コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
その日は早番、1人でお店を開ける日だった。鍵を開けセキュリティを解除してシャッターを開ける。PCの電源を入れて立ち上がるまでに掃除をし、金庫からレジ金を取り出して昨日の計算が間違っていないかをチェック。昨夜ルー君はしっかり精算後処理を出来たようだ。間違いなく合ってる。良かった。
それから各種チェックを行い、時間になると店内の電気と有線放送を付けてお店を開けた。
そして、申し送りノートを見ていると誰かがお店に入って来た。
「いらっしゃいま・・・なんだ」
挨拶を途中までして顔を上げると、そこには宅配のお兄さんがいた。
「おはようございます。なんだってひどいな。正直こっちのセリフだけど。エリちゃんじゃないし」
「それは申し訳ありませんね」
私はそう言って、彼が手ぶらな事に気付いた。
「荷物じゃないの?」
「いや、荷物なんだけど、すごく重いからどうしようか相談しようと思って来た」
何だろう。私はノートを確認した。今日の納品は送り込みのレインコート。kids120〜160各6、lady’sS〜LL各6、men’sS〜LL各6。これかな?
「見てもいい?」
私がそう言うと、お兄さんは「どうぞ」と言って、まるでバーか何かで席を案内するウエイターのようにトラックまでの道を示した。
「エスコート致しましょうか?」
とまで聞いてくる。少し笑ってしまった。
「暇なのね」
私はそう言って先に進んだ。追いかけてくるお兄さん。
「ノリ悪いなぁ」
言いながら私を追い越してトラックの荷台を開けた。
中には沢山の段ボールが、真ん中に通路を作って左右に上手に積み上げてある。
「これなんだけどさ」
扉のすぐ側にある二つの段ボールを叩いて示した。台車を取り出してストッパーを掛け、その上にまず一つを乗せる。重い物を運び慣れている筈のお兄さんでも大変そうに見えた。力が込められているのが、腕や背中の筋肉の動きでよく分かる。それにしても凄い筋肉だ。さすが肉体労働。
私は、試しにその段ボールに手を掛けてみた。驚いた事にびくともしない。
「アハハ、無理無理。アスカちゃん4〜5人分ありそうだよ?」
「そんな訳無いでしょ。それじゃ軽く100kg超えてるじゃない」
私は苦笑いしながらカッターを取り出してその場で開けてみる。すると、信じられない位にギッシリと詰め込まれたレインコートが見えた。一つ取り出すと、伸縮性のあるビニール素材のレインコートで、デザイン性が高くてとても素敵な型をしている。でも、重い。一つでこの重さと大きさならば、多分数量に間違いは無さそうだけれども、検品には苦労しそうだ。
「合ってるなら運ぶけど、どこ置く?」
お兄さんはそう言った。
「取り敢えずレジ横かなー。一つずつ処理してくしかなさそう。悪いけど、二箱共お願い出来る?」
「お安い御用ですお嬢様」
そう言って紳士的なお辞儀をする。ウエイターじゃなくて執事カフェの真似だったのか。クスリと私は笑ってしまった。
「何それ、絶対執事カフェでしょ。副職の癖とか?」
「いやいや、ウチ掛け持ち禁止だから」
言いながらもう一箱を乗っける。
「流石に重くて危ないから、アスカちゃん前持って方向変わらないようにコントロールして」
「了解」
そして、2人で店内に運んだのだけれども、やっぱり重くて台車がいう事を聞いてくれない。あっちに曲がりこっちに曲がり、紆余曲折しながらかなりの時間を掛けて運んだ。レジ前に着いた時には感動した程だ。
私が息を切らせながら立っている横で、最後の力仕事、台車から下ろす作業をお兄さんがやってくれて、見事完了!
「よし、終了!」
そう言って両手をハイタッチの形に差し出すお兄さん。
「やったー、ありがとうございます!」
私もそう言って両手を構えて、お兄さんの両手に合わせようとした。しかし、合わさる瞬間にお兄さんが手を引っ込めてしまう。支えが消えて体勢を崩す私の体。
「えっ!ぅわー!」
そのままの勢いで、お兄さんの大きな体に胸から倒れ込んでしまった。途端に背中に回るお兄さんの筋肉質な腕、私をぎゅっと抱き締めた。
「思ったよりデカイな。Dか」
Dって・・・。
「ちょっと!何を・・・」
「はいセクハラー」
抗議しようとした私の声を、横から誰かの声が遮った。見ると、ルー君が立っていて、呆れたようにこの状況を見ている。
「ルー君」
ルー君は閉めの時間担当だから、17時頃からの勤務の筈だ。開店して間もない今の時間に来る必要は無い。
「店長からさっき電話で頼まれたんですよ。重いのが来るから早めに出てくれって」
ルー君は、そう説明しながら私とお兄さんを引き離す。そして言った。
「やめてもらえませんか?アスカさんにちょっかい出すの」
「ちょっとからかっただけだろ?ガキが説教のマネしてんじゃないよ」
そして睨み合う2人。ルー君、こんなに喧嘩っ早い性格だったっけ?
とにかく、今は営業中。お店の中で喧嘩は困ります。私は慌てて受け取り伝票にサインして、お兄さんに渡した。
「はい、伝票です。重たいのにありがとうございました」
私はそう言ってお兄さんに膨れた顔を見せてから、振り返ってルー君を見る。怖い顔してる。
「ルー君、私大丈夫だから、落ち着いて」
ルー君は表情を変えないままお兄さんを睨み続けた。
「また、お願いします。ありがとうございました」
伝票を受け取り、棒読みの様にそう言って、お兄さんはルー君を睨みながら帰って行った。
「ルー君、喧嘩しないでね」
トラックが動き出してもまだ睨んでいるルー君に、私はそう言った。
その後ルー君は、トラックが完全に見えなくなるとようやく視線を私に向けて、溜息を吐いた。
「アスカさんは隙が有り過ぎですよ。そんな服着て」
そう言って私の胸元を指差す。今日着ているのは普通のカットソーだ。ベージュのラメのVネック。そこまで露出している事もないと思うのだけど・・・。
「上から覗けるんですよ、谷間が。しかも体にフィットして胸が強調され過ぎ」
「や、やだ。見ないでよ。そんな風に」
「男ならみんなそういう目で見ますよ。普通です。普通」
ルー君が、Tシャツの上に羽織っていたシャツを脱いで私の肩に掛けた。
「それ着て前留めて下さいね。安売りしちゃダメですよ。全く」
ぷりぷりしながら段ボールを持ち上げようとして挫折し、その場で検品を始めた。
何故?何でルー君が怒っているのだろう・・・。
疑問に思いながらも、私は言われた通りにボタンを一番上まで留めて、検品作業を手伝った。