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トイレを済ませ、戻ろうとすると、彼はまだそこにいた。
「もう大丈夫よ。部屋までは一人で行けるわ」
「心配なんです」
まっすぐな瞳。
でも、最初からこんなふうに優しくされるのは、少し警戒してしまう。
――なぜなら、綾人もそうだった。
付き合い始めは優しくて、結婚してから一変した。
あの優しさは、いったいどこに置いてきたのか。
優しかった人が豹変した時の恐ろしさを、私は知っている。
「さっき大将に聞いたら、もう上がっていいって言われたので……送らせてください」
そう言って、彼は深々と頭を下げた。
そんなこと、されても……。
言葉が出てこないまま、私はふと彼の首にかかっているタオルに手を伸ばした。
濡れた髪をそっと拭いてやる。
「あなただってまだ濡れてる。風邪ひくわ」
「……ありがとう。優しい人だ」
時雨さんはそう言うと、今度は私の髪にタオルを当て、そっと拭いてくれる。
やめて。
そんなふうに優しくしないでほしい。
お願い、やめて……。
私、優しくされると……。
「はいはい、じゃあ車を出しておきますね。小雨になったし。待っててください」
「……」
「タクシーを呼んで」
「……」
時雨さんは、一瞬だけ悲しそうな顔をした。
でもすぐに笑顔を取り戻し、頷く。
「わかった。呼ぶよ」
「ありがとう」
「……いいえ」
しまった。送ってもらうのが正解だったのかもしれない。
でも、わからない。
――にしても、こんな出会い方、最悪だ。
店内で大声を出して、雨の中泣き喚いて、倒れて。
「今日はゆっくり休んで」
「本当に……ありがとうございました」
時雨さんは、最後まで優しかった。
この優しさは、本物だろうか。