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「風って、こんなにも……重いのか?」
ふいに呟いたのは、魔央建設・設計監理部のシレトだった。
風に煽られ、濃灰の設計服が空中でたなびく。
肩までの黒髪は細かい編み込みで束ねられ、腰には魔法定規と折りたたみの構造板を提げている。
彼女が立っているのは、浮島“スイリュウ”。
だが今、その島の一部はぐらついていた。崩れた断面が空へ向けて剥き出しになり、細かな土塵が霧のように舞う。
迎えに来たのは──長身の青年。
淡い銀青のマントを羽織り、風をまとったような軽い足取りで歩いてくる。
「君たちが、魔央建設か」
声の主は、クラアス王子。
空中国家《エラリナ》の第七王子にして、「風の城」の管理責任者だ。
彼の髪は透けるように薄く、白に近い光灰色。耳元に風の音を封じた銀のイヤリングを下げていた。
「この浮島、“スイリュウ”が沈みかけている。
原因は“過去の補強材”と、“古い魔法浮力層”の摩擦だ。
我々には、もはや調整する術がない」
「つまり、建築材と魔法が合っていない?」
「いや、“合っていた”のに、“今は合わなくなった”んだ」
シレトが小さく息を呑んだ。
「……時間差構造歪み(タイムシフト・ブレイク)」
「そう。それを直せるのは、
建材のバランスを再構築し、魔力の揺れを“形”で留める技術。
君たちだ──魔央建設に、頼みたい」
クラアス王子の視線が、ふわりと浮かぶ水色の球体に向いた。
イネくんだ。
イネくんはその場で、静かに旋回する。
そして、空中にいくつもの“螺旋模様”を浮かび上がらせた。
それは島の重心点と風圧軸を視覚化したもので、見えない“圧”の動きを幾何学模様に変換している。
「……これは?」
「装飾です」シレトが応える。「ただし、“目に見えない”装飾です。
イネは、この空間の“圧の流れ”を視覚化しました。
建材の配置や形状をこれに合わせて設計することで、風の力が自然に通り抜け、浮力を保ち続けられます」
「風を“流す”ための設計か……それは“重さのデザイン”ということだな」
王子はしばらく無言でその絵を見ていたが、やがてふっと口元を緩めた。
「いいだろう。
“重くならない街”──そんな設計を任せよう」
契約の巻紙が、魔力で空中に広がり、王子の指先に触れた瞬間、風の紋章が印となって刻まれた。
工期は20日。
魔法浮力層の周波数を再調整し、古い建材を“軽質素材”と呼ばれる新型魔法材に交換。
見えない装飾が街全体を包み、風の音は「設計」によって整えられた。
新たに生まれ変わった空中都市スイリュウは、
今も静かに浮かび続けている。