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平日の夜遅くに現れた宮本の姿に、橋本は心の中で歓喜した。きっと、一緒に住めるマンションを見つけたに違いない。
そう思ったゆえに、弾んだ声で話しかける。
「雅輝、よく来たな。泊まってくのか?」
「あ、泊まらないです、けど……むぅ」
どこか歯切れの悪さを感じさせる返事に、首をかしげてしまった。
「だったら、なにしに来たんだ?」
変な質問をした自分にハッとしつつも、困り顔を決め込む恋人から目が離せない。
「あのですね、陽さんのご実家に、挨拶に伺ったほうがいいんじゃないかと思って。そのまま一緒に住むのに、どうにも抵抗が……」
「おまえがわざわざ、挨拶するまでもない。家には、友達とルームシェアすると言ってあるし」
「ルームシェア……」
「しょうがないだろ。それ以外の言葉が見つからなかった」
いつかは、結婚するための同棲――実家に事実を突きつけることを躊躇った橋本を見て、宮本はさらに渋い表情になった。
「俺みたいのが相手じゃ、堂々とご実家に連れて行くのには、戸惑いがありますよね」
「違うって、そんなことあるわけないだろ」
「じゃあどうして陽さんのご実家に、俺が挨拶しに行ったら駄目なんですか?」
悲壮感漂う宮本の声が、玄関の中に響いた。多分、外にも漏れていると思える、とても大きな声だった。
「それはだな、おまえがどうこういう話じゃなくて、俺自身の問題があるんだ」
宮本が漂わせる雰囲気に飲まれて、今度は橋本の返事がえらく歯切れの悪いものになった。
「陽さんの問題?」
「親に会わせる、俺の決心が足りない……」
定まらない視線をそのままに、震える声で橋本が告げると、宮本はがっくりと項垂れるように首をもたげた。
「……それはいつになったら、決心がつくんですか?」
しばしの間ののちに告げられた問いかけに、橋本は彷徨わせていた視線を、宮本に合わせた。橋本と目を合わせないようにするためなのか、宮本は俯いた状態で、玄関にある靴を意味なく眺める。
「いつという、はっきりとした期間は断言できないが、引っ越すまでには気持ちの整理をつけて、親に報告しようと思ってる。まずは雅輝抜きで、説明しようかと」
「そうですか。わかりました」
俯かせていた顔を上げた宮本に、橋本は嫌な感じを覚えた。言い合いした際は、納得するまで自分に食らいつくはずの宮本が、やけにあっさり納得したことを不思議に思い、疑惑の視線を投げかけた。
「雅輝?」
「すみません、陽さん。俺ってばひとりでぐるぐる考えてたら、煮詰まっちゃったみたいですね。そこまで、焦るほどのものじゃないのに」
猜疑心溢れる橋本の視線を受け続けるせいか、宮本は躰を小さくするように背中を丸めた。
「まぁな……」
「陽さんの決心がついたら、教えてください。俺はいつでもご実家に顔を出せる、心の準備をしておきますので。それじゃあ!」
しんみりした雰囲気を払拭するような笑みを振りまきながら、まくし立てる感じで言いたいことを言うなり、逃げるみたいに玄関から飛び出した恋人を、橋本は追いかけることができなかった。
どことなく泣き出しそうな笑みだった宮本の心情を考えると、自分が手を差し伸べた時点で、気を遣われそうな気がして、どうしても追いかけることができなかったのである。