コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「――――百億、百億で落札です!」
何故か、会場中に響き渡る拍手。悔しがる人もいたみたいだが、その金額に、きっと皆驚いていたのだろう。
だが、考えられない桁数に私は唖然としていた。
(ひゃ、百億って……)
富豪の息子だし出せないことはないのだろうが、ポンと出せる桁ではないのだろう。親が出すのか、自分の小遣いで出すのか……そんなことが気になってしまう。
私は年中オタ活をしていて金欠だったが、親の稼ぎはいい方で何不自由なく暮らしていた過去がある。だが、それとは比べものにならない金額だった。前世の三大財閥のトップに君臨する財閥でさえそれぐらい出せるかどうか。
そんな前世のことを思い出しながら、息を切らしステージ上のルクスを見つめるルフレに視線を向けた。彼は、随分と厚くなっていたのか、額に汗が浮かんでいる。まだ呼吸が整わないようで、何度も方を上下させていた。
確かにこの空気じゃ、自分が飲まれそうになるのも無理はない。
だが、落札は出来た。
「ルフ……」
「凄いね、君たち」
ルフレに声をかけようとしたとき、そう隣に座っていた男が声をかけてきた。
頬杖をつきながら、こちらを値踏みするように見つめる。仮面越しでは分からなかったが目が笑っているような、私達を見下しているようにも思えた。
誰のせいでこうなったのかと、一言云ってやりたくなったが、私はその言葉を飲み込んだ。
そういえば、この隣の男も凄い金額を提示していたのだ。並の貴族ではないだろう。少なくとも爵位はダズリング家と並ぶかそれ以上ではないかと推察する。
乾いた拍手を送る、隣の男を私は睨み付けながらルフレを見る。彼は、男の言葉が届いていないようで、ずっとステージの方を見ていた。
「もう、関わる事ないと思うけど、アンタも凄い金額出してたじゃない。あの子を落札したかったわけ?」
聞かなければよかったかも知れないが、どうしても気になってしまい私は隣の男に質問を投げた。
私が落札したわけではないが、その一味と言うことで少し気が大きくなっている気もした。
男はキョトンと、首を傾げながら「まさか」と的外れな返答する。
「別にそういうわけじゃないよ。ただ、凄い金額を出す子がいたもんだと。少し意地を張っちゃってね。お金も権力の内だから」
「……それじゃあ、アンタも良いところのお坊ちゃんって事?」
そう私が聞けば、男はわざと考える素振りを見せた。
もし、ここで情報がつかめれば後々役に立つかも知れないと思ったからだ。
「そうだね、君もよく知っているんじゃないかな?」
と、男は言う。
私が知っている、イコール認知為れている、貴族なのだろうかと少し深読みしてしまう。誰もが知っている名の上がる貴族と言うことか。だが、そんな貴族がわざわざ奴隷をオークションで競り落としに来るだろうか。ただの娯楽と思っているのかも知れないが。
「そう、どうでも良いけど」
「どうでもイイって、君が聞いたんじゃないか。酷いなあ、少しは俺に興味持ってくれても良いだろ?」
そう言って、またわざとらしく傷ついたフリをする男。
その態度に、声色に、雰囲気に。何処か親近感、何処かであったことがあるような気分になった。
(もしかして、相手は私を知っている?)
そう考えて、さらに疑い深く男を見た。他の参加者と違って、顔も髪も隠すようにフードと仮面をつけている。仮面で顔が認識できなくなっているとしたら、別にフードで全身隠す必要がない気がした。だが、彼が有名な貴族であればそれがバレると痛いと言うことなのかも知れない。
どちらにせよ、いい人ではないことは確かだ。いい人はこんな所にいない。
「別にアンタに興味はない」
「そう? でも、君、俺に興味があって話しかけてきたんじゃないの? 例えば、俺とどこかであったことがある気がする……だから、俺が誰か探ろうとした……とか?」
男の言葉にドクンと心臓が脈打った。
何もかも見透かされているようなその言葉。全てを知った上で遊ばれているのではないかと思ってしまうほどに、彼の口調は余裕があった。
私は思わず彼を凝視してしまった。すると、男はクツクツと喉の奥で笑う。
「俺は、一瞬で君が誰だか分かったんだけどね」
「……っ」
そういうと、男は私の頬に手を当てる。輪郭をなぞるように指を滑らせ私の顎を持ち上げた。
自分でも分かるぐらい「はぁ、はぁ……」と息切れを起こしているのが分かった。それは緊張や恐怖、嫌悪感から来るものだった。仮面の奥から覗く瞳が私を射貫いて離さない。
「夕焼けの瞳……魔法で変えている元の髪色は銀髪かな?」
はらりと肩に掛かっていた髪の毛が落ちる。
ルフレやアルバ、グランツの方を向く余裕もなく、彼らが早く気づいてくれるのを私は待つしかなかった。
「ああ、悪いけど。あっちと俺たちの間にちょっとした結界を張らせてもらった。なあに、無害だよ。ただこちらとあちら側の音を遮断して認識できなくしているだけ」
ようは、別空間にいると思ってくれれば良いよ。と男は説明を付け足した。
さきほども、此の男と喋ったときルフレ達が気がつかなかったのはそのせいかと、私は唇を噛んだ。人から認知できなくする魔法。それはきっと高度な魔法だ。そんな魔法を使えて、且つ名の高い貴族で……
それほどまでに、大きな情報を掴んだというのに私は一体彼が誰なのか分からなかった。
あっちは私を知っていて、会ったことがある。私も彼とあったことがある気がしたのだ。分からないのは、仮面とその分厚いフードのせいか。
「ねえ、そろそろ君の正体当てちゃってもいい?」
男は何故か私にそう問うた。
質問の意図が分からない。
私は首を横にも縦にも振れなかった。彼はそれを見てクスリと笑みを浮かべる。そうして、ゆっくりと口を開いた。
「――――エトワール・ヴィアラッテア」
「……っ」
「どう? あってるでしょ?」
ね? と同意を求めてくる男。
私の頭はその瞬間真っ白になった。どうして、私が本名を名乗っているのか、この男は知っているんだろう。
それ以前に何故バレた?
私が黙っているのを肯定と捉え、男は続ける。その言葉一つ一つがまるで毒のように私の中に入り込んでくる。聞きたくないはずなのに耳を傾けてしまう。
「そもそもに、魔力が隠し切れていないんだよ。聖女の魔力は他の魔道士や、魔力を持つ者とちょっと違うからね。それに、君は目立つから」
そう男は言うと口の端を上げた。
男のその言葉を聞いて、一つ私は頭にある人物の顔が浮かんだ。
『ここに住んでいるからてっきり聖女かと思って。魔力量もそこら辺の魔道士よりもあるみたいだし』
『魔力って隠せないんだよ。隠そうと思わないと』
「……もしかして、アンタって!」
「エトワール様」
私がハッとようやく分かったかも知れない男の正体を確認しようとしたとき、後ろからアルバに声をかけられた。
「え……えっと」
「エトワール様、どうしたんですか?」
「え、ええ……いや、えっと隣にいた男の人が……ってあれ?」
一瞬アルバの方を向いてその後すぐに男の方に身体を向けたが、そこには座っていたはずの男はいなかった。先ほどまでいたはずなのに。
そう思ってチラチラと周りを見ていると、アルバに再度どうしたんですか? と心配そうに尋ねられる。
(見間違いじゃないし、さっきまでいたのに……あの人――――)
脳裏に浮かんだくすんだ赤髪の男、きっとその男で間違いなかった。だが、どうしても合点がいかない。
だって、彼は貴族ではなかったはずなのだ。それに、魔法が使えるわけでもなかった。確かに独特な雰囲気をかもし出していたけれど、完全に悪人というわけでもなかった気がする。それは私のさじ加減な気もするけれど。
(いいや、今は考えないでおこう……)
「ううん、何でもない。そうだ、オークションどうなったの?」
「はい。オークション、競りでは無事ルクス様を取り戻すことが出来ました。今から移動だそうです」
と、アルバは答えてくれた。
今日の目玉が競り落とされたことで、周りにいた人達はぞろぞろと席を立ち退出していっているようだった。奴隷を競り落とせた人はステージに並び受け取っているようだったが、ルクスの姿はそこにはなかった。目玉であり、扱いが他と異なるからか、別の場所で受け渡すのだろう。
そんな風に思っていると、仮面をつけたスタッフらしき人が私達の方に近付いて気、頭を下げた。
「さきほどの競り見事でした。久しぶりに痺れました」
などと、スタッフの人はおだてるようなことを言う。
私は胡散臭いと思いつつ見ていると、ルフレはまあね。といった感じに胸をはっていた。何だか凄く楽しそうで、少し性格が悪く見えた。
「それでは、落札した奴隷の元にご案内しますね」
「あ、あの、他のど、奴隷みたいにステージでは矢っ張り受け渡さないんですか?」
と、私は一応聞いてみることにした。
すると、一瞬スタッフの顔が無表情になり、何か可笑しいと眉をひそめたが、すぐにスタッフは「そうなんですよ」と顔を明るくした。
何か引っかかる。
「今回の目玉でしたし、すこーし変わっているので。大金で落札されたこともあり、少し手続きが。まあ、色々あるので、ささ、こちらへ」
若干言葉を濁しつつ、スタッフは笑う。そうして、私達は誘導されるままに、会場の奥へと連れていかれた。
奥に進むにつれ、また嫌な空気感と暗さが増して言っている気がした。そうして、ついに誰もいなくなった通路で、スタッフが足を止めた。
そこは行き止まりになっており、目の前には扉があった。スタッフはその前に立つと鍵を取り出した。
「随分と、厳重なんですね」
そう口を開いたのはアルバだった。
スタッフは一瞬手を止めつつ、そうですね。といって南京錠を開ける。
「さあ、こちらですよ」
と、開かれた扉の先は大量の檻が積まれたまるで監獄のような場所だった。その中央に、鎖で繫がれたルクスと司会者らしき人、その背後にはローブを羽織った女性らしき人が立っていた。
「ルクス!」