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木風
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#サレ妻
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ゆうき
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土曜の朝、私は式場の電話から、アクセル広告の大森にかけた。
「ミモザガーデンの佐倉です。十二月十二日の件で」
「ああ、奥さん! どうも、先日は」
大森の声は、電話でも大きかった。
「桐谷様より承りました。当日、高梨の奥様はご出席されません。式場からもお伝えするようにと」
電話の向こうが、少し静かになった。
「……そうですか。いや、奥さんがいないと、高梨くんも寂しいでしょう」
「サプライズの会ですので、ご家族の出席は幹事の方がお決めになります」
「なるほど、なるほど。お友達が幹事でね。了解です」
大森は、自分で自分を納得させる声で言った。
「じゃあ、当日は会社の連中で盛り上げます。奥さんも、裏で大変でしょうが」
「はい。裏におります」
本当のことだった。私は裏にいる。裏で、全部を並べている。
「よろしくお願いします」
電話を切って、私は手帳に書いた。部長、了解。奥さんは裏で大変、と思っている。
◇
十四時、ひなのが友人を二人連れて来た。
かれんと、もう一人。名前は名乗らなかった。三人とも白い服で、三人ともスマホを顔の高さに構え、ロビーから庭へ、庭から会場へ、撮りながら歩いた。
「ここに立って。灯り、点けてもらえます?」
「日が落ちてからでないと、点きません」
「えー。じゃあ、ここで撮ろ」
三人は会場のスクリーンの前に並んだ。ひなのが真ん中。かれんが半拍遅れて、ひなのと同じ角度に首を傾けた。
私は入口に立って、それを見ていた。見ているのは、仕事だった。
撮影が一段落したところで、ひなのがスタッフの通路のほうへ歩いていった。
「桐谷様、そちらは」
「ちょっと見るだけ」
通路の先に、美咲がいた。進行表の束を抱えて、控え室から出てきたところだった。
「ねえ」
ひなのは美咲の前に立った。スマホは構えたままだった。
「高梨さんって、どの人?」
美咲の足が止まった。
「教えてくれたら、フォロワーに紹介してあげる。三万人いるから。『ミモザガーデンの素敵なスタッフさん』って」
「……お答えできません」
「なんで。同じ職場でしょ」
「スタッフの個人情報はお答えできない決まりです」
「決まり、決まりって」
ひなのは、美咲の顔を上から下まで見た。
「地味な人って、こういうとき損だよね。教えてくれたら、ちょっとは変われたのに」
かれんが、半拍遅れて笑った。もう一人も笑った。
美咲の、進行表を抱えた手に、力が入るのが見えた。美咲は言いたいことを先に言う子だ。先に言ったら、依頼者との関係が切れる。切れたら、式は私の手を離れる。
私は、三人と美咲のあいだに入った。
「桐谷様」
ひなのが振り返った。
「二階のラウンジで撮りませんか」
「ラウンジ?」
「オーナーの部屋です。庭が一番きれいに映ります。普段は、お客様をお通ししません」
ひなのの目が、ラウンジという言葉で動いた。
「オーナーの部屋。いいの?」
「十二日の依頼者ですから。ただし、スタッフの通路はご遠慮ください。当日まで、サプライズの準備が置いてありますので」
「準備?」
「ええ。見てしまうと、当日が薄くなります」
ひなのは、通路の奥を一度見て、「じゃあラウンジ」と言った。
美咲の横を通り抜けるとき、私は美咲の腕を一度だけ押さえた。美咲は、「すみません」を飲み込んだ顔で、うなずいた。
◇
二階のラウンジは、庭を見下ろす窓が大きい。
三人は窓の前に並び、自分たちを撮った。ひなのは窓枠に手をかけ、「オーナーの部屋なう」と打っていた。
一ノ瀬の机には、書類が積んであった。一ノ瀬は、いなかった。
十五時に、戻ってくる。若林から聞いていた。十五時の五分前に、私はラウンジに三人を入れた。
十五時に、扉が開いた。
一ノ瀬が入ってきた。濃紺のスーツ。無駄な動きがない。三人の女の人が自分の部屋の窓際にいるのを見て、歩く速さを変えなかった。
「あ」
ひなのが、スマホを下ろした。
「一ノ瀬さんですよね?」
一ノ瀬は、ひなのを見なかった。
「彼の、高梨の、大事なお客様で。私、十二日の」
一ノ瀬は、ひなのの前を通り過ぎた。
通り過ぎて、机の前に立ち、私を見た。
「佐倉、進行表」
私は、持っていた進行表を差し出した。一ノ瀬は受け取り、立ったまま読んだ。
ひなのは、言いかけた口を開けたまま、一ノ瀬の背中を見ていた。かれんが、スマホを下ろした。もう一人も下ろした。
「十七時半開場」
一ノ瀬が言った。
「いい」
進行表を私に返し、一ノ瀬は机の書類を一束取って、部屋を出ていった。扉が閉まる音は、小さかった。
ラウンジに、四人が残る。
ひなのの顔は、笑っていない。笑っていない顔を、私は初めて見た。かれんが「忙しい人なんだね」と言い、ひなのは「別に」と言った。
「お時間になりましたので、下にご案内します」
私は扉を開けた。三人は、撮らずに出ていった。
◇
夜、家。
悠人からメッセージが来た。
『一ノ瀬さんがお前を評価してるらしいな。柴田が言ってた。使えるな』
一分後に、もう一通。
『今度、三人で飯行こう。俺とお前と一ノ瀬さんで。火曜、空けとけ。店は俺が取る』
四百十八個目。
私は『分かった』と打った。火曜は、私の休みの日だった。
コメント
1件
みぅです🤍🥀 読ませてもらいました…。 今回、ひなのちゃんの“笑ってない顔”を初めて見た場面、すごく印象に残ってる。あれ、めっちゃ効く描写だった。 一ノ瀬さんの、一切取り合わない動きの無駄のなさ。あの静かな圧がすごくて、私まで呼吸止まった。 佐倉さんが“裏で全部を並べる”存在だって、ひしひし伝わってくる。ラウンジ導入の咄嗟の判断も、かっこよかった。 悠人さんのメッセージ、三行目が“使えるな”で来るの、なんかぞわってした…。 次の火曜、どんな空気になるんだろう。 今日も良い話をありがとうございました🌙