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時透さんちのお姉ちゃん

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時透さんちのお姉ちゃん

10 - 第10話 有一郎の体調不良

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2025年10月27日

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有一郎の体調不良

・・・・・・・・・・



日を追うごとに、お姉ちゃんの部屋の物が少なくなっていく。

3月25日に引っ越すって言っていた。


春休みを数日後に控えた今日は3月18日。両親は仕事へ、お姉ちゃんは役所の手続きへ、無一郎は学校へ行った。

俺はというと、風邪を引いて熱がある為欠席して家にいる。


自室の時計の秒針が規則正しく時を刻む音が聞こえる。

1人で留守番なんて慣れているのに。今日はやけに、誰もいない家の静けさが孤独感を煽ってくる。


げほげほっ……ずび…げほっ…



いつか国語の授業で習った、“咳をしても一人”という俳句が頭に蘇った。

今まさに自分がそんな状況だ。


「………はあ……」


溜め息も虚しく天井に吸い込まれていく。



喉が渇いたので身体を起こし、1階に下りる。何か飲んだら、ついでに部屋に持って行こう。いちいち取りに来なくていいように。


思っていた以上にフラフラだった。

俺は階段の手すりや壁に手をつきながらキッチンへ向かう。


時計を見ると昼の12時を少し過ぎたくらいの時間だった。朝、母さんが作っておいてくれたお粥の残りを温めて食べる。水も飲んで、風邪薬を探す。


「…あった……」


常備薬の箱から取り出した風邪薬。“15歳以下は服用できません”って書いてあるけれど、11歳も15歳も大して変わらないだろうと思い、多めの水で喉に流し込んだ。



それが間違いだったということに気付いたのは、薬を飲んで1時間も経たないくらい。


ベッドに横になっているのに、なんだか天井がゆっくりと回転しているように見えて気持ちが悪い。

やっぱりあの風邪薬飲まなきゃよかった。


ぎゅっと目を閉じる。でも気持ち悪い。



「うぅ……」


俺は小さく呻き声をあげながら身体を横にした。

前に見たテレビで、つわりで気持ちが悪い妊婦さんに効果のある体勢を思い出したからだ。確か“シムス体位”…だったっけ。これで少しはマシになることをひたすら願う。


けれども俺の努力も虚しく、気持ち悪さは変わらない。

トイレで吐いたら楽になれるかな?

でも身体がフラフラで起き上がったらすぐに戻してしまいそう。


父さん…母さん…お姉ちゃん…無一郎……!

誰でもいいから助けて……!




ガチャリ

バタン

パタパタパタパタ……


誰かが鍵を開けて家の中に入り、階段を上ってくる。



コンコンコン


『ゆうくん、具合はどう?入るね』

「…ぁ…おねえ…ちゃん……」


帰ってきたのはお姉ちゃんだった。

部屋のドアが開いて、心配そうな顔をしたお姉ちゃんが中に入ってくる。


『!?…ゆうくん、顔が真っ青よ。気持ち悪いの?』


黙って頷く。生唾が口の中に溜まっていく。


『トイレ行けそう?おんぶしていこうか?』

「…むり……」


やっとの思いで返事をすると、お姉ちゃんが急いで部屋を出て、ビニール袋と新聞紙を敷いた洗面器を抱えて戻ってきた。


『ゆうくん、これに吐いちゃいなさい。楽になるから』

「…ぅう……」


お姉ちゃんが俺の身体を起こす。髪を後ろに持っていって、手早くゴムで纏めてくれた。


「…でも…せっかくかあさんがつくってくれたおかゆ…出てきちゃう…っ… 」

『それはもうしょうがない。吐いたらスッキリするわよ』


ダラダラと唾液が口の中から出てきて、顎を伝って洗面器に落ちていく。

お姉ちゃんが片手で洗面器を、もう片方の手で俺の背中をそっとさする。


そして。


「…うっ……げほっ…おえっ……」


とうとう胃の中の物を吐き出してしまった。消化途中の物が勢いよく洗面器に溜まる。


『そうそう、上手よ。全部出しちゃいなさい。スッキリするから』


お姉ちゃんが優しく俺の背中をさする。

苦しくて涙が零れる。

そのまま3回程吐いたらかなり楽になった。



「げほっ…はあ……はぁ…」

『もう大丈夫そう?』

「うん……」

『よかった。うがいしていいよ』


お姉ちゃんがコップの水を差し出す。いつの間に持ってきてくれたんだろう。洗面器と一緒に持ってきたのかな。


うがいで口の中を綺麗にして、そのまま同じ洗面器に吐き出す。


「…お姉ちゃんありがとう。……ごめんなさい、汚いもの見せて…」

『何言ってるの。気にしなくていいのよ。家族なんだから。…ちょっと待っててね』


お姉ちゃんが洗面器の中身を処理する為に部屋を出て行った。そして数分後、また俺のところに戻ってきた。



『ねえ、ゆうくん。薬箱にあった風邪薬飲んだりした?』

「うん…飲んだ。15歳以下は飲んじゃだめって書いてあったのに平気かなと思って……。全然平気じゃなかった…」

『あ〜…やっぱりね。強すぎたのよ。病院行って点滴打ってもらう?』


もうわりと気分がよかったので首を横に振った。


『……私もね、強いお薬飲んで具合が悪くなったことがあるんだよ』

「そうなの?」

『うん。今のゆうくんみたいに年齢に合わないお薬を注意書き無視して飲んじゃって。お薬だからって飲めばいいってもんじゃないのよね。冷や汗かくし、身体は震えるし、吐き気もすごくて。でも私、吐くの苦手なんだよね』


そうなんだ……。


「俺も吐くの苦手で……。無一郎とか父さん母さんは指突っ込んですんなり吐けるって言ってたけど…」

『うん。楽に吐けるって羨ましい。でも私たちは一緒だね』


お姉ちゃんが優しく微笑んで、俺の頭を撫でてくれた。



『経口補水液買ってきてるけど、飲めそう?』

「多分……」

『気持ち悪くなったらまた吐いていいから。ちょっとでも飲もうか』

「…うん…」


ペットボトルの経口補水液にストローキャップをつけたものを手渡してくれるお姉ちゃん。


ちゅうぅぅ……ごく…ごく……



「…なんか、美味しく感じる……」

『身体の具合が悪いからね。脱水にならないようにこまめに飲んでね。…美味しくなくなったら元気な証拠よ』


そっか……。


お姉ちゃんが俺をそっとベッドに寝かせてくれた。


「……お姉ちゃん」

『なあに?』

「さっきね、気持ち悪かった時、“シムス体位”を試してみたんだ」

『つわりで気分が悪い妊婦さんに効果があるやつ?』

「うん。前に一緒にテレビで観たあれ。でも効かなかった。妊婦さん以外にはだめなのかな」

『そんなことないと思うけど……。ゆうくん、きつくなかったらその時と同じ体勢になってみて 』

「うん」


俺はさっきみたいに横を向く。身体の右側を下にして。お姉ちゃんに背を向ける形だ。


『あ、それ向きが逆だね』

「そうなの?」

『うん、確かシムス体位って左側を下にするって言ってた気がする 』

「あれ…そうなんだ……」


どうりで変わらないわけだ。

俺はゆっくりと反対側を向いた。お姉ちゃんの顔が見える。


『どう?』

「…あ、なんかちょっと楽かも」

『そっか、よかった』


お姉ちゃんが安心したように笑った。



ぐううぅぅぅ………



「あ」


盛大にお腹が鳴った。せっかく食べたお粥は、さっき薬のせいで吐いてしまったから。胃の中が空っぽになったんだ。


『お腹空いた?またお粥作ってこようか。食べられる分だけ食べるといいよ』

「うん…ありがとう」


俺にそっと掛け布団を被せて、お姉ちゃんはキッチンへと下りていった。

俺がお願いしたので自室の扉は開けたままだ。

1階から色々な物音が聞こえる。


さっきまでとてつもなく寂しかったのに、家に誰かいるだけでこんなに安心するなんて。


お姉ちゃんが帰ってきてくれてよかった。

あのまま1人だったら、ひょっとしたら大惨事になっていたかもしれない。


俺は少し身体を起こして、さっきもらった経口補水液をストローで飲む。





『ゆうくん、お待たせ』

「…あ…ありがとう」


お粥の乗ったお盆をサイドテーブルに置いて、お姉ちゃんが身体を起こすのを手伝ってくれる。背中の後ろに枕や丸めた掛け布団を入れ込んで寄りかかれるようにしてくれた。


『どう?』

「うん、らく」


ほかほかのお粥をスプーンで口に運ぶ。

優しい出汁の香りが口の中に拡がる。


「…おいしい…… 」


そう言葉にすると同時に、なんでか涙が出てきた。


『ゆうくん!?どうしたの?舌火傷した?』


驚いたようにお姉ちゃんが聞いてくる。


「…ううん…平気……。おかしいな…なんで俺泣いてるんだろ……」


俺はお粥の入ったお椀を一旦サイドテーブルに置いて、ティッシュで涙を拭う。


ぼろぼろ、ぼろぼろ。

涙はちっとも止まってくれない。


多分、ほっとしたからだ。具合が悪い時に家にひとりぼっちで寂しくて不安で。どうしたらいいか分からない時にお姉ちゃんが帰ってきてくれて、看病してくれて。それで安心したせいで涙が出てきてしまったんだ。


『…体調が悪くて気が滅入ってたのかな。そんな日もあるよ』


泣きじゃくる俺を、お姉ちゃんがそっと抱き締めてくれた。

背中を軽く叩いて、さすって。頭を撫でてくれる。

あったかい、お姉ちゃんの身体。

その温もりが嬉しくて、涙はますます止まらなくなる。


俺もお姉ちゃんにぎゅっと抱きつき、肩に顔をうずめて涙が流れるままにしていた。





しばらくして、涙はようやく止まってくれた。


『落ち着いた?』

「うん。お姉ちゃんありがとう」


俺の濡れた目元や頬をティッシュで拭って、優しく微笑んだお姉ちゃん。


『大分顔色がよくなったね』

「そうなの?」

『うん。帰ってきた時はアンデッドみたいだった』

「そんなに悪かった?」

『うん』


さっきのお姉ちゃんが俺の顔を見た途端驚いて目を見開く筈だ。

ただの比喩だと分かっているけれど、ゾンビのような顔色の自分を想像して、ちょっと可笑しくて笑ってしまう。


『あ、笑顔が出たね。よかった』

「うん、ありがとう」



残りのお粥を食べて、再び横になる。

お姉ちゃんに手を握ってもらって、俺はゆっくりと意識を手放した。






目が覚めると、もう夕方6時。大分具合がよくなった俺は自室を出て1階に下りる。


「あら、有一郎起きたのね」

「兄さん大丈夫?」

「明日は学校行けそうかい?」


既に帰宅していた両親と弟が心配そうに声を掛けてきた。


「うん、もう平気。熱も下がったし、明日は学校行く」

「そう、よかった」


母さんがにっこり笑う。


「お姉ちゃんが帰ってきて看病してくれたんだ」

「あら、そうだったのね。よかったわ」


話していると、キッチンからお姉ちゃんが顔を出した。


『ごはんできたよ~。…あ、ゆうくんも目が覚めたのね。晩ごはんはオムライスだけど、食べられそう?お粥にしとく?』

「ううん、オムライス食べたい」

『わかった。無理しなくていいからね』


家族5人で食卓につく。


具合が悪いのにオムライス食べて大丈夫かとみんなから心配されたけれど、全然平気だった。お姉ちゃんが作ったふわふわトロトロのオムライスは本当に美味しかった。










翌日。

すっかり熱も下がって回復した俺は普段通り学校へ行った。明日は終了式だから、ロッカーや引き出しの中の荷物を今日のうちに持てるだけ持って帰る。


この日はお姉ちゃんは役所の手続きに行っていた。本当は昨日全部終わらせる予定だったけれど、俺を心配して途中で帰ってきてくれたらしい。申し訳ない。でも嬉しい気持ちのほうが大きかった。









そしてまた翌日。

ようやく5年生が終わった。残りの荷物も持って帰る。

俺たちの通う小学校は珍しく1年ごとにクラス替えがあるので、“あの日”喧嘩した性悪たちとこれでおさらばと思うと清々する。6年生になったら別のクラスであることを強く願う。




明日から春休みだ。ゆっくり過ごせるな。

でもお姉ちゃんの引っ越し日も迫ってきている。


夜、なかなか寝付けなくてベッドの中で何度も寝返りを打つ。

体調はすっかり元に戻ったのに、言いようのない寂しさが俺の胸を締め付ける。





5年生にもなって、しかも4月からは6年生になるっていうのにこんなの変だって思うけれど……。

俺は意を決してお姉ちゃんの部屋へ向かった。




コンコンコン


『はーい』

「お姉ちゃん…」


ガチャ


お姉ちゃんが中から開けてくれた。


『ゆうくんどうしたの?』

「……あのね…一緒に寝てもいい……?」


俺の申し出に、お姉ちゃんは一瞬驚いたように目を見開いて、そしてにっこり微笑んだ。


『いいよ。枕持っておいで』

「…!うん!」


一旦自分の部屋に枕を取りに行って、またお姉ちゃんの部屋に戻る。


「もう寝てた?」

『ううん、これから寝るところだったよ』

「そっか…」


手袋を着けた手で布団を捲るお姉ちゃん。俺が枕を置いて先にベッドに入り、隣にお姉ちゃんが来る。俺は無一郎程寝相は悪くないと思っているけれど、万が一落っこちたりしないように壁側にしてくれたんだろう。


『ゆうくんが一緒に寝ようって来たの、小さい時以来だね。むいくんは大きくなった今でもちょこちょこ来てたけど』

「うん。無一郎がお姉ちゃんの部屋に行ってるの知ってた。……ほんとは俺も来たかったんだ。でも言えなくて。……もう少ししたらお姉ちゃんひとり暮らししちゃうし、今だけと思って…」

『そっか。我慢してた?』

「…うん。双子だけど、俺は兄さんだから……」


もっとお姉ちゃんと一緒に寝ればよかった、もっと甘えればよかった、と今になって後悔する。


『…ゆうくんは我慢強いし聞き分けもいいし努力家で。とってもいい子よ。“お兄ちゃん”だけど、私にとっては弟だから。もっと甘えてくれてよかったんだよ』

「うん……。今すごい後悔してる。だから思い切って来てよかった」


言いながら、ぎゅっとお姉ちゃんにしがみつく。


ああ、また泣きそう……。


ふわりと苺の甘い香りがした。お姉ちゃんが俺の身体を抱き締め返して、頭を優しく撫でてくれる。


堪えきれずに涙が溢れ出した。


ぐすっ…ひっく……


「…寂しい。…お姉ちゃんが家出て行くの…寂しい……」

『ゆうくん……』


涙がお姉ちゃんのパジャマの胸元を濡らしていく。


『ちょこちょこ帰ってくるから、またすぐ会えるよ。ゆうくんもむいくんと一緒に遊びにおいで。もうすぐ車が届くし、向こうでドライブしよ?』

「…うん……」

『私が車で迎えに来て帰りも送り届けたっていいし、新幹線で2人で来てうちに泊まって、車で一緒に帰ってきて私がここに泊まって帰る、でもいいし』

「…うんっ…!」


それも楽しそうだな。


「…俺が1人で遊びに行ってもいい?」

『もちろん!ゆうくんとむいくんそれぞれ違う日に来て泊まってってもいいんだよ』

「うん…。絶対遊びに行く」

『うん。待ってるね』


お姉ちゃんが出て行く寂しさで絶望しかけていたけれど、楽しい話題を出してくれて、少し心が軽くなった。


俺はパジャマの袖で涙を拭って、再びお姉ちゃんに抱きつく。


「…お姉ちゃん……」

『ん?』

「子守り歌うたってくれる?小さい時みたいに」

『いいよ』


お姉ちゃんは俺の髪を指で優しく梳きながら、小さい頃よくうたってくれた子守歌を口ずさむ。

柔らかな歌声に、段々と瞼が重くなっていって。

俺はお姉ちゃんにぴったりくっついたまま眠りに就いた。







つづく

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