Side黄
楽屋に入ると、そこはみんなの話し声と笑い声で溢れていて思わず頬が緩む。
「おはよう、高地」
今日も”5人”が挨拶してくれる場所がある。
そう思うと、なぜか泣きそうになった。
でもみんなの表情は、少しだけ緊張感を孕んでいる。
音楽番組をパスしてまで賭ける、大事なパフォーマンスが今日これから控えているから。
だけど当の大我は楽しそうにジェシーと笑い合ってるし、その顔色も悪くない。
俺は慎太郎にそっと耳打ちした。
「大我、俺が来る前も大丈夫そうだった?」
「うん。来たときもいつも通りだった」
周りの空気を察するのが得意な慎太郎が言うなら、きっと大丈夫だ。
時間はやはり、普段と同じように過ぎていく。
みんなと話していれば、もうケータリングの時間だ。
でも一つだけ違うことが。
「樹ー、行かないの?」
「俺めんどくさい」
北斗が訊いてもこの答え。それはいつものことだけど、こっち。
「大我は?」
ソファーに座ったまま動かない。
「…食欲ない」
マジか、と一気に心配モードになる。樹は無理やり連れていくとして、大我となるとどうすればいいのか。
「ほんとに無理? ちょっとでも食べよ」
北斗が声を掛けた。
「余ったら俺らで食うし」
そう言うと、渋々立ち上がった。それに樹も付いてきたので、6人で向かった。
やっぱり思った通り、大我は少ししか口にしなかった。
その事実にちょっと悲しくなる俺に対し、大我は「今日はそういう気分」と謎に虚勢を張っている。
みんなでごちそうさまをしたら、いよいよ本番が近づいてくる。
リハーサルは、大我の体力をなるべく温存するために5人だけでやっていた。まあ、だいぶご不満なようだったけど。
それでも、俺は彼のプロフェッショナル精神を信じていた。
ちょっと過度すぎるくらいのそれを。
と、
「高地」
大我の声がして、袖が引っ張られた。スタジオに入る直前だった。
「行っといて」と4人に声を掛けて振り返る。
「どうした?」
ちょっと話、と歩いていく。
慌てて追いかけると、小さな休憩スペースで足を止めた。ほかに人は誰もいない。
「なに?」
あのさ、と小さくその唇が動く。
「……もし途中でなんかあったらどうしよう…」
それは大我が初めて見せた弱音だった。少しびっくりしながらも、
「俺らがついてるから」
と笑顔を見せた。
「収録だし、やり直しもできるよ。でもほんとにダメそうなら止めるから。そこはきっちりしないと。…俺らとしても、絶対やり抜きたいけどね」
「良かった。心強い」
その言葉に安堵する。
きっと、どうしても強がりたくて年下には言えなかったんだろう。
「大我ならできる。俺は信じてる」
そして拳を前に突き出した。そこに大我の拳もぶつかった。
2人だけの秘密のグータッチを交わしたあと、どちらからともなく笑い出した。
スタジオに戻ると、何やらジェシーがスタッフさんと話している。
大我に笑みを向けると、もう幾度となく見てきた微笑みが返ってきた。
続く
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