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「どうぞお座りください。そこにあるのが、我が家で一番座り心地の良い椅子です」
東雲弦は机代わりと思われる棚越しに、私の正面へ手をやった。視界に椅子は見当たらない。何かあるとすれば、他とは違って赤のテープで強調された巨大なゴミ袋があるくらいだ。
「……これ、ゴミ袋でしょう?」
「そうとも言いますが、我が家では椅子です」
「いや、ゴミ袋でしょ?」
「ええ。ですが正確には『全角度対応座面搭載圧縮素材、九割ウレタン仕様』という事にしています」
渋々そこへ腰を下ろす。慣れない感覚ではあるが、本当に僅かではあるが、人をダメにするソファのような柔らかさが無くもない。むしろ、あれよりも弾力があって……。
自分でも意外だが、割と気に入った。ただ、これを買いたいかと言われれば、もちろんいらないと言うし。もらってくれないかと言われても、いらないと答えるだろう。
「ねえ、九割がウレタンなら、残りの一割は何なの?」
すると、東雲弦は何かを誤魔化すように、飲み物を取りに行った。この狭い部屋だ。そこでも答える事が出来るであろうに、彼女は沈黙を貫く。
ここは汚れているようで清潔で、散らかっているようで、よく整理されている。床から丸まった紙の一つを拾い上げ、それを開く事で更なる確信を得られた。その紙は原稿用紙であった。
幾つもの横線が引かれており、繰り返し何度も修正を重ねた事がわかる。おそらくは、これらのゴミ袋全てにこのようなものが詰まっているのだろう。
「ねえ、しのちゃん。私は今日、何を手伝えば良いの?」
「え、その事話しましたっけ……」
「わかるわよ。私の勘ぐりの良さを忘れちゃった?」