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甘い香りに、ふと環と口付けをしたことを思い出した。とは言っても、ぶつかったような接触で艶めいたことは何もない。
なのに妙に記憶に焼きついて仕方なかった。
グラスに唇を当ててウィスキーを飲む。唇に硬質なガラスの感触。喉を通る冷たい液体。ウィスキーの芳醇な余韻。
どの感触も心地よいものだが、環の唇は刹那の接触にも関わらず、もっと心地よかったと思った。
口付けなど別に初めてではないと言うのに。
環の唇の感触とは程遠い、冷たいグラスから唇を離す。
「今日は色々あったから少し疲れて、いつもより酔いの回りが早いかもな」
壁にある振り子時計を見れば、針は明日を迎えようとしていた。
きっと環は寝ているだろう。こんな時間に訪れては夜這いと思われてしまう。
もう少し早い時間ならば、顔を見に行こうとは思っていた。
「それにしても環は俺のことを全く意識してない……いや、意識はしていた。命乞いをされたから意識はされていると思うが、斜め上すぎる……」
本日、二回目のやっぱり不思議な女と思ったそのとき。
部屋の観音開きの扉が、ノックもなしにバンッと開いた。
そこには黒髪をキッチリと結い、紫の小紋を身に付けた梅千夜こと──実母がいた。
そして俺の返事を待たずしてツカツカと俺に詰め寄り。キッと睨まれた。
「鷹夜、あの環っていう子、本当に──いい子ねっ! お母さんびっくりしちゃった! しかも金色の髪に瞳! 西洋人形みたいで羨ましいわぁ」
一瞬、強い眼差しにドキリとしたが明るく笑う母にやれやれと思った。
「そうですか。それは良かった。まさかいきなり実の母親が女中頭など名乗り。環の前に出てきたときは、何を企んでいるかと思いましたけど」
「やぁねぇ。だって雪華家の娘が嫁いで来るって言うから。どんな傲慢な娘か見てやろうと思ったのよ」
腰に手を当てて胸を張る母。
確かに雪華家はその『浄化』の能力の希少性から、|誇り《プライド》が高く。蝶よ花よと持て囃されるのを好み、その浄化の依頼料も高い。
実のところ、我々五家も浄化を使えなくはない。しかし、効率がべらぼうに悪いのだ。
祈祷やら、唄やら、踊りなど手間暇掛けて浄化は出来るが時間がかる。また浄化に使われる霊力が大きいのに、割に合わない。などと不便利さが目立つ。
「鷹夜。杜若家の名において絶対にあの子を逃しちゃダメよ。あの子ったら、欲しいものは宝石でも着物でもなんでもお申し付け下さいって言ったら、朝は油揚げのお味噌汁が飲みたいとか」
「油揚げの味噌汁」
「何か私に、お願いはありますか? って聞くと顔を真っ赤にして『今度お化粧を教えて下さい』って……はぁ。尊い。母さん今度、環ちゃん連れてデパートに行くわ」
「環、ちゃん」
母の様子から、環を大変気に入ったのがわかった。素直に良かったと思う。