テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
きっかけは、ほんの些細なことだった。
「それ、洗っといた」
テーブルの上に置かれたマグカップ。
らんの声はいつも通りだった。
「……は?」
「昨日使ってたやつ。流しにあったから」
いるまの空気が、変わる。
「触るなって言ったよな」
低い声。
らんが一瞬固まる。
「……ごめん、でも汚れてたし」
「頼んでない」
ぴり、と空気が張る。
「親切のつもりだったんだけど」
「いらねえ」
即答。
その言葉が、想像以上に強く刺さる。
らんの指先がぎゅっと握られる。
「……そっか」
笑おうとする。
でも目が笑ってない。
「なんでそんなに線引くの」
小さい声。
でも逃げない目。
「俺、そんなに邪魔?」
いるまの中で何かが弾ける。
「邪魔とかじゃねえ!」
「じゃあ何!?」
初めて、らんが声を上げた。
「急に家族とか言われて、はいそうですかってなれるわけねえだろ!」
いるまの言葉は荒い。
「俺はそうしてる」
らんの返しは静か。
「できなくても、そうしようってしてる」
まっすぐすぎる。
逃げ場がない。
「俺は、誰かに踏み込まれんのが嫌いなんだよ」
いるまの声が落ちる。
「近づかれると、面倒になる」
「……俺は面倒?」
間。
「……違う」
反射だった。
らんの目が揺れる。
「だったら、ちょっとくらい頼ってよ」
「無理だ」
「なんで!」
「慣れてねえからだよ!!」
沈黙。
荒い呼吸だけが残る。
「……そっか」
今度は、笑わなかった。
ただ、静かに言う。
「でも、俺はあきらめない」
いるまが顔を上げる。
「兄だから」
まっすぐ。
逃げない。
いるまは言葉を失う。
怒るタイミングなのに。
突き放す場面なのに。
胸の奥が熱くて、痛い。
「……勝手にしろ」
それしか言えない。
らんは小さくうなずいた。
その夜。
家は静かだった。
でも。
沈黙は冷たくなかった。
ぶつかったからこそ、
お互いの形が少し見えた。
境界線は、まだある。
けれどその線の向こうに、
確かに“相手”が立っていると知った夜だった。
コメント
3件
待って、やばいくらい続きが気になる...
はぁ…ッ⤴︎ ←※どきどきしてます