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猫とろ
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ねらち
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武藤が取り寄せた清掃業者の作業記録は、事件当日の夕刻、ちょうど45階付近で窓清掃用ゴンドラが一時停止していたことを示していた。
「先輩、これです! 事件時刻の前後、ゴンドラが45階の外側にいた記録があります!」
加賀美は窓枠の外側を改めて確認した。薄い擦過傷はある。だが、ゴンドラの操作盤に犯人の指紋は残っていなかった。操作方法がわからなかったのか、そもそも動かす余裕がなかったのか。
「着地はした。でも、そこからどうやって逃げた?」
加賀美が呟いた直後、現場検証に遅れて到着した美少女探偵・姫神姫が、慌てた様子で部屋に入ってきた。薄い金髪のゆるふわロングを揺らし、息を切らせている。
「被害者の方がかわいそう……!」
姫は反射的に、床に横たわる被害者の女性に駆け寄った。そして、何気なくその手に触れた。
次の瞬間だった。
被害者の指が、ぴくりと動いた。浅い呼吸が戻り、まぶたがゆっくりと開く。刺し傷は、触れた箇所からまるで最初からなかったかのように消えていた。
「……え? 私……?」
蘇った被害者は、きょとんとした顔で天井を見上げた。
周囲が静まり返る。加賀美も武藤も、言葉を失っていた。
姫自身は、自分が何をしたのかよくわかっていない。
ただ「触ったら治った」ことだけが現実としてそこにあった。
能力消去——彼女の無意識の力が、今回は「能力で負わされた傷」ではなく、「致命傷そのもの」を打ち消す形で発動したのかもしれない。詳細はわからない。ただ、被害者は生きている。
「犯罪……なかったことに、なるでごぜぇやすか?」
姫が小さく聞くと、加賀美は複雑な表情で頷いた。
「傷害の事実は残る。でも、被害者が回復し、被害届を出さなければ、立件は難しくなる」
その頃、別のルートで犯人の足取りも掴めていた。
ゴンドラに着地した犯人は、操作方法がわからず途方に暮れていた。そこへ、ビル風が増幅された突風が吹き荒れた。犯人は体重30キロそこそこの、非常に小柄で華奢な体躯の持ち主だった。幼少期からの疾患で身体が十分に成長しきっていないのだという。その軽さが、仇にも味方にもなった。
突風に煽られた犯人は、ゴンドラの手すりから身を翻すようにして吹き飛ばされ、運良く近接していた非常階段の踊り場に着地した。信じがたいほどの軽さと、身軽さ。まるで紙切れが風に舞うように、彼女は非常階段へと移動していた。
その姿は、非常階段に設置された監視カメラにしっかりと捉えられていた。
連行された犯人は、取調室で小さくなって座っていた。被害者が生きていることを知らされると、彼女は声を上げて泣いた。
「……死んでしまったと思って。もう、どうしようもなくて」
事情を聞いていくうちに、事件の背景も明らかになっていく。同棲していた二人は確かに喧嘩をしていた。だが「不倫」と決めつけていたのは、犯人の一方的な誤解だった。被害者が親しくしていた人物は、実は昔からの友人であり、恋愛関係にはなかった。感情が先走って刃物を手にしてしまったこと、そして窓から逃げたこと——その全ては、取り返しのつかない選択だった。
しかし、被害者は生きていた。
病院で再会した二人は、しばらく黙って顔を見合わせたあと、被害者の方から静かに言った。
「……馬鹿ね。ちゃんと聞けばよかったのに」
犯人は涙をこぼしたまま、何度も頭を下げた。被害者はそんな彼女の髪に触れ、小さな声で続けた。
「もう、勝手に決めないで。私は、あなたが好きよ」
取調室ではなく、病室の片隅で交わされたその言葉は、二つの関係を再び結び直すのに十分だった。被害届は出されなかった。傷害の事実は記録に残るが、二人は互いを必要としていることを、改めて確認し合った。
美少女探偵は、その顛末を遠くから見守っていた。
「……よかったでごぜぇやす」
的外れなパラシュート推理で零点を取ったことは、まだ少しだけ胸に残っている。それでも、被害者が生きて、二人がまた向き合えたことだけは、確かな救いだった。
加賀美は隣で短く息を吐いた。
「次は、もう少しだけ証拠を見てから推理してください」
「はいっ……」
風が、タワーマンションの高層階を優しく撫でていく。
煙のように消えたはずの人物は、風に乗って非常階段へ渡り、そして今、愛する人と再び手を取り合うことになった。
犯罪は、なかったことになった。
二人の美少女は、誤解を解いて、もう一度、愛を誓った。
めでたし、めでたし。
コメント
2件

お読み頂き、ありがとうございます🙏 胸熱と仰って頂き、本当に嬉しいです✨ 今後ともよろしくお願いいたします🙇🏻
読了しました…!今回はまさかの死者蘇生からのハッピーエンドで、めっちゃ胸熱でした…!姫ちゃんが無意識に発動させた能力、被害者が生き返った瞬間の描写が印象的で。誤解から刃物を取っちゃった犯人の心情も重かったけど、最後に「好きよ」って言えたのが本当によかった…涙。めでたしめでたし、って締めくくられるの、なんかじんわり沁みました。姫ちゃんのパラシュート推理は確かにちょっとアレだったけど(笑)それも愛おしいです🤍