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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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エピローグ

私俺は風呂場で人形たちを切断した。

赤黒い有機物……いや、無機物の香りが漂ってくる。

包丁だけでは骨が折れる(折れない)ので、鋸を使ってパーツごとに分けていく。

2体分の作業はかなりの重労働だった。

手順はこうだ。

まず、人形をバスタブの中へ放り投げる。

事前に排水溝は塞いであった。

次に、出来る限り噴き出す液体を吸い上げるため、強力なバスポンプを使って回収する。

2体分の体躯から考えて、合わせて10リットル程度だろう。

どうしても床にこびり付いたものは、証拠隠滅を図るため化学反応を起こして別の物質へと変えてしまう。

犯行現場を特定されるのは不味い。

監視カメラの死角を通り、移動も苦労して公共機関を乗り継がず徒歩で来た。

あえて窓を開けておき、家のテレビは付けたままにした。リマインダー機能を使って音楽をかけたり、たまに消して静かにしたり生活音を演出する。



つまり、私俺という存在は無だった。

問題は、この人形たちだ。

彼らはもちろん、なんの気掛かりもなく家までやってきた。

監視カメラにも道中で映っているかもしれない。

そうなると、やはり最後は家にいたことが特定されてしまう。

そう結論した私俺は、私の方だった人形を演じることにした。

背格好は似ているから、服を拝借して堂々とカメラに映ればいい。

発見を遅れさせれば良いし、嫌疑が向いたとしても私俺ではなく、人形の私だ。

その間の休学も都合が良かった。

私俺たちにトラブルがあったことは部内のメンバーに知られている。

だが、私俺はあれから学校を休んではいない。

ずっと目的のことを考えていたから、少しふわふわとした気分を送っていたに過ぎない。

それに対して、あの2体は私俺の反応を誤解してまた仲にヒビが入ったようだ。

ここ1週間、お互いを避けるためどちらかが学校を休んだら行ったり……。

行方不明になっても、痴情のもつれだと思って最低でも3日は稼げる。

絶好の機会と思って、私俺はそれを狙ったのだ。

しかし、予想外の事態が起こって、かつて俺の方だった人形も処理しないといけないことになってしまった。

後ろで扉が開いた時は焦った。

あの時間に帰ってくることはないと、踏んでいたのだ。

だから咄嗟に殺した。

本来、人形だった私だけになろうとしていたのに、人形の俺の方まで一緒になった。

でも、幸運だ。

私俺……私、アカリはずっと。俺、アキラと一緒にいられるんだもんな。

アカリとアキラ。

それが私俺たち、姉弟なんだ。

無駄なことは……

忘れよう。




もう、10年前のことになるか。

空は曇り、憂鬱な天気を仰ぎ見ているとどうも思い出してしまう。

必要のない記憶。

それでも、想起する矛盾。

この矛盾に対して、私は何も答えられない。

私はアカリ。

でも、変なのよね。

私は確かに存在しているのに、何かを失ってしまったような気分がする。

代わりに、何かが私を象っているような。

違和感。

「アカリ、どうしたんだ? 冴えない顔だな」

「いいえ。何もないの」

ああ。アキラ。

私のかわいいアキラ。

変と言えば、アキラはいつも心の中から声をかけてくる。

意識を集中すれば、私にも見えるのだけど、どうせならいつも居てくれればいいのに。

まったく、シャイな弟だ。

その弟が、また声をかけてくる。

「なあ、またあのことを思い出してたのか?」

「あのことって?」

「俺たちが ” イタズラ” で人形を壊しちゃったことだよ」

「……ええ。そうね」

「もう、忘れろよ。小さい頃の記憶だろう? 確かにあの時は親に怒られちゃったけどね」

「ふふ。本当。あの怒りようったらないわね」

「俺、めちゃくちゃ泣いちゃったよ」

「子供よね。アキラは」

「は? うるさい」

「ふふ」

思わず、からかってしまう。

そんな愛嬌がアキラには詰まっている。

それに、優しさだってたくさん持ち合わせている。

なんて幸せな姉なんだろう。

歩きながら、見えてきた目的地を指す。

「ほら。あれよ」

「へえ。レトロなんだな」

「でしょう? それにオシャレ。最近、見つけたのよ」

「今日はここで、2人してお勉強?」

「別に。私はゆっくり読書でもしようと思ってるわよ」

「ふうん。じゃあ、俺もそうするか」

「あ」

雨だ。

肌に水滴が転がり落ちる。

ぴと。ぴと。

あれ。

あの時も、人形を壊しちゃった時も、なんだか肌に触れたような……。

「おい、アカリ」

「え?」

「早くしないと、濡れちまうぞ」

「ああ、そうね」

私は走った。

走っているうちに、どんどん雨は勢いを増していった。

怖いくらいに。

服に雫が滴り落ちるほどには、濡れてしまった。

夏の、ゲリラ豪雨だ。

目的地の軒下で今きた道を振り返る。

道を振り返る。

「私は?」

ふと、そんな言葉が浮かんでくる。

不思議に思って考える。

私がきた道って、どんなものだろう?[

言葉は文を紡いだ。

けれど、まったく意味が分からない。

私はアカリで、アキラと一緒に幼い頃からずっと人生を歩んできた。

それを今更、なぜ省みるのだ。

私はだあれ?」

私?

私は……。

頭が痛くなる。

そう。

大学に入った頃だったか。

私は、なんだかとても魅力的な人に出会った。

そして、その人とずっと一緒にいたいと強く願った。

……アキラ?

そう。

アキラだ。

一目惚れだった。

そして、その隣にいたのが……。

私。

私?

それは、本当に私なの?」

うう。

頭が痛む。

ズキズキしている。

でも、やめられない。

なぜだか、絶対に忘れてはいけないことのような気がする。

思い出して……みる。

アキラの隣に私、アカリがいた。

私は隣にいる女が気になって、あれ? それは私。

とにかく、気になって、調べた。

アキラの姉だった。

でも、学内でも2人は姉弟だけれど恋仲にあるんじゃないかって有名で……。

私は。

私は、それを妬んだ。

「ああっ!!」

しゃがみ込む。

とてもじゃないが、立っていられないほどの頭痛が襲ってきた。

低気圧のせいだろうか。

いや、尋常ではない。

それに、頭が痛むのは何かを思い出そうとして誘発されている気がする。

やめた方がいい?

でも、やめられない。

……私は文芸部に所属していたのだ。

副部長、として。

そこに、アキラがやって来た。

気になって、憧れていて、好きで仕方がなかったアキラが文芸部にきた。

運命だと感じた。

嬉しかった。

私はアキラと話している時間だけが、生きがいにすら感じていた。

2人で文学について、語りあうあの時が……。

でも、ある日。

アキラは「今日は帰る」と言って、いつもより早く帰った。

私は、気になった。

気になった。

とても。

だから。

後をつけた。

そこで見たのが。

アカリとアキラがキスをしててててててててててててててててててててて。

……。

私はそこで気が付いた。

私では、アキラを振り向かせることなんて出来ないんだって。

だから。

「私自身はアカリだと思い込めばいいんだと思った」

ええ?

いや、何を言って……。

私は頭痛も忘れて否定した。

そんなはずがない。

そんなはずが。

「だったら、思い出せるよね?」

これは悪魔?

それとも天使?

頭の中で何かが思い出させようとしてくる。

やめてほしいと願うけど、ここでやめれば何かを一生失ってしまう気がした。

引けなかった。

……私自身がアカリだと思い込んで。

私はアカリが発した言葉に “自分の気持ち” を付けてアカリだと思い込んだ。

言い換えれば、アカリが発する言葉を ”都合のいいように改変した”

私はアカリとアキラをストーカーした。

いつだって、どこだって。

休日もついて行った。

もちろん、バレないように。

あの日は、確か動物園に行くと道しなに言っていた。

私は知らなかったので、途中で電車が向かう方角と動物園の場所を結びつけて、M動物園であると推測した。

そう。

アカリは暑さに強かった。

だから、本当に汗一滴も出さずに帽子も被らずに歩いていた。

対して、私は暑がりで汗はだくだくだった。

ここまで、私と彼女には差があるのかと神を呪いもした。

でも、アキラも暑がりみたいで、それが私と同じで嬉しくて……。

ホームでは2人にバレないように、距離をとらなければいけないから会話は途切れ途切れで聞こえづらかった。

電車内でも、ピンチが起こった。

アキラが可愛らしくて思わず笑っちゃった。

いきなり笑ったものだから、周囲の人たちに見られて焦った。

でも、幸い2人にはバレていないようだった。

そこで、不覚にも私は少し眠った。

慌てて2人を探して追って行き、アカリ……私の隣にアキラがいたので会話も聞こえた。

そして、あのドクターバックスでの会話。

店内でも帽子をかぶってやり過ごし、2人は会話にも夢中だったからバレなかった。

なんてことない会話が続いた。

でも、突然文芸部の私の名前がでてきた。

***

あれ?

なんだっけ。

どうしても、これだけは。

思い出せない。

そして、アキラは私のことを……。

アカリのことが好きなんだと思っていたから、ずっとアカリになりきっていたのに。

アキラは私のことを「かわいい」「好き」ということを認めた。

私の気持ちは爆発し、混乱した。

*******か、アカリ。

どちらとして生きていけばいいのか……。

アカリは自分のことを愛してくれていると思っていたのに、私の名前が出て酷く動揺したようだった。

予定していた動物園も放棄して、店を出て行ってしまった。

アキラもそれを追いかけていった。

私は追いかける気力がなく、気持ちの整理を付けたいと思ったのだ。

家に帰り、文芸部に行くのもやめて、アキラに連絡しておいた。

でも、考えてみればみるほど、本来の私、*******に戻って、アカリとしての私は捨てるべきだった。

それで、本来の願いは叶うのだから。

私は嬉々としてサプライズで文芸部に顔を出すことにした。

本当に、本当に楽しみで。

でも、現実は違った。

なぜか、アカリがいた。

私が捨てた人格。アカリ。

必要のない女。

もはや、敵だった。

その敵から挑発を喰らって。

それも。

それもそれもそれもそれも!!

アキラと復縁したって?

信じられなかった。

嘘だと思った。

でも、ハッとした。

文芸部に入る直前、アカリと楽しそうに話していたアキラの笑顔。

あれは本物の笑顔だった。

だから気付いたんだ。

やっぱり、私にはアキラを取ることはできない。

アキラが好きなのは、アカリなんだって。

私は絶望して走り出した。

逃げた。どこまでも。

気付けば、見知らぬ住宅地。

どうすればいいのか考えがめぐりめぐり。

思いついたこと。

それが……人形。

アカリを*****して、私が本当にアカリになってしまえばいいんだって。

私がアカリの気持ちになっても、アキラは振り向いてくれない。

アカリを*****して、唯一の存在になって、心も体も私がアカリになればいいんだって。

思いついた。

そして、計画を立てた。

1週間。

僅か1週間で計画は遂行した。

だって、アカリとアキラのことならなんでも事前に調べ尽くしていたから。

今更、用意するのは道具だけだった。

それも、足がつかないように工夫したけれど。

アキラがいない時間を狙って、私はアカリを拘束した。

アカリは必死だった。

助けてほしいと懇願してきた。

殺意と狂気が身を結び、実行に移そうと思った。

だから、今までのことを告白して、アカリは人形に。私が本体になるため話そうとした。

その時。

「アキラが現れた」

アキラは固まった。

目の前には包丁を片手にした私と、四肢を拘束されたアカリ。

状況を飲み込めていなかったようだった。

それは私も同じで、アカリもそうだった。

でも、1番早く反応したのはアカリだった。

「アキラ、助けて!!」

彼女はそう叫んだ。

次に早く反応したのは私だった。

そう。

包丁で、私は、アキラを、***。

何度も。何度も。

アカリは泣き叫んだ。

私も泣き叫んだ。

全てが終わった後、私は振り返り。

涙でいっぱいの、恐怖と悲しみで壊れたアカリを*****。**

2人は動かなかった。

いや、2体は動かなかった。

でも、そのうちの男を模した人形が、掠れた声で言ったのを聞いた。

「俺は、***のことが……好、きだったのに……な。どうして、こんな……こと……に」

私は、もう何も感じなかった。

涙は出なかった。

信じることを、放棄した。

というより、私は……いや、私俺は既に2人の心の体になったのだから。

アカリとアキラになったのだから。

だから。

*******だけが、あの日、死んだのだ。

消えてなくなったのだ。

そうでしょう?

なのに。

これは。

この記憶は。

嘘。

真実。

どっち?

これも、またあの嘘でしょう?

作者はだあれ?

心はだあれ?

体はだあれ?

私はだあれ?






























**「**忘れなよ」












アキラの声がした。

アキラ。

あなたは……天使?

それとも悪魔?

「もちろん、天使だよ」

そうよね。

そうに決まってる。

私、アキラがいるから生きているんだもの。

「あのう、どうかされましたか?」

「え?」

私は振り返った。

50代のシワが目立つ男が心配そうに顔を覗き込んでいる。

ここの店主だろう。

どうやら、私が軒下でずっと考え事をしている間にも、様子を見ていたようだ。

私は立ち上がって答える。

「ええ。大丈夫です」

「そうですか。この雨ですからねえ。雨宿りですか?」

「いえ。私、もともとここに立ち寄ろうと思っていたの。少し、気分が悪かったから休んでいただけです」

「そうですか。もう、気分は大丈夫ですか? よろしければ、何かお出ししますが」

「結構です。私、もあれ大丈夫ですから。コーヒーでも頼みます」

「かしこまりました。ここでは、風邪をひくかもしれませんから、どうぞ中へ」

「はい。ありがとうございます」

私は歩く。

私はアカリ。

そして、

「喫茶店か。久しぶりだなあ」

「ええ。そうね」

アキラ。

「はい? 何かおっしゃいましたか」

「いえ。なんでも」

私たちは勧められた窓際の席につく。

客は他に誰もいなかった。

こんなに綺麗な店だというのに……。

心のように、綺麗だというのに。

心は。

私の心は、どうだろう。

私がいる。

誰もいないなんてことは、ない。

決して、ない。

アキラが、そう教えてくれるから。

私はコーヒーとオレンジジュースを注文する。

店主は少し不思議そうにしたが、黙って去っていく。

やがてテーブルには、コーヒーとオレンジジュースが運ばれてくる。

喉を通る熱い感覚。

過ぎし時。

私は夢中になって本を読む。

幸せな幕切れ。

エピローグ。

そして、私たちのプロローグ。

「コーヒーって、うまいの?」

こうして、まやかしは象られた。

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