達はアルベドを責めた。アルベドは、仲良いな。などと呟きつつ肩をすくめる。だが、その意味はただ私達の息のぴったりさに呆れたのではなく、ピキッと音を立てて崩れた空間を見て呆れていたようだった。
(嘘、暗闇が晴れて……)
ラヴァインの魔法がきれたからか、それまで真っ暗な廊下が永遠と続いていた空間は壊れ、明りの灯った行き止まりのある廊下が現われた。
そうして、その周りを巡回していた騎士らしき人物達が私達を見つけるなり侵入者だ! と声を上げて走ってくる。
(これって、不味いんじゃ……)
そう、後ずされば、アルベドが私の手を、リースの腕をがっしりと掴んだ。
「こりゃあ、逃げるしかないなあ」
「え、ちょっと、まっ……」
状況が理解できず、迫り来る騎士達とアルベドを交互に見て彼が詠唱を唱え始めると、私達の足下に赤い魔方陣が浮かび上がった。
転移魔法。
そう瞬時に理解し、吸い込まれるような感覚に陥る。確かに、これならここから逃げられそうだ。
(けど、いきなりすぎて――――)
そんなことを口にする暇もなく、私達はアルベドの魔法によって転移することとなった。
タイミングが悪いというよりかは、良すぎるような……アルベドはラヴァインの魔法がきれるのを待っていたのだろうと今になって思った。
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