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美しく盛り付けられた前菜に青砥の関心は移ったようでほっとした。


(事故のことはまた後で考えよう)


園香は頭を切り替えて、次々運ばれてくる視覚も味覚も楽しませてくれる料理を楽しんだ。


ワインもとても美味しくて、大満足だ。


「ああ美味しかった。このワインも気に入った」


青砥も同じようだった。園香よりも酔いやすい体質のようで頬を赤く染めている。


「私もいいなと思いました。他のお客さんが会計でボトルを受け取っているのを見たんですけど、購入出来るんですかね?」


それなら買って帰ってもよさそうだ。


「あ、あれはね、プレゼントだよ。コース料理についているから私たちも貰えるはず」


「そんなサービスがあるんですか? 楽しみですね」


「うん。今日はいい感じで酔えてるし、家で飲み直そうかな。嫌なことがあったときは発散しないとね」


「嫌な事? 何かあったんですか?」


仕事の関係かと思ったので園香は気軽に尋ねてしまった。すると青砥はほおと溜息をつき眉間にシワを寄せた。


「実は先週彼と別れたの」


「え……そ、そうなんですね」


(プライベートの話だったんだ)


踏み込んだことを聞いてしまっただろうかと心配になる。


「聞いてくれる? 彼とはもう五年付き合ってるんだけど……」


けれど青砥は気を悪くするどころか、早口で語り始める。


「急に別れたいって言い出して、長く付き合って結婚も考えていたからショックでね」


「それは……」


園香は言葉に詰まり、目を伏せる。


青砥は今年三十一歳だから、二十六歳から付き合っていたということだ。


思い出だって沢山あるだろうし、大きな衝撃を受けるのは当然だ。


とは言え、園香は彼女の恋人について何も知らないし、これまで相談を受けていた訳ではないから、なんと言って慰めるのがいいか迷ってしまう。


「確かに最近喧嘩ばかりで上手く行ってなかったんだけど、話し合いもなく別れを決めていて……頑固なのは知っていたけど、私にまであんなに頑なになると思わなかった」


青砥はグラスに残っていたワインを煽った。


彼女は慰めの言葉を求めていると言うより、ただ気持ちを吐き出したいように見える。


「……喧嘩が多かったと言うのは?」


「半年前、彼の会社に中途入社した子が原因。偶然だけど高校のときの後輩だったの。思いがけない再会に盛り上がって一気に仲良くなっちゃって」


思った通りで青砥は詳細に語り始めた。園香は黙って相槌を打つ。



「あっという間に彼女の私より優先するようになった。それが不満で話し合いを求めても、ただの同僚なのに気にしすぎってあしらわれて、でも毎日電話してるし仲良すぎるでしょって、文句を言ったら逆ギレ。どうしようもなかった」


ヤケ酒とばかりにワインを飲む青砥からは怒りだけでなく悲しみも感じる。


「それからも私から見るとただの同僚に見えなくて、つい喧嘩腰になって険悪な雰囲気が続いていたんだけど、とうとう別れを告げられたってわけ。信じられないよね。五年も付き合った私よりも、再会したばかりの後輩を選ぶんだもの」


「売り言葉に買い言葉ということは?」


「そうだといいけど、もうずっと前から考えてたって」


なんだか胸の奥がモヤモヤする。顔も見たことがない青砥の元恋人に対するいら立ちが湧いて来るのだ。


「で、いろいろ問い詰めたら、後輩と付き合ってるって白状したの」


「えっ?」


「怪しいと感じた私の勘は正しかったってこと。証明されたのはよかったけど、本当にむかつく」


青砥は思い切り眉を顰め俯く。その数秒後はっとしたように顔を上げ園香を見つめた。


「ごめん! 今日は園香ちゃんの歓迎会なのに暗い話ばかりしちゃって」


「だ、大丈夫です。気にしないでください」


青砥の勢いの押されながら、なんとか微笑んだ。



その後は話題を変えて仕事や同僚の話で過ごし盛り上がり、二十二時前に店を出た。


「今日はみっともないところを見せちゃってごめんね。仕事は切り替えて頑張るから心配しないでね」


「いえ、とても楽しかったです。明日からよろしくお願いします」


青砥とは駅で別れ、電車に乗る。運よく空いている席を見つけて座るとどっと疲れが襲って来て目を閉じた


(青砥さんと仲良くなれてよかったな……さっきモヤモヤしたのは彼女の元恋人と瑞記が少し似ているからなのかな)


元恋人が後輩を優先したように、瑞記も妻よりビジネスパートナーの希咲を大切にしている。


パートナーを蔑ろにするという共通点に必要以上に感情移入をしてしまい、不快感を覚えたのかもしれない。



自宅最寄り駅で降り、駅前で少し買い物をしてからマンションに向かう。


エントランスが見えて来ると、園香が暮らす部屋のベランダも見える。


「あ、灯りがついてる」


瑞記が帰宅しているようだ。たちまち気分が重くなる。


たまにしか帰ってこないのに、園香が遅くなった時と重なるなんてタイミングが悪い。


(顔を合わせたら嫌味を言って来そう)


憂鬱になりながら玄関ドアを開ける。廊下を進みリビングのドアを開くとスーツ姿の瑞記がソファに座っていた。


(瑞記も帰って来たばかりみたいね)


彼はもちろん園香の帰宅に気付き、じろりと横目を向けて来る。


既に感じが悪く、園香はこっそり溜息を吐いた。とはいえ無視をする訳にはいかないので、声をかける。


「ただいま」


「こんな時間まで何してるんだ? 仕事はパートって言ったよな?」


挨拶代わりにクレームが来たが予想内だ。


「同僚が食事に誘ってくれたから行ってきたの」


淡々と答えながらキッチンに入り、買って来た牛乳などを冷蔵庫に仕舞う。


「へえ、ずいぶん楽しそうだな。でもあまり羽目を外さないでくれよ?」


(こっちの台詞だけど)


園香は聞こえないふりをしてエコバッグをたたむ。


「おい、聞いてるのか?」


「ごめん、なんだっけ?」


「だから、あんまり羽目を外すなって」


「あーわかった」


反論する方が面倒なので不本意ながら答えた。


園香のそんな態度が不満なのか、瑞記がソファから立ち上り、目を吊り上げて近づいて来た。


「おい! その態度はなんだよ!」


「態度って、普通に返事をしただけでしょ?」


威圧的に見降ろされてカチンとする。少量ではあるがお酒を飲んだせいか、普段よりも感情を抑えるのが難しく、溜まった不満を吐き出したくなる。


けれど瑞記がさらに一歩近づいたとき、園香は開きかけた口を閉じた。


(この匂いって……)


瑞記の体に纏わりつく甘ったるい香に記憶が刺激される。


(どこかで……ああ、名木沢希咲がこんな香を纏っていた)


瑞記は彼女と同僚で近づく機会は多いだろうから移り香があっても不思議はない。


でもこんなに強く感じるのは初めてだ。


(今までよりも近くに寄ったってこと? 隣の席に座るとか一緒に移動する程度ではなく、ぴたりと隙間なく抱き合っていたとか?)


瑞記が希咲を大切そうに抱きしめる姿が脳裏に浮かぶのと同時に青砥の言葉を思い出し、心臓がどくんと跳ねた。


『で、いろいろ問い詰めたら、後輩と付き合ってるって白状したの』


(まさか……瑞記と名木沢さんも付き合ってる? 否定していたけど、実は男女の関係なのだとしたら)


「おい、なんで急に黙りこむんだよ」


瑞記の不機嫌そうな声がして、園香ははっと顔を上げた。


「な、なんでもない」


「は? なんだよそれ。まあいいや、来週実家に行くから。準備しておけよ」


「実家に?」


「ああ。母さんが必ず園香も連れてくるようにって言ってるからな」


瑞記は一方的にそう言うと、キッチンを出て自室に向かう。バタンと乱暴な音を立てリビングの扉が閉じた。


園香の記憶がないと知っているのに、説明をする気はないようだ。


園香は立ち尽くしたままじっと閉じた扉を見つめた。


(瑞記と名木沢希咲は不倫関係かもしれない)


瑞記の言い分を信じていた訳ではない。


でも希咲が既婚者で、しかも過去に不倫トラブルを起こしているということで、さすがにふたりが不倫関係になることはないだろうと考えていた。


けれどそれは園香の判断基準で出した結論だ。


瑞記と希咲が同じ思考とは限らない。


園香が有り得ないと思うことを平然と行うかもしれないのだ。


今すぐ瑞記を追い問い詰めたい欲求が込み上げる。しかしぐっと堪えた。


(冷静にならなくちゃ……証拠を探そう)


ふたりが本当にただの同僚なのか。それとも不倫関係なのかを。


もし真実なら、瑞記は離婚を拒否できなくなる。


園香は決意を固めて、瑞記が去った扉の先を睨んだ。

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