瓶の中の青が、ほのかに揺れている。 ネックレスを手にした瞬間、澪の胸の奥がざわめいた。誰かの声、誰かの眼差し、誰かの手のぬくもり──忘れていたはずの記憶の断片が、静かに浮かびあがる。
「それは……あなたの“初恋”かもしれません」
橘 樹の声が、少し遠く感じた。澪はただ、青い瓶を見つめていた。
その色が、あの人の声を思い出させる。
少し低くて、でも透明で、耳の奥で溶けるような声。
── 感情はね、夜の海みたいなもの。見えなくても、確かに揺れてる。
その言葉が、波紋のように心に広がる。
誰だったっけ。名前も、顔も思い出せないのに、胸の奥にずっといた気がする。
澪の指先が瓶のガラスに触れると、ふっと青が光った。店内の光ではない、もっと奥の、心の底から漏れ出すような光。
樹が一歩、澪に近づいた。
「……その人のこと、覚えてますか?」
首を横に振る。けれど、澪の表情はどこか穏やかだった。
「でも、思い出したいって思った。あの人が言ってた、“夜の海”って、たぶん、私のことなんだと思う」
瓶を手に、澪は少しだけ笑った。
初恋は、消えてなんかいなかった。
ただ、深く、静かに、澪の中で揺れていたのだ。
そのとき、ネックレスの瓶がふわりと光を放った。
まるで、感情が応えているように──
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