コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
その年、吾妻勇太・勇信兄弟の曽祖母が亡くなった。
80歳だった。
曽祖母は吾妻財閥にも、金にもほとんど興味をもたない人だった。
彼女はただ自然とともに静かに暮らすのを望み、残る人生をしそね町の実家で平和に過ごした。毎月の生活費は10万円に満たなかったそうだ。
曽祖母の死後、しそね町の実家は取り壊され野原になった。
そのため兄弟がしそね町を訪れることはなかった。
時間はそうして記憶を消しながら、未来を作っていく。
あの日のメリーゴーランドとビスタは、いつしか兄弟の記憶から消え去っていた。まるで地層ができあがっていくように。
「専務。こちらが堀口課長の履歴書です」
「どれ。堀口ミノル、静岡県しそね町生まれ……やはりそうか」
「えっ、しそね町ですか?」
「そうだ。ビスタの建設現場は、堀口さんの故郷だ」
「残念です……」
「まさかあんな形でいきなり解雇になるなんてな」
「専務、正直にお伝えしてもよろしいですか。副会長が開示されたファイルについて、私は疑問があります」
「どういったところに? 具体的に話してみてくれ」
「堀口課長の解雇は、一見正当な理由のように見えます。ですが副会長は昨日会社に戻られ、本日いきなり改革の狼煙を上げられました。十分な検討の時間を経ずに貴重な人材を解雇されるなど、以前の副会長からはとても考えられません」
「それは、感情論だな」
「会社の方針はトップの意思によって変わるものです。副会長の人となりは考慮すべき要素だと私は思います」
「それもそうだな。ただ堀口さんの不正については、事故に遭う前にすでに知っていたのではないか」
「であればすべての情報は常務に渡っているはずです。副会長は亡くなられたのですから……ああ、もちろんその時点での話ですが。グループ全体が常務をトップとして迎える準備を進めていたなら、情報もまた渡っていたはずです」
「今回のこと、計画的な退陣ではない不慮の事故だ。そのためすべての情報がこちらにこなかったとは考えられないだろうか」
ポジティブマンはそこで言葉をとめ、顎に手を当てた。
「いや。会社のイメージダウンにつながる汚職という案件が、こないはずはないな」
「おっしゃる通りです」
「なら昨夜突貫で事を進めたのか? 昨日家に帰ってこなかったわけだし」
「今日の発表よりも優先すべきタスクが大量にあったと思われます。それらを処理したあとに方針転換を公表なさっても遅くはなかったかと」
「魚井秘書の結論はなんだ? 言葉を選ばず、正直に話してほしい」
「副会長は十分な計画を練って今日を迎えられた。または信頼できる側近の報告であるため疑いをもたなかった。あるいは副会長は……」
「副会長は」
「堀口ミノル課長をスケープゴートに利用した」
しばらく沈黙が流れた。
ほんの数分前まで吾妻勇太の力強い声がモニターから聞こえていたため、沈黙はさらに深く感じられた。
「仮にそうだとして。しかしなぜ堀口さんなんだ?」
「それはわかりません」
「まぁ、上がってきた報告書を単に信じたのなら、たまたま堀口さんだったというだけだろうがな」
手にした履歴書をざっと確認した後、ポジティブマンは堀口の企画書に目を通した。
勇信はこの時期企業買収に力を注いでいて、商業施設『ビスタ』についてはあまり知らなかった。しかし企画書を注意深く確認したことで、ポジティブマンは込み上げる肯定的な感情に驚いた。
「どういうことだ? 副会長の発表内容と、堀口さんの企画書が正反対のように思えるんだが? 魚井秘書も一度目を通してもらえるかな」
ポジティブマンは魚井玲奈にファイルを渡した。
魚井玲奈はソファに座り、企画書の内容を注意深く見つめている。
「スポーツ振興事業。これは素晴らしい企画ですね」
「魚井秘書。このスポーツ振興事業というのは、いわゆる国内のマイナースポーツ施設をしそね町に集めて、日本随一のスポーツ村にしようという計画だな」
「はい、そういうことだと思います」
「当然アスリートが集まる場所には生活施設が必要なため雇用も生まれる。そしてその中心に――」
「ビスタがあります」
魚井玲奈はポジティブマンにつぶやきに対し答えた。
「いや! ちょっと待ってくれ!
ポジティブマンが突然大きな叫び声を上げた。
「えっ? どうなさいました」
「なんだこれは!? ケージとリングを備えた総合格闘技の練習施設も項目にがあるじゃないか! このサイズなら選手たちのための寮が必要で、十分なキッチンもいるはずだ! なぜ俺はこんな最高のプロジェクトを今になって見てるんだ!」
「常務……。落ち着いてください。総合格闘技好きスイッチを入れては冷静な判断が……」
[これはすぐにでも推進すべきグレートなプロジェクトだ!]
[これはすぐにでも推進すべきグレートなプロジェクトだ!]
[これはすぐにでも推進すべきグレートなプロジェクトだ!]
自宅にいる勇信たちから大量のメッセージが流れ込んできた。