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あれは、どのくらい前のことだっただろうか。
「……それでね?佐久間は「どうこうする気がない」って言うの!どう思う?」
スマホ越しに聞こえてくる大好きな人の声は、不満そうにむくれていた。
その可愛らしさと、自分のことのように誰かのことを思いやれる優しさとに胸が温かくなる反面、心の中に冷たい隙間風が入り込んで来るような心地もしていた。
君と俺だけの話もして欲しくて、少し意地の悪い揶揄い言葉で返せば、動揺がスピーカーから伝わってきて、話題はすぐに別の方向へと切り替わる。
会えなくても、こうやって声を届け合うことはできる。
それだけで十分だと思えるけれど、どうしていつも、頭の隅に「寂しい」という文字が浮かぶのだろう。
「ごめんね、疲れてるのに付き合ってくれて」
そんなこと関係ないよ。
どんなに疲れていても、君と時間を紡ぐことができるのならいくらでも捧げたいと、 いつだって思っている。
むしろ疲れているのは君の方だろう。
朝の情報番組のメインパーソナリティとして、週に一度はまだ日も昇らないうちから家を出ていることも、そのおかげで今まで以上に仕事が舞い込んできてはずっと働き詰めだということも、ちゃんと分かっている。
話したいことも、二人だけでしたいことも、いつだってたくさんあった。
でも、負担をかけたくないと思うと、それは君の前に出してはいけないような気がしていた。
数十分ほどの会話が終わると、すぐに静寂が訪れる。
あと少し、もう少しと諦め悪く顔を出す我儘は昇華されないまま、心のどこかにある器に黒い液体が一つ溜まった。
これは、もう既に一杯まで満たされていて、次にこの中に雫が落ちれば溢れてしまうだろう。
容れ物が受容の範囲を超えて決壊するとき、果たして俺はどうなってしまうのだろうか。
そんな想像をすれば、たちまち背中が冷えた。
恐ろしいことが起きるかもしれないと予感した思考に「考えすぎだ」と首を振り、後部座席の窓枠に頭をもたれた。
揺られる感覚に眠気を誘われて、落ちていく瞼をそのままに受け入れた。
微睡の隙間で星が瞬く。
どこか暗い森の中にいると気付いた次の瞬間、目の前から大切な人が消えた。
この腕の中で確かに息をしていたはずのそれは、何者かによって一瞬のうちに跡形もなく奪われた。
苦しい、悲しい、辛いと感じてはいつも頭の中に浮かんでいた、あの容器の中に入ったものが一気に満たされ、そこからダラダラと、何かが勢いよく溢れて止まらなくなった。
どこにも行かないで。
ずっと俺のそばにいて。
離したくない。
離さない。
心の水面に浮かんだ暗い気持ちをなぞっていると、どこからか声が聞こえてきた。
「お前のやり方じゃぬるいからこうなったんだよ」
気付けば情景は深い森から、星々が宝石のように輝く神秘的な場所へと変わっていた。
声の主を探そうと後ろを振り返ると、そこには俺と瓜二つの顔をした青年が立っていた。
「君は誰?」と尋ねると、彼は「俺はお前」と答えた。
「…俺なの?」
「そう。まぁ、正確に言うとお前のために生きるモノってとこかな」
「俺のため…?」
「幽霊っているでしょ?」
「あー、うん」
「その類のモノだよ。ほらよく言うでしょ?生き霊とか地縛霊とか。そんなジメジメしたもんとはまたちょっと違うけど、大体は同じ」
「そうなんだ…、あ、ねぇ、ここはどこなの?」
「お前の夢の中だよ」
俺とは思えないほどに、彼はよく喋った。
それに説明が簡潔で分かりやすかったこともあって、混乱せずにこの状況を飲み込めそうな気がした。
とは言え、疑問はまだ残っている。
最初に投げかけられた言葉の意味については、まだ理解ができていない。
遠回しに聞いても仕方がないので、単刀直入に尋ねることにした。
「それで、俺のやり方ってどういうこと?」
「さっきの場面で、お前大事なもん無くしたでしょ?」
「あ、うん…、」
あれは、とても嫌な光景だった。
俺の一番大切な人である、亮平を失ったのだから。
夢とは分かっていても、いつまでも脳裏にこびりついて離れなくて、胸がギシギシと軋んだ。
「ああなったのは、お前が優しすぎるから。いつかきっとそうなるって、お前の頭が勝手に飛躍して考えたから、夢に出てきたの」
「えっ…」
「失いたくないと思うなら、それじゃ全然十分じゃない。手足を縛って、目を塞いで、体をお前に縫い付けでもしなきゃ、ふっと消えちゃうかもしれないよ?」
「でも、俺はこれしか知らない。いつだって優しくいたい、なんでも叶えてあげたい。傷つけたくない。それが俺の愛し方だよ」
「それは知ってる。お前は俺なんだから」
彼の言い分は分かったが、俺には俺のやり方がある。
それを変えるつもりはない。
俺の見立て頼りにはなるが、亮平も俺との今の状態に不満を抱いているような気配はないし、俺といる時は幸せそうに微笑んでくれることの方が多い。
「亮平がそれで少しでも幸せを感じてくれてるなら、俺はそれでいいと思うんだけど…」
と主張すると、彼は険しい顔で俺に詰め寄った。
「じゃあ、お前が毎日寂しいって感じてるのはなんで?」
「…え……」
「「なんで分かるんだ」って顔してるね。さっきから言ってるでしょ?俺はお前だって。俺はいつだってお前のために生きてる。お前が望むモノを与えるため、お前が厭うモノをお前から遠ざけるために俺は存在してる。お前の心の中はなんでも分かるんだよ」
「…う、うん…」
「で、さっきお前の中に溜まってたドス黒いもんが決壊した」
「ぁ…」
「それには気付いてたんだ、なら話は早いね。心の中に垂れてた真っ黒い液体。あれがさっき、ついに溢れちゃったんだよ」
「な、なんで…」
「夢の中でアベちゃんが死んだから」
その黒い液体の正体とはなんなのか。
亮平と過ごすふとした瞬間によくそのイメージが頭に浮かぶが、それについて深く考えたことはなかった。
あれは、どこから生まれたものだったのだろうか。
「あの液体って、なんだったの?」
「お前の不安と欲だよ」
「…?」
「いつかアベちゃんを失うかもしれない、俺だけ見ててほしい、俺のことだけ考えててほしい、今以上に俺を好きになって欲しい。そんないろんな感情が全部混ざって真っ黒くなったんだよ。絵の具全部混ぜたことあるでしょ?あんな感じ」
「…それは……」
まさに俺の心の奥底にあった気持ちそのものだった。
さすが俺、と言ったところだろうか。
彼は俺が日頃思っていたことを、明確に言葉にしてくれた。
亮平と一緒にいても、いつもどこか物足りない気持ちがあったのは本当のことで、彼の指摘を否定することができなかった。
しかし、だからと言ってどうしたらいいというのだろうか。
どちらも本心なのだ。
今、こうして亮平が俺のそばにいてくれている。
俺に笑いかけてくれている。
それだけで十分だった。
だから「バカな考えだ」と思うことで、自分の中に確かにある影に見ないふりをしていた。
亮平の前では優しくいたい。
いつまでも一緒にいたい、失いたくない。
亮平のしたいこと、望むことをなんでも叶えてあげたい。
俺以外の話はしないで、俺のことだけ考えてて。
亮平を大切にしたい。俺の宝物に一つの傷だってつけたくない。
見えない鎖で縛り付けたい。俺なしじゃ生きていけないくらいまで染め上げたい。
俺の心の中はいつだって表裏一体で、どちらかが浮かべば、すぐにその片方が邪魔をした。
暗い方へ踏み込めなかったのは、亮平が俺から離れていってしまうと頭で分かっていたから。
そして、裏側にあった気持ちは外に吐き出せないまま積もり積もって、ついに今日決壊した。
今まで素知らぬふりをしていた自身の内側にある闇のようなものを改めて突き詰めていくと、自分という人間に底知れぬ恐ろしさを感じた。
これから亮平とどう向かい合っていけばいいのだろうと考え俯いていると、彼は俺の問題を解決してやると言わんばかりの得意げな顔をした。
「俺に任せて」
「え、任せるって…何かいい方法があるの?」
「あぁ、アベちゃんがこれからもずっと、お前と一緒にいることを選ぶ未来をお前にあげるよ」
「何するの?」
「それを今の段階で説明するのは難しいな。その時々で状況は変わるでしょ?臨機応変ってやつだよ」
「そっか…」
「次にお前が目覚めた時、きっとアベちゃんはお前しか見えなくなってる。そのお膳立てを俺がしてあげる」
「俺は何をしたらいいの?」
「俺に体をあけ渡してくれるだけでいい」
「それだけ?」
「そう、それだけ。後のことは全部俺に委ねてくれればいいよ」
「その間、俺はどこで何をするの?」
「深く眠るだけだよ」
「え…」
「心配しないで。仕事はちゃんと行くし、アベちゃんとも今以上に深く繋がった状態になったら、体は返すから」
彼の言うことを信じていいのだろうか。
第一に浮かんだのはそれだった。
ただ、彼の目には怪しいところや、企むような色はなかった。
彼には特段メリットなどないだろうにどうしてここまでしてくれるのだろう、というところに最後の最後で引っかかっていると、彼はまた俺の心を読んだ。
「さっきも言ったでしょ?俺はお前のために生きてるんだよ」
彼が出した提案は、とてもシンプルだった。
彼に体の主導権を譲るだけ。
その間俺自身は眠り続け、この夜空の下で一人過ごす。
次に目が覚めた時は、今まで以上に近くに、そして深くで亮平を感じることができる未来を無条件に与えてもらえる、ただそれだけだった。
こんな上手い話があるだろうか。
疑っているわけではないが、こんなにも全てがうまく行くその裏に何かがあるのではないかと思わないではいられない。
タダより高い?怖い?ものはないと言うだろう。
しかし、今は他に頼る宛もない。
肌寒い寂しさが少しでも消えるのなら、腹に巣食う不安と歪んだ執着心が少しでも薄れるのなら、賭けてみたかった。
「ねぇ、一つだけ約束して?」
「なんなりと?」
「もし失敗しちゃったとしても、亮平から離れないで。次に起きた時、亮平がどこにもいなかったら、俺多分正気じゃいられないから」
「うん、分かってるよ」
「なら…いいんだ。ありがとう」
「じゃ、背中こっちに向けて」
「え、…こう?」
「そうそう」
「何するの?」
「うーん、体借りる儀式みたいなものかな。目瞑ってて?」
「分かった」
彼に背を向け、目を閉じてじっとしていると何かがそこから入り込んできた。
次第に全身を強い眠気が襲う。
夢の中にいるのにまた眠るなんて不思議だったが、徐々に体から力が抜けてその場に倒れ込む感覚を最後に、意識は遠のいていった。
次に目を覚ました時、そこに彼の姿はなくて、あの星々が煌めく世界に俺だけが立っていた。
「オリオン座だ。でっかいな」
当然と言えば当然だが、俺の夢の中には俺しかいなくて、何かを呟いてみてもそれに反応してくれる人は誰もいなかった。
寂しくもあるが、こんなに間近で星を見られるのはとても嬉しかった。
宇宙の始まりや、惑星の歴史、高速で進んで命の炎が激しく燃え尽きていく小さな粒の瞬き。
それらを見ていると、自分が普段考えていることなんて小さく思えてくる。
うまく言えないけれど、星を見ているとまだ頑張れるような気がしてくる。
亮平とも何度か星を見たことがあった。
二人で俺の家のベランダから、夜空に燦然と輝く星の粒をいつまでも眺めていた。
懐かしい大切な思い出だ。
一人で考え事に耽っていると、亮平との関係も今のままで良かったような気がしてくる。
たった一度見ただけの夢で不安に押しつぶされそうになって、どこまでも、更に、もっとと膨れ上がる欲に煽られるまま、彼と不思議な契約をした。
亮平との大切な記憶の一つ一つに目を向けていけば、その時々の自分はしっかりと心からの幸せを感じていたというのに。
麻痺していたのかもしれない。
多忙な毎日にすり減った神経で、自分可愛さのあまりに出てきた自我が暴走しただけのことだったのかもしれないと思い始めると、途端に怖くなった。
彼は今、俺の体を使って何をしているのだろう、と。
もし、亮平と彼が過ごしていく中で何か良くないことが起きていたらと思うと、居ても立ってもいられなくなった。
しかし、一向に目覚める気配はなくて、おとなしくここに留まることしかできそうになかった。
広くまっさらな地をゆっくりと歩き、星以外のものはあるかと探検する。
どこまで行ってもそれしか無かったが、不意にどこからか柔らかく温かい声が聞こえてきた。
「綺麗…現実でも見てみたいなぁ…」
その聞き覚えのある声に、心が跳ねる。
反射的に駆け出してその音の先へ向かうと、ずっと会いたかった人が星を眺めて寝転がっていた。
「いつか一緒に見に行こう」と声をかけると、その人ーー亮平は勢いよく起き上がってこちらを振り返った。
いつか、連れて行ってあげたい。
とても綺麗に見えるところがあるんだ。
そう思いながら隣に座って空を見上げていると、亮平の顔はどんどん翳っていった。その瞳から流星の煌めきがこぼれ落ちてしまわないようにと、本能的に抱き寄せた。
流れ星は、願いを叶える奇跡の煌めき。
でも、決して珍しいものではない。
場所と条件が揃っていれば、それはいつでもすぐそばにある。
そんな存在のように、どんな時だって亮平の願いも喜びも叶えてあげたい。
悲しみに流れる星があるのなら、その時は拭って、新しい希望をその胸に注ぎ込んであげたい。
辛く冷たい夜も、甘く穏やかな夜も、この広い空に光を放ち続けるよ。
ーー夜空を穿つシューティングスターは、君だけのために。
この亮平は、俺が描いた幻なのだろうか。
それとも本物の亮平なのか。
どちらであっても、悲しまないでほしかった。
どんな時でも笑っていてほしかった。
俺はここにいることしかできないけれど、いつだって亮平を想っている。
そう伝わるように、何度も何度も震えるその背中を摩っていると、亮平はその胸の内を明かしてくれた。
俺が少しずつ変わっていると、亮平は言った。
どうやらそれは亮平にとっては嬉しい変化ではなかったようで、そんな俺に耐えきれないと感じてしまうことが申し訳ないのだとしゃくりあげた。
本当に起こっていることを、この世界に迷い込んだ現実の亮平が伝えてくれているのか、俺の欲望と懸念とが見せた深層心理なのか、それがどちらかは分からなかったが、俺のことで泣いてほしくなかった。
抱き締めてあげることしかできない。
慰めてあげることしかできない。
夢の中という僅かな感触しか感じ取ることのできない朧な空間の中で、触れてあげることしかできない。
その全部に胸が痛くなって、「ごめんね」と何度も繰り返した。
もしこの亮平が現実を生きているのだとしたら、どうか今の情けない俺を見捨てないで欲しくて、力無く願った。
そのうちに亮平の体は透けていった。
そのことに亮平自身は気付いていないようで、間も無くこの時間が終わることを伝えると、亮平は物足りなさそうな顔をした。
惜しんでくれることが嬉しい反面、やはりこれは俺の願望を写した亮平なのだろうという気がして寂しくなった。
それからも亮平は、頻繁に俺の夢の中まで会いに来てくれた。
その日あったこと、メンバーの話、俺との思い出、ゆっくりと時間をかけて話をしてくれるその姿を眺めては、それに相槌を打つだけで幸せだった。
舘さんが教えてくれたという夢の話は、印象深かった。
運命が変わる夢なんてものがあるのかと驚いたが、現に俺は今それを変えるために夢を見続けているわけで、案外現実離れしたことは身近に落ちているものなんだなと感心もした。
亮平は、この夢を自分のものだと思っていた。
しかし、ここは亮平の世界ではない。
弱虫で、怖がりな俺が作り出した幻想なのだ。
ここに来るたびに、次第に亮平は疲れ、弱々しい姿を見せるようになった。
この場所にいることで、俺が亮平の活力のようなものを吸い取ってしまっているのではないかという気さえした。
そんな姿を見て苦しさが募るたび、このままここにいていいのだろうかという漠然とした不安が強くなっていった。
亮平は今、何をしているだろう。
ここでぼーっとしているうちに、目の前にいる亮平と同じく現実の亮平の身にも何か辛いことが起きているのかもしれないと思うと、急に気が気でなくなった。
目覚めたい。
亮平に会いたい。
どんな状態だって構わない。
俺以外の話を一生懸命する亮平だって、俺との話になると途端に恥ずかしがって逸らしてしまう亮平だって、なんだって好きなんだ。
亮平という人の、その心と全てを俺は愛したんだ。
ここから出られる方法を聞いていなかったことを今更ながらに後悔していると、馴染みのある優雅な声が背後から聞こえてきた。
振り返った先にいたのはーーー。
目の前にある光景をどう表現したら良いのか、それはなんとも筆舌に尽くし難かった。
俺と蓮の前にいるのは、紛れもなく俺にそっくりな青年であるが、その姿は月の光に照らされて薄青く透けていた。
彼は怒っている様子であったが、どうやらその矛先は俺というよりも、蓮に向かっているようだった。
「全く…。しばらく帰ってこないと思ったら、ここで何してるの」
「リョ、リョウヘイ…っ、えっと、これは…その…」
「うちのマスターに迷惑かけないで。本当にいつまで経っても手がかかるんだから」
「…ごめんなさい……」
なんとも不思議な心地がするが、この二人は知り合いなのだろうか。
ずっと前から馴染みがあったかのようなそのやりとりを、俺はただ茫然と眺めるばかりだった。
俺と蓮以外の誰か(という表現が適切かどうかについては疑問が残る存在)がいる場所で生まれたままの姿でいるのは恥ずかしくて、ひとまず床に転がっていたTシャツを着ようとベッドの上から手を伸ばしかけたところで、その彼が俺に向かって声を発した。
「マスターすみません、遅くなって」
「…へ?ま、ますたー…?」
「いろんな処理がありまして、僕が目を離していた隙に、この!バカがっ!勝手にっ!動き回っていたようで」
「いひゃぃ!いひゃいっへ!リョーふぇいっ!!」
「…えっと、、よく分からないけど、気にしないで?君が悪いことは何もないと思うし…」
「いえ、あなたを守るのが僕の仕事ですから。あなたを無傷の状態で助けることができませんでした。すみません」
「そんな、いいのに…というか、今何が起こってるの?」
「そうですね、そこから説明しないとですね。ふむ…少し骨が折れるな…どこから話しましょうか…」
「あ、えっと、じゃあまず…君は誰?」
「僕ですか?僕は、あなたを守るモノ。俗に言う守護霊のようなものです」
「守護霊…?」
「えぇ、あなたの心と体、そのどちらもが壊れてしまわないように、見えない場所からあなたを守るのが僕の役目です。だからこそ、今回あなたに傷がついてしまったことは本当に申し訳ないと思っています」
守護霊なんてものが本当に存在しているなど、にわかには信じられなかったが、それでもこうして今目の前にそれがいるのであれば、受け入れるより他に道はないだろう。
自分と同じ顔に何度も申し訳なささそうに頭を下げられてしまってはどうにも調子が狂ってしまって、少しの気まずさを覚える。
「俺は大丈夫だから気にしないで?」と再度伝えると、彼はやっとほっとしたような表情になり、次の瞬間にはヒリつく両頬を摩る涙目の蓮を睨んでいた。
霊なのに物体に触れられるのか、という部分についてはキャパオーバーを起こしそうだったので考えないことにした。
「早く彼に体を返して」
「あ、いや…それが…」
「え、ちょっと待って、体を返すってどういうこと?蓮は蓮じゃないの…?」
「マスターの言う「蓮」は今少し遠いところにいます。それもこれも全て、このバカが勝手にやったことです。この子も普段は、僕と同じ存在意義を持ったモノとして彼のそばで生きています」
「守護霊ってこと?」
「ご明察の通りです」
「俺のマスターの心が危なかったんだもん…。マスターの役に立ちたかったし、リョウヘイがどこにもいなくて寂しかったから…」
「言い訳はいらない。今すぐ僕のマスターに彼を戻して」
「ぅ“…リョ、リョウヘイ、、?…怒らないで聞いて…?」
「…ッはぁ〜…………なに?」
「…その…………」
「…うまく返せなくなっちゃったんだ……」
「どこまでバカなの?…ったくほんとにもう…!」
叱られた大型犬がベッドの上で小さくなり、その前に腕を組んで仁王立ちをする俺、というシュールな光景に言葉も出なかった。
側から見ると俺と蓮そのままの姿なのだが、二人の間に流れる雰囲気はいつもの俺たちとはまた少し違っていた。
何歳になっても子供心を持った憎めない子と姉さん女房、という構図が頭に浮かぶと案外しっくり来て、それ以外の印象は浮かびそうになかった。
俺の守護霊は、肩を縮こませて次に叱られる言葉を待っている蓮の守護霊に向かって呆れたような大きなため息をつくと、俺の方に向き直って眉根を下げた。
「マスター、たびたび迷惑をかけて申し訳ないんですが、ここにミヤダテさんを呼んでいただけますか?」
“ミヤダテさん”というのは、俺がよく知る舘様のことで合っているだろうかと困惑した頭で思うが、俺の知り合いに彼以外の“ミヤダテさん”はいない。
こんな深夜に連絡するのは…と憚られつつも、俺の守護霊はとても真剣な顔をしていて、取り合わざるを得ないような気がした。
舘様ごめん…と思いながらスマホのサイドボタンを押してディスプレイを明るくさせると、誰かからのメッセージがロック画面に残っていた。
送り主を確認すると、それは今まさに助けを求めたかった舘様からだった。
送られてきていた文面に、驚きと、背後を確認したくなるような少しの怖さと、大きな嬉しさを感じた。
「何時でも大丈夫だから、何か困ったことがあったら連絡して」
急いで画面をフリックし、もらった言葉に「今から蓮の家に来れたりしますか?」と伺うメッセージを返して位置情報も送ると、間髪入れずにキーボードの下から吹き出しが飛んできた。
「すぐ行くね。10分時間ちょうだい」
それはとても簡素な言葉だったが、今の俺には何よりも頼もしく、そして温かいものに思えた。
「舘様来てくれるって」と俺の守護霊に声をかけると彼は頷き、また体の向きを変えて
「いつまでそんな格好してるの!ミヤダテさん来るんだから早く何か着なさい!」
と蓮の守護霊を叱りつけていた。
コメント
5件
やっぱりこっちでもすごい人な❤️が結構すき☺️

❤️って人は!もう!(好) 🖤💚に幸あれ✩.*˚ 続きも楽しみにしています
うわぁぁぁぁ!やっぱりめめとは別の人格(守護霊でした)が体に乗り移ってたんですね! 1人で悶々と考察してたので所々当たって嬉しい💞 物語の進展とだてさまの活躍が楽しみです✨️ (長文になってしまった上に読みづらくてすみません!)