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一、静かな会場をあとに、さよなら
「ご主人様!!あの男を殺してください!」
滑稽、実に滑稽だろう。今まで付き従ってきた男の、それに従順な彼が別の人を主人と呼びそして元の主を殺せと叫ぶ。あぁ、滑稽。どちらが滑稽か?そんなもの今は重要ではないだろう。
「あの男は今の今まで俺に感謝などしてこなかった!!」
彼が喜ぶとき、その裏でどれほどの金が飛ぶか、犠牲があるか、彼は知っている、なのに彼はそれを自らやろうとしない。全てを俺に任せ、そして俺がやりとげたとて彼は決して私を誉めない。感謝などよこさない。まるでそれが至極当たり前かのように、リンゴが木から落ちるのと同じく定理のようにそれを疑わない。嗚呼、彼のどこに俺は今まで惚れていたのだろう。いや、惚れていたのか。違う、俺は惚れていなかった。利益になるからついてきたのだ。
「ついてきてくださいご主人様!あんなものを生かしてはおけない!さあ案内しましょう!」
そうだ、俺は、彼の右腕だった、トントンだ。
二、同じようで、違うなんだか、違う
「これは六日ほど前の話でした」
私達は外交でとある国に行きました。取るに足らない小さな国だけれども、資源が沢山とれる国。支配してしまえばよかったというのに彼はなかなかそこを攻めなかった。問いただすが何も答えない、気持ち悪い。嗚呼、失礼。少し私怨が、許してください。
さて、その国に貿易の取引を持ちかけにいざ行ってみると、なんということか。失礼なことに男が彼に軽々しく話しかけたではないか。そればかりか男は彼の手を握り髪を撫で頬に触れたのです。
俺は叱りました。無礼ではないのか、と。だってそうでしょう。あまりこういう言葉を使うのはよろしくないかもしれませんが、格上のそれもトップが自ら出向いてくれたのです。それなのにまるで礼儀がなってない。
お前はなんなんや、その手を止めろ。しかしどうでしょう。彼は俺を手で制止して「そう怒るな。俺も許しているからいいだろう。お前がされているわけでもないしな。」そう言うと再び男の方へ向かい合い楽しそうに話し始めたのです。
信じたくなどなかった。信じる気など殊更ない。だがその目は私達に向けられることがない、忌々しいものだったのです。触れられた頬は赤く染め上がり眼にはうっすらと涙が張り付いておりました。俺達以上への愛、それをなんと呼ぶべきか。
恋?いやそんなことは、果たして、いやもしでもない。しかしそれに近しい物を持っている、そう感じました。彼のとなりにいる限りは何かとそう言う感情に触れることが多かった。彼はそれに動じず静かに水のようにかわしていたのに、しかしまさか、本当にこんな人間に奪われるのか、だとしたらとんだ大醜聞だ。
ええもうお分かりでしょう。彼はダメなのです。神などとは程遠い、とても醜く、そして汚く、穢らわしいまごうことなき人間なのです。俺はこの時初めて殺すことを固く、固く決意しました。彼を綺麗な状態で摘み取ることにしました。花は綺麗な状態で摘まれるべきです。
三、まだ誰も知らない感覚で救われていく
なんという不釣り合いでしょうか。俺は彼に言葉のままに身を粉にするほど尽くしてきました。彼のために誉められない、感謝されないような、世間であまり評価されないような汚い仕事も平気でやってきました。
しかし彼は俺に向けるべき目を全く別の男に向けている。いったいどこに付き添うべき理由があるか。嗚呼、誤解しないでください。俺は怒っているわけではないのです。むしろ、そうやって作り出した物を彼が使いそれで笑顔を俺に見せてくれる、それに妥協はありません。
しかし、優しい言葉ひとつかけてくれればよかったのに、俺には何も言ってくれなかったのです。
それは大きな矛盾ですが俺の心を揺るがすには十分でした。ある日、俺と彼が春の海辺を歩く機会がありました。じっとりとした暑さでした。ふと、彼が立ち止まり俺の名前を呼びました。
「いつもありがとうな、トン氏。お前のおかげで今こうやって生きているし、幸せだ。満足はしてないがな。あまり構ってやれなくてすまない。でも、本当に疲れてしまったのなら帰ってもいいんやで?お前の好きなものに囲まれて好きなことをして、それが本当の幸せなんやから。」
そう言われて泣きそうになった。しかしそれは許されないのです。我らが総統、彼が従えるどんな人より俺は彼を愛しています。この気持ちが他の人に理解されなくてもいい。あなた一人が分かってくれればそれだけでよかったのです。
昔から、常々考えてることがあります。それは戦争など辞めて、俺と一緒に静かに住むこと、一度提案したことがありました。
しかし彼は面白くないだろう、と呟きあっけなく切り捨てました。ええ、望むならばそうしましょう。そして俺達はまた歩きだしたのです。
四、互いに託して体を預けてよ
俺達がこの地位を確立したのは今日が初めてです。遂に固めることができ、国民も大喜びだった。明日、遂にパレードが開かれます。俺達も前夜祭だと言って盛り上がりました。パンと魚に肉、豪華な食事が並べられました。皆、それはそれは盛り上がってました。しかし主役とも呼べる彼は落ち着いており、その場所だけが異様で嫌な予感がした。
宴も終盤、彼は静かに、しかし粛々と言葉を発しました。
「おまえたちの、うちの、一人が、私を売る」
程よく回っていた酔いが一瞬にして冷めたんや、あいつ、いいよったってな。今まで嫌な予感はしてたんや、言わなかったから、てっきり、誰にも言わず、静かに二人の秘密にしてくれるんやって思ってた。でもそんな甘くはなかった。甘やかされるほど俺は彼を信頼していなかった。回りの奴らが皆ガバッと立ち上がる。誰のことだ、嘘に決まってる、罵り、今にも殺気で人を殺せそうなほどや。でも彼は何も言わなかった。静かに、水のように。そしてなにもいわず、静かに指さした。羅針盤の針の先は俺だった。恥ずかしさより憎しみが勝った。今さら、彼の意地悪さを憎んだ。視線が集まる。衝撃だろう。誰よりも身を粉にし働いて、働いてきた男が、俺が裏切り者だなんて、きっとおそらく、信じたくはなかったであろう。火と水、きっとおそらく彼は何一つ怒っていない。ただ、いたずらしただけなのだ。自分の、俺の運命に。為すべきことを為せ、と。それでここまで走ってきたんや。さあ、一思いに彼を殺してくれ。棒で叩いて、火であぶってもいい。今ごろ、きっと彼は執務室で呑気にお菓子でも頬張っているはずや。あいつらも皆部屋におるはずや。ああ、ご主人様、みとってくれ。今夜が俺の、最後なんやから。俺と彼が肩を並べる唯一の夜なんやから。…金?なんでや、いらん、そんなもん。はぁ、?いらんゆうとるやろ!金のために訴えたんちゃう、もっと、もっとなにかが!…いや、…すみません、もらっときます。たったのこれだけで死ぬなんてざまあみろと思わん?あいつが築き上げてきた全てが、ようやく完成したものが今日、今夜、今!終わるんや!汚いなんて笑え、そんなもん分かっとる。これが俺に一番ふさわしい復讐や。せや、俺は裏切り者の、トントンや。
五、僕の生きてる全てを確かめて正しくして
嗚呼、こうやって見るのはとても気味がいい。縄にきつく縛られ誰よりも愛した自由奪われた貴方。差し伸べる手も無くなり、抗い続けた結果は無惨にも死、いい気味だ、はは、本当に。その顔を拝んでやろう。目の前に俺は躍り出た。彼の顔を見て、はっと、ここで初めて自分がしてきた過ちに気づいたのです。すっと細められた目には涙が浮かび鮮やかなその赤に覆い被さって、私をまるで慰めるように微笑んでいる。嗚呼、辞めてくれ、そんな顔をしないで、後戻りはできないんだ、お願いだから!
交わることのない、火と水、それは俺達の運命で、結果で、そして勝敗だ。
貴方がくれた赤いマフラーを首に巻きつける。待っててください、貴方の側に、私はいます。
ロウワー/駈込み訴え