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「よりによってここかよ……」
「どうしました? ラーシェ。落ち着きがないようですが」
「あーえっと、こっちの話。ここ、高いよな。うん、いい店だは思う。お前のチョイスはいい」
「お褒めにあずかり光栄です。ラーシェも一度ここに来たことがあるみたいですが、さすがは公爵子息。良いところ知ってますね」
落ち着きのある店内。敷かれた純白のテーブルクロスにはシミ一つなく、しわにもなっていない。店内に流れるゆったりとしたメヌエットも、甘く香り高いお茶の匂いも何一つ悪くない。ただ一つ、ここがゼロの元家族である伯爵夫人とひと悶着あった場所でなければ。
(わざとか? こいつ……)
意気揚々とついてきたはいいものの、まさかここをチョイスするとは思わなかったのだ。
店に近づくたび、ゼロが嫌そうな顔になっていくのをもっと早く気付けばよかったと思う。ゼロにとってここは、俺たちが和解するきっかけとなった出来事が起きた場所でもあり、会いたくない人に嫌な思い出を刻み込まれた場所でもある。ゼロだってかなうなら、もう二度とあの家族のことは思い出したくもなかっただろう。
ゼロは椅子にも座らず俺の後ろで立ちっぱなしで何もしゃべらなかった。ずっと嫌そうな空気を醸し出して、だが俺に何かを言うでもクライスに文句を言うでもなかった。ただ、そこに空気か壁かになって立っているだけ。
クライスは、俺の微妙な変化には気づいたようだったが、お構いなしに注文をしていた。クライスが、俺たちがここで何があったかなんて知るはずもないだろう。だって、クライスとの出会いはあの狩猟大会だったのだから。だが、あの日たまたまここに来ていたという可能性もある。まあ、そんな偶然があるかはどうか知らないが、捨てきれない。
(てか、何でこいつについてきちゃったんだろーな。俺)
友だちとは口では言うものの、貴族のつながりというくらいしかこいつとのつながりというつながりはない。ただ、俺のことをよく思ってくれているようなのは事実で、その気持ちはむげにできないと思った。かといって、わざとらしく仲良くするのも、表面上仲良くするのもなんか違うと思うのだ。本当に不思議だ。
「ラーシェは甘いもの好きですか?」
「ん? ああ、辛いものよりは甘いものが好きだな。クライスは?」
「僕もです。でも、甘いものよりもすっぱいもののほうが好きですね。刺激があるものってとても好きです」
と、クライスはうっとりするように言った。
そして注文した品が届き、クライスの前にはベリーのムースが置かれる。確かに、すっぱそうな見た目をしているし、香りからして甘酸っぱい。俺の前には希少価値の高いチョコをふんだんに使ったチョコケーキがおかれる。ちなみに、クライスとは二倍ほど値段が違う。
ゼロは何も頼まなかったのか、ティーカップだけもう一つ置かれ、クライスは空のティーカップにストレートティーを注ぐ。それもまた、少し酸っぱいようなにおいがした。
「俺はすっぱいもの苦手かもしんねーあと、刺激とかもとめないタイプだな」
「そうですか。あの名高きラーシェ・クライゼルが。去年まではやんちゃしていたってことですね。刺激的でした。でも、今の君も素敵だと思いますよ。ラーシェ」
「変なこと言うなよ。それに、心入れ替えたんだって。もうあんな幼稚な真似はしない」
どうぞ、と差し出された紅茶に手をつけつつ、俺は目の前に置かれたチョコケーキとクライスのベリーのムースを見た。
別に悪役ムーブをかましていたとき、刺激を求めていたわけじゃない。周りからしたら刺激の強すぎる爆発物だと思われていたかもしれないけどさ、俺自身が刺激になってやろうとかそういうのもなくて。ただ単に、暴れたいから暴れる。俺を認めてほしいから暴れる、みたいなほんと幼稚な、それでいてプライドの高いめんどくさい男だったのだろう。
クライスは昔の俺のほうが好きなのか。だから、俺に話しかけてきたのか。
刺激が欲しい、とそのアメジストの瞳が訴えかけてきているような気がするのだ。それが、なんとも恐ろしくて、俺は目が合わせられない。
本当に何でこいつに誘われたとき、こいつもちだからって了解してしまったのか今でも謎だった。でも、代金はこいつが払うんだからそれは変わりない。
「クライスは普段何してんだよ。見たところ、魔力も申し分ないほどあるし、頭もよさそうだし。良い役職に就けるんじゃねえの?」
「さあどうでしょう。魔力に気づいたのはさすがですね。ラーシェは、王太子殿下よりも早く魔力が発現したみたいですし」
「……っ、待て、何でそれを知ってるんだ?」
クライスは優雅にお茶を飲んでソーサーに戻す。俺はそんな見惚れるような動作ではなく、クライスのいった言葉に引っかかった。
だってそれを知っているのは、クライゼル公爵家の者たちだけのはずなのに。
「ああ、たまたまいたんですよ。あの日。実は僕、魔力がないんじゃないかって子供のころ言われていて、それを確かめに行ったとき、ちょうど通りかかったんですよね、君が魔法を使ったところ。でも、次に王太子殿下が魔法を使って……最年少の座は、王太子殿下に」
「見てたのか」
「見てましたし、覚えてますよ。ラーシェの魔法は、子供ながらに精巧だったから、ね」
クライスは、まるで自分ごとのようにうっとりと、それでいて心酔した信者のように言う。まさか、あれを見ている人がいたとはといまさらながらにどうしようもないことを思ってしまった。クライスが、そのことを誰かに言ってくれれば、俺は過ちを犯さずに済んだかもしれない、とか。
考えても仕方がないことだとわかってはいても、そういう未来があったかもしれないということを考えると、なんだか胸が痛かった。
(どうでもいいことだろ。過ぎ去ったんだし)
俺はお茶を人目も気にせずガバッと飲んで、服の袖で拭いた。ゼロに品がない、と言われつつも、そんなのどうだっていいと俺はクライスのほうを見る。
こいつが俺に話しかけてきた理由が少しだけわかった気がする。
「それで、俺に同情ってか?」
「同情と言いますか。そうですね、ずっと話したかったんですよ、あの頃から。一目惚れってやつですね」
と、クライスは恥ずかしげもなく言う。だが、本当にどこか恋する乙女のような顔で言うので鳥肌が立つ。こいつは、友だち、こいつは友だちと言い聞かせて、俺は愛想笑いを浮かべる。
「だから、こうして、君と友だちになれて本当にうれしいんですよ。心から」
「んな大袈裟な。まあ、俺も友だちあんまいなかったし、よかった、とは思うけどな」
ジークは勝手に親友枠にいれてるから、クライスは初めての友だちといっても過言ではないだろう。ただ、少し怪しい点はあるが。
「そういや、クライス。お前はあの狩猟大会で熊……魔物に襲われなかったか?」
「魔物ですか? ああ、騒ぎになってましたね。記憶に薄いですけど」
「おいおい、魔物が徘徊している森で狩りしてたんだぞ。怖いとか思わないのかよ」
「最悪僕には魔法がありますからね。ラーシェほどではないですが、それなりに対処できたと思います」
「犯人が捕まってないんだぞ? また、誰かが魔物を使役するかもしれねえっていうのに。お気楽なやつだな」
俺はチョコケーキをつつきながらクライスをちらりと見る。
(動揺はしねえ、か……)
友だち、と言いながらも疑っていないわけじゃない。
魔物を使役できる魔法を使える貴族なんてそもそもほとんどいないだろう。クライスはそれに匹敵するほどの魔力を持っている。俺だって怪しまれる対象だったのだから。まあ、俺は魔物に攻撃した、魔物から逃げて崖から落ちたという証拠があったので容疑者からは除外されたが、クライスのほうはどうだろうか。一応狩猟大会に参加していた貴族として疑われていたのではないかと。
疑いたくはない、とは思いつつも一応揺さぶってみた。だが、そのポーカーフェイスがはがれることはなかった。それと、クライスには動機がない。
「ラーシェだってとるに足りない相手でしょ。あれくらいの魔物は」
「いやいや、俺は実際に追われたし。なんなら、あの魔物のせいで崖に落ちたんだぞ? てか、俺が名誉賞とかいう二位で狩猟大会終えたこと知ってるだろ?」
「知ってますけど。また、二位でしたね」
「笑うんじゃねえ! しかも、名誉賞は賞じゃねえだろ!」
だんだんと机をたたくと、クライスはくくくと口に手を当てて笑った。
それから、話題はそれて他愛もない日常会話にうつっていった。ここまで来ると、友だちらしい会話だな、と時間も忘れて話し込んでしまった。だが、話が盛り上がってきたところで、クライスは何かを思い出したように腕に着けていた時計を見るとおもむろに立ち上がって、お金をテーブルの上に置く。
「何か、用事か?」
「ええ。ちょっと野暮用を思い出しまして。楽しかったですよ、ラーシェ。今度手紙を送るので、ぜひ家にきてください。貴方も」
と、クライスはトンとゼロの胸を叩いた。いきなり触れられたことでびっくりしたのか、ゼロは眉間にしわを寄せてクライスの手をはたいた。やめろよ、と言いかけて飲み込み、俺はクライスを見送ることにした。ゼロの手癖の悪さと、警戒心の高さは以上だからだ。
そうして、クライスがいなくなり、俺たちの間に静寂が訪れる。もう、やることもないし、俺も帰ろうかと席を立つとそれまで黙っていたゼロが口を開いた。
「あいつ、危険なにおいがする」
「危険な臭いってまた、犬みたいな……一応俺の友だちなんだぞ? 悪いように言うなよ」
「主……ラーシェだって気づいているはずだ。今だって警戒しているくせに、その警戒心がいきなりどっか行ったように……っ!?」
「ゼロ!?」
そう言いかけてゼロはポンと音を立ててポメになってしまった。今のどこに感情の起伏があったのか、ストレスがたまっていたのか理解できず俺は床に転がってしまったゼロを抱きかかえる。当の本人であるゼロもなぜ自分がポメラニアンになったのか理解できていないようだった。
「ゼロ、お前、何で?」
「わからない……だが、面目ない」
「面目ないって。別に気にすんなよ。てか、ずっと立ってたもんな、会話もできてねえし。このまま、また抱えて帰ってやるから、帰ったらちょっとだけ遊ぼうな」
「……そう、だな」
ゼロは、くぅんと鳴いて俺の腕の中で弱々しくその小さな体を丸めたのだった。