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「ねえ、優羅さん」
ある日の放課後。
いつもの屋上、曇り空の下、美咲が不意に口を開いた。
「私のこと、どう思ってる?」
優羅は、一瞬だけ呼吸を止めた。
その問いは、あまりにも無防備で、けれど決定的すぎた。
「……どう、って?」
「たとえばさ。“大切”とか、“必要”とか、そういうのじゃなくて――“大好き”って言ってほしい」
「……」
優羅は何も言えなかった。
“言いたくない”わけじゃない。
むしろ、ずっと言いたかった。
けれど、「大好き」なんていう言葉を口にした瞬間、
この奇妙で繊細な関係が“恋愛”と名づけられてしまうのが怖かった。
ふたりの間に流れているのは、“恋”ではない。
もっと深く、もっと壊れかけていて、もっと狂っている何かだ。
だからこそ――「大好き」と言ってしまえば、それが壊れてしまう気がした。
「……言えないの?」
美咲の声が、ほんのわずか震えた。
「言いたくないわけじゃない。でも……言葉にしたら、終わりそうで」
「終わるわけないよ」
「……ほんとに?」
「だって、私、優羅さんがいないと、死んじゃうもん」
その言葉は、冗談じゃなかった。
笑いながら言ったけれど、目は泣きそうだった。
「お願い、言って」
「……」
「ねぇ、大好きって言ってよ」
優羅は、美咲を見た。
頼るように、すがるように、自分を見上げてくる彼女の目が――あまりにも必死すぎて、怖かった。
「……美咲」
「なに?」
「私は――“あなたがいないと、生きられない”って思ってる。きっと、あなただけが、私の最後の居場所なんだと思う」
「……それって、“大好き”ってこと?」
「たぶん、そうだと思う」
「“たぶん”じゃなくて、ちゃんと言って」
「……美咲。大好きだよ」
沈黙。
一瞬、風の音すら聞こえなかった。
それから、美咲は何も言わず、ただ肩を震わせて泣き始めた。
「……バカだよね、私。そんな言葉、もらう資格なんてないのに」
「そんなこと、ないよ」
「ずっと欲しかったの。“大好き”って言葉。でも、もらったら余計に苦しくなるって、分かってたのに」
「……それでも、言ってよかった」
「うん……よかった。でも、ね――」
涙を拭いた美咲の表情は、笑っていた。
「たぶん、私……もっと、もっと欲しくなっちゃうと思う」
その笑顔が、少し怖かった。
欲望と不安と孤独が入り混じったような、破滅寸前の表情。
「たとえば、誰かが優羅さんに近づいたら、私……殺したくなるかも」
「……」
「優羅さんが、他の子と喋ってるだけで、全部壊したくなる」
「……分かるよ。私も、そうだから」
ふたりは、同じ闇を見ていた。
“愛してる”なんて、綺麗な言葉は使えなかった。
“好き”よりも、“必要”よりも、“狂気”に近い感情。
それでも、「大好き」と口にしたことで――
ふたりの関係は、一歩先の段階へと進んでしまった。
もう戻れない。
これから先、どこまで堕ちていっても、
それは「好き」のせいにされてしまう。
“ただ、大好きって言ってほしかっただけなのに”
たったそれだけの願いが、ふたりを壊していく。
それでも、ふたりは手を離さない。
それしか、生きている意味がなかった。